199 聖獣「不死鳥」 14
聖獣を鳥と考えていいのかは不明だけれど、鳥類の雛は生まれた直後に見たものを親だと思い込んで、ずっと後を付いていくようになるという。
それと同じように、特定の時期に特定の物事を覚え込ませれば、そのことを学習して体に深く刻み込まれるはずだ。
そんな確信めいた気持ちで、王太子に向かって自信満々に提案する。
「きっと初めて聞いた言葉を名前と思いますから!」
けれど、王太子は動揺した様子で、ふらりと一歩後ろに下がった。
「だが、私は聖獣に届く言葉を知らない」
聖獣は人の言葉を発するとのことだったけれど、これまで聖獣が発したのは鳥の鳴き声のようなものばかりで、人の言葉ではなかった。
さらに、王太子の話では、彼は儀式で聖獣の名前を聞き取れなかったとのことだったので、契約すべき名前が分からない以上、おいそれとは口にできないのだろう。
いかにも真面目な王太子らしい発想だ。
けれど、今が契約すべき千載一遇のチャンスで、このタイミングであればどんな名前であろうとも受け入れてくれるのではないか、と私には思われた。
なぜなら聖獣は以前の記憶を失いかけているのだから、どのような名前を聞いてもそれを「契約すべき自分の名前」と考えて受け入れるように思われたからだ―――聖獣自身が隷属したいと思っている今であれば。
「それらしく発言すればいいと思いますけれどね。……『リリウム』! こんな風に」
私の言葉を聞いた途端、聖獣が大事な言葉を聞いたとばかりに大きく目を見開いた。
そのため、契約が始まったのかもしれない、と慌てて向き直る。
白い炎に遮られてはいたものの、王太子は私たちの隣に立っていたので、私は片手を白炎の遮断壁につけると、契約内容を述べるために口を開いた。
「さあ、この聖なる山の守り神である不死鳥、あなたに新たなる名を与えるわ。
『リリウム』―――この名とともに、あなたはこの名の主であるエルネスト・リリウム・ハイランダーと契約し、彼に従いなさい。
対価として、あなたにはこの世で最も温かい、白百合の炎を与えるわ!」
聖獣の名前を思い出せなかった時に、私は思ったのだ。
どうして簡単に思い出せないような、難しい名前で契約したのかしら、と。
もっと簡単な名前だったら、私だってすぐに思い出したかもしれないし、王太子にとって慣れ親しんだ名前だったら、儀式の際に聞き取れたかもしれないのに、と。
だから、エルネスト王太子が一族の名として引き継いできた『リリウム』を聖獣の契約名にしたら、全て上手くいくんじゃないだろうか。
と、そう考えて新たな聖獣名を与えた私の目論見は上手くいったようで、聖獣は小さなくちばしを開いた。
それから、人の言葉を口にする。
「その契約を受け入れよう。
我、≪リリウム≫はエルネスト・リリウム・ハイランダーと契約を結ぶ」
聖獣の言葉が響いた瞬間、エルネスト王太子は雷に打たれたような表情を浮かべたけれど、すぐにはっとした様子で地面に片膝をついた。
それから、片手を伸ばしてくると、白炎の壁ごしに聖獣を抱いている私の手に触れ、凛とした声で言葉を紡ぐ。
「私、エルネスト・リリウム・ハイランダーは、聖山の主である不死鳥≪リリウム≫と契約を結ぶ」
その瞬間、ひときわ大きな白炎が噴き上がった。
炎の内側にいたことで、これまでにない熱さを感じ、体中が干上がるような気持ちになる。
ぱちぱちと間近で何かが燃える音がしたため視線をやると、髪が先端から燃えていた。
服も靴もゆっくりと燃え始めており、手や足に火傷が生じ始める。
自分の体が燃えているというのはすごい恐怖で、必死で奥歯を噛みしめていなければ、かたかたと歯が鳴りそうな心地だったけれど、私は必死で恐怖心を抑えつけた。
黙って耐えていると、腕の中の聖獣がまるで甘えるかのように身を寄せてくる。
―――ああ、この子も怖くて心細いのね。
そして今、この子は契約に基づいて、その名を自分に定着させようとしているのだから、動くわけにはいかない。
「ルチアーナ嬢!!」
燃え始めた私を見て、ラカーシュが必死な様子で白炎の遮断壁を叩いたけれど、どんどんと鈍い音がするだけで壊れる気配はなかった。
炎の中に聖獣と私がいるので、彼の火魔術でこの炎を破るといった荒業を取ることもできないようで、絶望的な表情で私を見つめている。
同様にエルネスト王太子も真っ青な顔になると、慌てた様子で己の魔術を解除しようとした。
「ダメよ!」
まだ契約は完了していないように思われたため、私はまだ耐えられると制止の声を上げたけれど、王太子は聞き入れることなく放った魔術を解除した。けれど。
聖獣が王太子の魔術に己の炎を足したためか、王太子が魔術を解除した後も白い炎は歴然とその場に存在し続け、私と聖獣を包み続けていた。
「どういうことだ? なぜ解除できない!!」
王太子は大声で叫び、どんと白炎の防御壁を叩いたけれど、それでも炎の壁が壊れることはなかった。
白い炎はどんどんと髪を燃やしていき、私の髪は肩ほどの短さになってしまう。
この炎はさらに髪を燃やして、その後は顔までのぼってくるのかしら、と恐怖を覚えたその時……。
「ルチアーナ!!」
聞き慣れた声が聞こえた。
ただし、ものすごく切迫した声だったけれど。
痛む体を何とか動かして、振り返った先に見えたのは―――サフィアお兄様だった。







