183 リリウムの名を継ぐ者 6
セリアの姿を目にして驚いたのは、私だけではなかったようで、王太子とラカーシュも驚いた様子で声を上げた。
「セリア!?」
「一体どうしたんだ!」
けれど、セリアは返事をすることなく、カツカツと高い靴音を立てながら近付いてくると、私たちが座っているソファの前で立ち止まった。
それから、挨拶もそこそこに、焦った様子で口を開く。
「突然、押し掛けてきて申し訳ありません。王妃陛下から特別使用許可をいただき、王宮にある転移陣を使用してきました」
「それほど急ぐ用事があったのか?」
ラカーシュはソファから立ち上がると、心配そうにセリアの顔を覗き込んだ。
そんなラカーシュを見上げて、セリアは大きく頷く。
「そうです! あの……」
けれど、セリアは開きかけた口をすぐに閉じると、戸惑った様子でエルネスト王太子に視線を向けた。
その様子から、王太子は何かを感じ取ったようで、2人に声を掛ける。
「公爵家の秘密会議をしたいのならば、空いている部屋は幾つもある。言うまでもないことだが、好きに使ってもらって構わない」
王太子の言葉を聞いたセリアは、確認するかのようにラカーシュを見上げたので、彼は安心させるように頷いた。
「セリア、お前が好きなように行動すればいい。後始末は全て私が引き受けよう」
そんな2人の会話を聞いていた私は、交わされた内容にぴんとくる。
もしかしたらこれは、セリアの『先見』のことを話しているのじゃないだろうか。
フリティラリア公爵家に100年ぶりに『先見』の能力者が生まれたことは、公爵家内の秘密だと言っていたから、セリアの能力についてはエルネスト王太子も知らないはずだ。
そのため、王太子に聞かれても困らないように、主語をぼかしているのじゃないだろうか。
そうだとしたら、この後、別室で『先見』に関する何事かを話し合うつもりでしょうね、と推測しながら2人を見守る。
けれど、私の推測とは異なり、セリアは別室に移動することなく、ぎゅっとドレスの胸元部分を握りしめると、緊張した様子で王太子に向き直った。
「どうした、セリア?」
王太子もセリアはすぐに退室すると思っていたようで、戸惑った様子で名前を呼ぶ。
そんな王太子に向かって、セリアは公爵家最大の秘密を暴露した。
「エルネスト様、私はフリティラリア公爵家の『先見』を引き継いでいます!」
「何だって!?」
セリアの告白を聞いた王太子は、大きく音を立ててソファから立ち上がる。
つられて私も、勢いよくソファから立ち上がった。
「セ、セリア様?」
まさかこんなに突然、セリアが公爵家の秘密を打ち明けるとは思いもしなかったからだ。
長年隠し続けてきた重大な秘密を、家長の了承もなく王族にバラしても大丈夫なのだろうか、と心配になったけれど、今しがたラカーシュが「後始末は全て私が引き受けよう」と請け負っていたことを思い出す。
まあ、これほど責任重大なことを、ラカーシュはたった一言で肩代わりするつもりなのだわ。
話の成り行きに驚愕して2人を見つめていると、セリアは凛とした表情で王太子を見上げた。
「未来を先読みできるというのは、大変なことです。そのため、父はこの力を一手に独占しようと考え、私の能力を秘密にしてきました」
突然の告白に、王太子は驚いた様子を見せたものの、理解を示すように頷いた。
「公爵の行動は理解できる。貴族は王家に忠誠を誓っているものの、それぞれの家門の利益を守る責任がある。そのため、価値あるものを一族内で独占することは一つの決断だ」
王太子は口にしなかったけれど、『王家に秘密を打ち明けて信頼を勝ち取るとともに、その恩恵を王家と共有する』という選択肢もあるはずだ。
それに、そもそも稀有で有益な魔術を継承することができた家柄を、王家は公爵家として叙爵し、多くの権利を供与してきたのだ。
建前上は「特殊魔術の行使は貴族家の自由にしていい」ことになっているけれど、王家の本音は「これほどの恩恵を与えているのだから、忠義を尽くして報いてほしい」というところだろう。
にもかかわらず、王家に秘する選択をしたフリティラリア公爵に不快さを示さない王太子は、器が大きいと思う。
そのことを分かっているのか、セリアは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ある理由で、両親は私が間もなく亡くなるものと考えています。そのこともあって、父は私の能力を隠そうと考えたのだと思います。以前の私であれば、父の言葉通りに従い、この力を活用しようとは思いもしませんでした。けれど、今はもしも私に救う力があるのであれば、救いたいと思うようになりました。なぜなら……私も救われた者の一人で、救われたことに心から感謝しているからです」
セリアは話している途中で少しずつ視線を上げていき、最後は私を見つめる形で言葉を締めくくった。
そのため、まるで私に向かって話をされているような気持ちになる。
……いえ、実際にセリアは私に向かって感謝を伝えているのだわ、と気付き胸がじんと熱くなっていると、私の視線の先で、王太子が心配そうにセリアを見つめていた。
「そうか。セリア、君の考えは非常に尊いな。だが……1つだけ質問を差し挟んでもいいだろうか。公爵夫妻は君が間もなく亡くなると考えているとのことだったが、明確な理由があるのか?」
王太子が初めにした質問が、セリアの身を案じるものだったため、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、ありました。けれど、その理由は既になくなりました。ただ、その理由が消滅したことを両親には上手く伝えられていないので、両親はまだ私の身を心配しているのです」
「そうか」
王太子はほっとため息をつくと、安心したように微笑んだ。
そんな王太子に対して、セリアはきらきらとした瞳を向ける。
「エルネスト様はいつだってお優しいですよね。そして、その優しさでもって、いつだって国民のためにと尽力されていますよね。だから、私はどうしても『先見』の内容をお伝えしたくて来たのです」
「どういうことだ?」
戸惑った様子の王太子に向かって、セリアはきっぱりと言い切った。
「私は『先見』で見たのです。聖獣が……魔物に襲われて亡くなってしまう未来を!」
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本作品がノミネート中の「つぎラノ」ですが、投票終了まであと2日となっています。
どなたでも1人1回投票できるので、まだの方はぜひぜひ応援よろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾
〇つぎラノ(12/15(木)17:59まで)
https://tsugirano.jp/nominate2022/







