13 フリティラリア公爵の誕生祭 4
私にはラカーシュの考えていることが手に取るように分かった。
『あれだけ拒絶したにもかかわらず、恥知らずにも私を追いかけて、公爵邸まで押しかけてきたとは』
―――間違いなく、そう考えている。
そして、残念なことに、ラカーシュの考えはあながち外れてはいなかった。というか、真実だった。
ただし、動機はラカーシュが思い込んでいるような、恋心でも打算でもないのだけれど。
私は与えられた役割に沿って、高慢そうな表情を作ると―――ずっと、16年間悪役令嬢として暮らしてきたのだ。今さらそれ以外のキャラを見せて違和感を抱かれてはたまらない―――ラカーシュの質問に答えた。
「もちろん、公爵様のお誕生日をお祝いしたくてお伺いしましたのよ。ユーリア様がお一人で参加するのは心細いということで、クラスメイトの兄が同行することになったのですが、多い方が賑やかでよいだろうと私にまでお声掛けしていただきましたの」
「ほう」
肯定とも否定とも取れる返事をしたラカーシュだったが、その表情は最初から私の言うことを疑ってかかっているように見えた。
……まあ、そうだろうなと思う。
一昨日までの私は、ただひたすら王太子を追いかけまわしていたのだ。
それが昨日から突然、攻略対象者一覧という意味不明なリストに載せてみたり、デートに誘ってみたりと、ラカーシュに執着し始めた。
ラカーシュからすると私の考えが読めず、身構えていることだろう。
ただし、意見が合うことに、私だってラカーシュに近付きたくないという思いは同じなのだ。
だから……さっさとやるべきことを終えてしまおう。
そう考えた私は、一旦ラカーシュと別れ、公爵邸の侍女に部屋を案内されていたところだったけれど、「あら、玄関に扇を忘れましたわ」とつぶやくと玄関に取って返した。
兄とユーリア様には私の行動の理由はお見通しだったようで、兄からは「相手は彫像だ。無駄だぞ」と、ユーリア様からは「可愛らしいわね」と声を掛けられた。
そして、変わらず玄関先に立っていたラカーシュからは、無言で睨まれた。
『何をしに戻って来た』という迷惑そうな声が、聞こえてくるようだ。
私はラカーシュが隠そうともしていない嫌悪感を無視すると―――こういう悪意に対しても平気で向かっていける心臓の強さは、間違いなくルチアーナのメンタル力のおかげだ―――ラカーシュに近寄り、声を潜めた。
「ラカーシュ様、お話がありますの」
不思議なことだけど、相手に声を潜められると重要な話なのかと思い、つい内容を確認しようとする習性が人間にはあるようだ。
ラカーシュは無言のままだったけれど、わずかに背をかがめて、私の言葉を聞きとろうとする。
「実は……情報元は言えませんが、フリティラリア公爵家に敵対する者がセリア様を狙っているという情報を入手しましたの。今回の公爵閣下の誕生祝いの期間に、魔物を使って、セリア様を襲わせるとのことですわ」
それは、私が知っている全ての情報だった。
私の言葉を聞いたラカーシュは、ギラリとした目で私を睨みつけてきた。
「……ダイアンサス侯爵令嬢、そのような話は冗談でする類のものではない。何が狙いだ?」
「もちろん、私と学び舎を同じにするご学友の安全ですわ。……お気をつけあそばせ」
私は冗談で言っているとは思われないように、真剣な表情でラカーシュに告げた。
ラカーシュからしたら、私の言葉に信憑性があるとは考えないだろう。
大名門のフリティラリア公爵家が掴めない情報を侯爵家ごときの―――しかも、侯爵家を通しての話でもないので、私個人としての情報として与えられたもの―――に、価値は感じないだろう。
でも、それでも。
話の内容が具体的である分、妹思いなラカーシュは気を付けるだろう。
これが、私にできるぎりぎりのところだ。
そう考えながら、できるだけ悪辣そうな表情でラカーシュに微笑みかけると―――もちろん、この微笑みはラカーシュに違和感を抱かせないための悪役令嬢としての行動だ。私は芸が細かいのだ―――踵を返し、先ほど案内されていた部屋へ向かって歩いて行った。
けれど、しばらく廊下を歩いたところで、いや待てよと思う。
―――ぎりぎりのところというか、やりすぎてないかしら?
実際に事件が起こってしまった後になって、「なぜ知っていた?」とラカーシュから訊問される可能性があるわよね?
最悪の想定として、魔物をけしかけた一派だと思われる可能性もあるんじゃないかしら?
あああああ、しまった!
そう思い、頭を抱え込みたい気分になったけれど、いやいや、このくらい具体的に話さないとラカーシュは取り合わないだろうから、仕方がないことなのだと思い直す。
一人の少女の命が懸かっているのだ。
絶対に安全な場所に陣取って、回避できる話ではないはずだ。
私だってぎりぎりのところを見極めて、身を切らないといけない。
そう考えながら、私は与えられた部屋に入った。
部屋にはユーリア様がいて、兄は続きになる隣の部屋にいると教えてくれた。
私はユーリア様にお礼を言うと、ぼんやりと部屋の隅に置かれている椅子に座った。
そして、公爵邸でのスケジュールを反芻する。
―――公爵邸には、1泊する予定だ。
本日の夜に開催される公爵の誕生会と、明日の午後に行われる狩りに参加する予定となっている。
ラカーシュたち兄妹はさらに数日間滞在するようだけれど、私たちは学園を休むわけにもいかないため、日の曜日である明日の夕方に公爵邸を辞すことになっていた。
椅子に座り、取り留めのない思いを巡らせながらぼんやりとし続けた私は、結局、その日の夜に開催された公爵誕生会を欠席した。
「は? 欠席!? お前はわざわざ公爵邸まで何をしに来たのだ!!」
兄からは理解できないという表情をされ、ユーリア様からは同情のこもった眼差しで見つめられた。
「サフィア様、そっとしておいてあげましょう。……先ほどからルチアーナ様は一言も話されませんし、元気がありませんの。玄関先で何かあったのかもしれませんわ」
「いやいや、ルチアーナの最大の長所は、振られても、断られても、踏みつけられてもこたえない鋼の心臓を持っていることだぞ! ラカーシュ殿の拒絶の一つや二つや三つや四つや五つ……」
言い募る兄を、ユーリア様はずるずると引っ張っていってくれた。
私は一人残された明かりの消えた部屋で、真っ暗な外を窓から眺めていた。
心がざわざわとして、落ち着かない。
……ラカーシュは優秀だと思う。
優秀だし、魔力が高いし、妹思いだ。……だから、セリアを守ってくれるはずだ。
ああ、私の魔力がもっと高ければよかったのにと、初めて思う。
父も母も―――母の生家も侯爵家だ―――兄も弟も侯爵家の血を正しく引いていて、魔力が強い。
私も同じくらい、強力な魔術が使えればよかったのに。
そうしたら、もう少し役に立てたかもしれない。
勇気と無謀は違う。
ラカーシュの魔力は私の何倍も強いから、私が助けに入ったとしても、足手まといになるだけだ。
だから……これ以上、私にできることはないのだろう。
この世界で……魔力が大きな意味を持つこの世界で、魔力が弱いということは辛いな。
私は窓枠にこつんと頭を付けると、ぎゅっと目を瞑った。
―――他力本願なのは分かっているけれど。
どうか、セリアが無事でありますように。
ずっと考えていたけれど、結局セリアを救う方法を考えつくことができなかった私は、……ただそう祈るしかなかった。







