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悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!?  作者: 十夜


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109 虹樹海 11

「勿論、我が家の言い伝えは根拠のない、ただのおとぎ話だったのかもしれない。けれど、ルチアーナ嬢は実際に藤の花に魔法をかけたんだ。そして、枯れているかと思った世界樹が、君に力を貸してくれた。だから、世界樹に咲いた藤の花を浴びたうさぎが、ダリルとして生き返ったんだ」


「そ……」

そうなのだろうか。

確かにタイミング的には、藤の花とダリルの復活は関係があるように思われるけれど。


「……ええと、私は風魔術の使い手なの。だから、藤の花を遠くに飛ばしたところ、たまたまその花が世界樹にくっつき、偶然にも力を借りることができて、幸運にもダリルが生き返ったと考える方が、自然ではないかしら?」

謙遜するわけではないけれど、自分の行いとも思えない手柄を自分のものにするわけにはいかないと、遠慮がちに口を開く。


私としては物事を公平に判断したつもりだったけれど、ジョシュア師団長、ルイス、ダリルの3人は、私の言葉に否定的な表情で首を横に振った。


それから、3人を代表するかのように師団長が口を開く。

「ルチアーナ嬢、あなたに自覚がないとしても、その存在は変えられない。あなたは魔法使いだ。私も風魔術の使い手だが、私が藤の花を世界樹まで飛ばしても、同じ結果が得られるはずもない。それは試すまでもない自明の理だ。それに、……あなたは魔術のルールを無視したのだから、そもそもあれは魔術ではない」


「うっ」

「以前あなたが魔法を披露した時と同じ状況だ。あなたの術はレベルとナンバリングを省略した上、魔術名を誤っている。言うまでもないことだが、『藤波』という風魔術は存在しないからな」

「…………」


ぐむむ、と言い負かされて黙り込んでいると、師団長はとろけるような表情で私を見つめてきた。

「ルチアーナ嬢、伝説の存在を目の当たりにしていることに、私は最高に誇らしい気持ちでいる。何があなたを魔法使いたらしめているのかは分からないが、あなたが最上級に尊い存在であることは間違いない。そして、その力を惜しげもなくダリルに行使してくれたことに感謝する。私は失った弟に再び会えたのだ。……これは奇跡だ」


確かに、コンラートから聞かされたダリルの話はとても悲しかった。

ルイスとダリルのどちらも悪くなく、どちらも仲良くしたいと思っていたのに、叶わないままダリルは亡くなったのだ。


―――もうどうしようもない事柄を後悔することほど、苦しいものはない。

ダリルがルイスを守りたくて死を選んだことに、ルイスは気付いていた。

そのため、ルイスは何度も何度も後悔しただろう。


ジョシュア師団長だって、自分に何かできなかったのかと、ルイスが後悔する姿を見る度に考えたはずだ。


だからこそ、2人ともダリルの姿を見た途端に、嬉しくて涙を流したのだ。


……ああ、ダリルが再び生を与えられたことは、彼自身にとって幸福なことだけれど、同時にルイスとジョシュア師団長にとっても幸福なことだったのだ。

ルイスと師団長は後悔しかなかった結末に、もう一度やりなおす機会を与えられたのだから。


私が魔法使いであるかは分からないけれど、私が起こした風が藤の花を運び、ダリルが生き返ったのだとしたら、……私の行為が少しでも役に立ったのだとしたら、すごく嬉しいわ。


そう考えた私は、ダリルに向かってにこりと微笑む。


―――改めて見つめてみると、目の前の少年はルイスによく似ていた。

私はずっとコンラートだと思っていたけれど……思いたかったけれど。

実際のコンラートは3歳の時に亡くなってしまったから、6歳の体で現れるはずもない。

この少年はダリルなのだ。


私はやっとコンラートが亡くなったことを受け入れることができ、寂しい気持ちを覚えていると、視界の端で世界樹に咲いている藤の花がさらさらと揺れるのが見えた。


霧のせいなのか、世界樹はダリルのすぐ近くにあるようにも見え、まるで彼に向かって藤の花が垂れ下がっているように錯覚させられた。


……ああ、ウィステリア公爵家の4男が戻ってきたことを、藤の花が喜んでいるのかもしれないわね、と思っていると、ルイスがゆっくりと呟いた。


「かくしてぞ 人は死ぬといふ 藤波の ただ一目のみ 見し人ゆゑに」

(藤のように美しいあの人をただ一目見ただけなのに、こんな風に恋焦がれたまま、人は死んでいくのだ)


「この歌を聞いた時、僕のことを詠まれているのかと思った。もう一度愛しい人に会いたいと思いながらも、結局は叶わずに死んでいくものだと覚悟していた。それなのに、ダリル、お前に会えた。―――こんなにも美しい藤の下で」


そう言うと、ルイスは美しい藤の花の下、とても綺麗に笑った。

「おかえり、ダリル」


そんなルイスに小さなダリルは勢いよく抱き着くと、やはり笑顔で答えた。

「ただいま、ルイス」

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