204 サフィア・ダイアンサスの宣戦布告 5
王太子が短髪の女性を好きだとしたら意外だけれど、彼の立場であれば結婚相手は高位貴族のご令嬢になるだろう。
だから、短髪の者を相手に定めるのは難しいのじゃないだろうか。
そう考えていると、王太子がさらに言い募ってきた。
「ルチアーナ嬢、君の短い髪は美しい! 私はそう考えているし、君がその髪型を受け入れてくれた潔さに感服している。しかし、貴族社会はそうではない。長い髪は高位貴族のご令嬢の常識だ。髪が短いというだけで君を侮る者が出てくるだろうし、男性陣は君を避けるかもしれない」
うーん、王太子の心配はごもっともだけど、悪役令嬢だったこれまでの態度が酷過ぎたせいで、元々真っ当な男性からは避けられているのよね。
それに、そもそも前世からこっち、男性関係は得意でないから、近寄られないに越したこともないのよね。
そう考えたものの、そのまま言葉にすると話が複雑になるため、他の言葉で誤魔化すことにする。
私はできるだけ悪役令嬢っぽい笑みを張り付けると、短くなった髪を後ろに払いながら大上段に言い放った。
「その程度で私を判断するような男性、こちらから願い下げですわ!」
すると、私の想像通り、王太子は驚愕した様子で目を見開くと、よろりと一歩後ろに下がった。
それから、頬を染めるとかすれた声を上げる。
「何という誇り高さだ……」
「あれ?」
王太子の後半の言動が予想と異なっていたため、これはどういうことかしらと首を傾げる。
想定では、王太子が私の悪役令嬢っぷりに呆れ果て、『それほどふてぶてしい態度が取れるようであれば、これ以上心配しなくてもいいようだな!』と身を引くかと思ったのに、少しばかり表情とセリフがズレている。
王太子の表情は私に呆れるというよりも、まるで……。
「ルチアーナ、満足したか?」
思考している途中で兄から声を掛けられたため、私ははっと現実に引き戻された。
そうだった、私は兄を待たせていたのだった。
『王太子殿下に少しだけ話があるから』と、ちょっとだけ時間をもらっておきながら、実際にはこれでもかとたっぷりと話し込んでしまった。
そんな私を、兄は辛抱強く待っていてくれたのだけれど、そもそも兄自身が腕を取り戻したばかりのうえに、私の心配をしたり、火傷を負ったりしたのだから疲弊しているに違いない。
これ以上待たせるわけにはいかないわ。
そう考え、私は慌てて返事をする。
「はい、満足しました! 待っていただきありがとうございます」
すると、兄は私の頭に手を乗せ、くしゃりと髪をかき回した。
「ルチアーナ、悪かった」
「えっ?」
謝罪された意味が分からずに、兄を見上げる。
すると、兄は困ったように眉を下げた。
「お前にはお前の考えや感情があるのに、それを無視して強引に連れて帰ろうとした私が間違っていた。私と違い、お前は少しでも関わりがあった者たち全ての感情を大切にするのだった」
「えっ、いや……」
否定しかけたけれど、確かにそんな八方美人なところがあるかもしれないと思ったため口をつぐむ。
そう言われれば、前世の日本人的な気質が残っているようで、色んな人の気持ちが気になるのだ。
少なくともこれだけ関わりをもった王太子やラカーシュの感情に無関心でいることは、私にとって難しい。
「あのままお前を連れて戻っていたら、お前は2人の心情が気になって、家で悶々とすることになっただろう。お前が何かを気に病むことは、私が最も望まないことだ。だから、そのような未来を回避するために、お前が私を引き留めてくれて助かった」
「お兄様……」
兄の言葉を聞いて、兄の過保護っぷりが加速しているように思われて言葉に詰まる。
けれど、兄はそんな私を見て、全面的に同意したと考えたようだ。
そのため、兄は私に向かって微笑むと、王太子とラカーシュに向き直った。
「それでは、お二方、今度こそ失礼する。ルチアーナはさほど気にしていないようだが、長髪でなくなった妹が『瑕疵ある令嬢』と貴族社会で見做されることは間違いない。そのため、輝かしい未来を進んでいくエルネスト王太子殿下とラカーシュ殿には、ご自分たちの品格を保つため、我が妹には近付かないことを忠告申し上げる」
「なっ、私はそんなこと気にしない!」
「私の気持ちは、そのような些末事に左右されるものではない!!」
慌てた様子で言い返す2人を冷めた目で見つめると、兄は出来の悪い子どもを見るかのような表情を浮かべる。
「ああ、はっきり言うのもはばかられたので、曖昧な表現をした私が悪かったな。より正確に言うと、今後はルチアーナのためにも、一切妹に近付かないでくれ。殿下とラカーシュ殿は学園内の女生徒の人気を二分している。そんな君たちの隣に立つ女性は、完璧を求められるのだ」
ぐっと言葉に詰まる2人を冷ややかに見つめたまま、兄は言葉を続けた。
「これまでのルチアーナであれば、身分の高さに加えて優れた外見だけは備えていたから、君たちの側にいることに大きな反発はなかった。しかし、今回、外見の優位性が損なわれたからな。にもかかわらず、君たちの側にい続ければ、妹は『分不相応』だと陰口を叩かれ、時には嫌がらせを受けるだろう」
兄の言葉は2人にとって納得できるものだったようで、反論の言葉が返ることはなかった。
「いずれにしても妹の髪は高位貴族の令嬢としては短過ぎる。そのため、しばらくの間、ルチアーナには学園を休ませる」
兄はきっぱりと言い切ると、私を転移陣の上に立たせ、呪文を唱えたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
これにて聖獣編完結です。面白かったと思ってもらえたら嬉しいです。
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来週更新した後、続きを考えるために1か月ほどお休みします。
お楽しみいただいている方には申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。







