193 東星カドレア 1
思わず名前を呼ぶと、東星は彼女らしからぬ申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「お久しぶりね、魔法使いちゃん。合わせる顔がなくて、ずっと隠れて見ていたけれど、とうとう現れてしまったわ★」
「えっ」
東星にそんな殊勝な考え方ができるとは思わなかったため、驚いて声が漏れる。
そんな私を前に、東星は我慢するかのように顔を伏せていたけれど、すぐに顔を上げると嫣然と微笑んだ。
どうやら私の手前、反省したポーズを取ろうとしたようだけれど、殊勝な態度はほんのわずかしか続かなかったようだ。
でも、こちらの方が東星らしいわねと考えていると、彼女は私に近付いてきて、自らの唇に指をあてた。
「あのね、『東星』は役職名であり尊称なの。あまりわたくし自身とは結び付いていないから、わたくしのことはカドレアと呼んでちょうだい。わたくしもあなたのことはルチアーナと呼ぶから★★★」
緊迫した場面にいきなり現れたと思ったら、よく分からない交換条件を出されて困惑する。
けれど、こだわるところではなかったため、彼女の提案を受け入れた。
「分かったわ、カドレア。それで、あなたは一体何をしに来たの?」
彼女に会ったのは1度きりで、その全てが2度と体験したくないものばかりだった。
カドレアは明らかに私たちと敵対する者として現れ、ラカーシュやジョシュア師団長を始めとした皆に大きな怪我を負わせたのだから。
さらには、カドレアの暴走した魔術が原因で、サフィアお兄様の片腕が消滅してしまった。
時間が経過したことによって、兄の件についてはカドレアに悪意がなかったことと、不可抗力だったことは納得できるようになったけれど、それでも、彼女の姿を目にして何も感じないわけではないのだ。
「ルチアーナ、あなたは『世界樹の魔法使い』だわ。だから、私にとってとても大事な存在なの。そんなあなたを傷付けようとされたならば、黙っていられないってことよ☆☆」
そう言うと、カドレアは空中に浮かんだまま、目を細めてエルネスト王太子とラカーシュを見下ろした。
2人はカドレアが発生させた風に吹き飛ばされていたものの、すぐに地面から立ち上がったようで、警戒するような表情で彼女を見つめている。
ラカーシュはカドレアが何者であるかを知っているけれど、王太子は知らないはずだ。
けれど、空中に浮かんでいるカドレアが常ならざる存在であることは理解できているだろう。
そう考える私の前で、王太子はラカーシュに短く問うた。
「ラカーシュ、あの女性は『四星』の中の一星なのか?」
その質問内容から、王太子がカドレアと私の会話を聞いていたことに気が付く。
しまった、私はカドレアのことを『東星』と呼んだのだったわ。
「ああ」
ラカーシュが短く答えると、王太子は緊張した様子でごくりと喉をならした。
「ルチアーナ嬢は……『世界樹の魔法使い』なのか?」
「……ああ、そうだ」
ラカーシュが肯定した瞬間、王太子は信じられないとばかりに大きく目を見開くと、ラカーシュの服の胸元を掴んだ。
「まさか、そんなことがあるはずもない! 彼女にそれらしい片鱗は何一つなかったぞ!!」
どうやら四星を目にした衝撃よりも、私が魔法使いであるらしいことの方が、王太子にとって何倍もの驚きのようだ。
王太子の衝撃を受けた姿を目の当たりにした私は、それもそうだろうなと納得する。
学園の劣等生である私が、よりにもよって伝説上の存在である『世界樹の魔法使い』だなんて、王太子にとっては悪い冗談にしか思えないはずだ。
けれど、王太子の疑問を解消する時間は与えられないようだった。
なぜなら遠くに吹き飛ばされていたはずの飛竜たちが戻ってきたからだ。
はっとして空中を振り仰ぐ王太子と同じように、カドレアが頭上の魔物を見つめながら顔をしかめる。
カドレアの視線の先では、青い石がきらきらと魔物の額で輝いていた。
「青い結晶石を魔物に埋め込むのはシストのやり方よ。彼のいやらしい性格が表れているわよね。いつだって、こんな風に離れた場所から魔物を操るだけで、本人は現場に現れないのだから☆」
「シスト?」
初めて聞く名前に首を傾げていると、カドレアは悪戯っぽそうに笑った。
「わたくしたち四星は独立した存在だから、それぞれが正しいと思う方法で世界樹を守っているの。見せかけの行動が『人間のためになるもの』が『善き星』と呼ばれていて、『人間のためにならないもの』が『悪しき星』と呼ばれているわ☆」
カドレアの説明には納得できるものがあったので、なるほどと頷く。
「昆虫も同じように分けられているわ。人に利益をもたらすか、被害を与えるかで、益虫、害虫と呼び方が変わるのよ」
私の言葉を聞いたカドレアは、おかしそうに指を一本立てた。
「その『南の善き星』のところの『青き慈愛星』が、今回の黒幕ね★」
さらりと新たなる四星の登場を告げられ、驚きで声が零れる。
「えっ、今回のことに四星がかかわっているの? 一体どうして『南星』はそんなことをしたのかしら」
そもそもカドレアと出会ったのは、彼女が『世界樹』を元気にしたくて、私を探していたためだ。
そんな彼女は私を襲い、無理矢理言うことを聞かせようとまでしてきた。
けれど、結局、私が魔法使いとしては不完全であることと、兄の腕を失わせたカドレアに私が一切協力する気持ちになれなかったことを察し、時間を置くべきだと考えたのか、それ以降は接触してこなかった。
先ほど、カドレアが『四星は独立した存在』だと言ったように、別々に行動しているのであれば、南星は私の存在自体を知らないはずだ。
だから、私をどうこうしようというのではなくて、不死鳥に何らかの行いをしようと考えているのだろうか。でも、なぜ?
私の疑問に答えるかのように、カドレアが説明を続ける。
「不死鳥は『世界樹』を復活させる鍵になる存在なの。だから、『南星』は不死鳥を人から切り離して、自由にさせたいのでしょうね☆」
カドレアの説明に納得できないものを感じ、首を横に振る。
「自由にさせたいからといって、不死鳥を攻撃する必要はないはずよ。不死鳥に何かあったら、困るのは南星も同じでしょう?」
私の言葉を否定するかのように、カドレアが唇を歪めた。
「不死鳥はその名の通り、何があっても死なないのよ。新たに再生するだけ。そして、再生する際に古い記憶や過去の全てを捨て去るから、南星は不死鳥にさっさと再生してもらって、まっさらな状態になってもらいたいのじゃないかしら★★☆」
「不死鳥に再生してもらうですって?」
不死鳥が決して死なないというのは初めて聞く話だ。
そして、再生するというのは一体どのような状態を差すのだろう。
「今の不死鳥は王家と親密過ぎるから、王家の望みを叶えることを優先させる傾向があるわ。南星はそれが面白くないのよ。不死鳥はいついかなるときも、世界樹のためにあるべきだと考えているから★」
そう言うと、カドレアは長い指先を魔物に向けた。
「南星は魔物を操るために、細かい意思疎通を可能にするための青い結晶石を使うわ。だから、あの魔物たちは南星の望み通りに動いているってことよ☆☆」
カドレアがそう言い終わると同時に、それまで空中を旋回していた飛竜が聖獣へ向かって真っすぐ下降してきた。
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