92 カドレア城 13
初めて悪役令嬢であることが役に立ったわ!
明らかな大怪我を大したことないと言い切ったジョシュア師団長が、一睨みしたことで一転して素直になった姿を見て、私は心の中でそう独り言ちた。
悪役令嬢としての迫力が、師団長を素直にさせたと考えたからだ。
私はこれ幸いと、大人しくなった師団長の怪我の具合を確認する。
無言のまま師団長の上着を開くと、その下に着用していたシャツが、血で真っ赤に染まっているのが見えた。すぐにでも治癒が必要な状態であることは明らかだ。
「ジョシュア師団長、酷い傷です! 師団長が口にしたような問題がないレベルではなく、今すぐ治癒しないと命にかかわるレベルです。まだ魔力は残っていますか? そうであれば、ご自分で回復魔術をおかけください」
私は必死になって師団長に言い募った。
勿論、この世界には怪我を治癒するための回復薬が存在し、軍の魔術師団長という立場なら間違いなく携帯しているはずだけれど、即効性はないので、これほど重症の場合は役に立たないだろう。
そして、回復魔術の使い手は限られていた。
火、風、水、土などの主要な属性の他に、光属性の魔術師という者が稀に存在するのだけれど、その数は非常に少なかった。
そして、その数少ない光属性の魔術師のみが、回復魔術を発動できた。
先ほどの戦いを見るに、誰もがジョシュア師団長の属性は風だと考えるだろう。
そして、その通りではあるのだけれど……
―――つい忘れそうになってしまうけれど、私はこの世界の元になっている乙女ゲームをプレイしたというアドバンテージを持っている。
そして、重要なことは、ゲーム内の設定がこの世界で確実に適用されるということだ。
ゲームの中で、ウィステリア公爵家特有の能力である『魅了』の保持者は、関連する能力として『回復魔術』を持っていた。
加えて、ウィステリア公爵家は3兄弟であり、ダリルというキャラクターは登場しなかったから、『魅了』の能力保持者は別のキャラクターだった。
その人物は、攻略対象者でない次男のオーバン副館長ではなく、3男のルイスでもなく―――長男のジョシュア師団長だったのだ。
だからこそ、私は当然のように、『魅了』の能力保持者であるジョシュア師団長に対して、回復魔術を使用するよう提案した。
これまでの言動から、どういうわけか師団長は『魅了』の能力保持者であることを隠しているようだけれど、……そして、そのことは兄弟ですら知らないように見えるので、全ての人間に秘密にしているのかもしれないけれど、師団長自身の命が掛かっている場面では、回復魔術を使用すべきだと考えたからだ。
だというのに、私の言葉を聞いた師団長は驚いたような表情で私を見つめると、否定の声を上げた。
「私の属性は風だ。光ではない」
「ええ、分かっていますよ! でも、それとは別に、師団長は回復魔術を使えるでしょう!?」
既に師団長の秘密は秘密ではなくなっていると理解させ、秘密を保持しようとする気持ちを諦めさせようと、当然のような口調で返す。
けれど、ジョシュア師団長は思ったよりも往生際が悪かったようで、困惑したような表情で呟いた。
「いや、私は回復魔術は使えないが……」
何て諦めが悪いのかしら、と思いながら師団長を睨んだけれど、いいえ、そうじゃないわ、まずは説得しないと、と考え直して口を開く。
「ジョシュア師団長、どうして能力を隠そうとしているのかは分かりませんが、今は火急の事態です! ことは一刻を争いますから、諦めて回復魔術を使用してください」
けれど、そこまで私が言い募っても、師団長は困ったような表情を浮かべていた。
それだけではなく、ほんのわずかの時間で、その顔色は血の気を失い土気色になっている。
咄嗟に師団長の背中に回していた私の腕にも、気が付けば、彼の重みが掛かり始めていた。
慌てて様子を見ると、どうやら師団長は自分で上半身をまっすぐ保つことも難しくなってきたようだ。
けれど、そんな状態であるにもかかわらず、師団長はしっかりとした声で返事をした。
「ルチアーナ嬢、あなたがなぜそう思い込んでいるのかは分からないが、私に回復魔術は使えない。私は今、誰よりもあなた方を守りたいと思っている。私に回復魔術が使えるならば、直ちに自分を治癒して、サフィアとともに戦うだろう」
まっすぐに私を見つめて返してくるその言葉に、嘘はないように思われた。
そのため、考えを整理しようと、私はぱちぱちと瞬きをする。
……一体、どういうことかしら?
ゲームの設定に従うなら、ジョシュア師団長は『魅了』の能力を持っているはずだ。
これまでの師団長の態度から、彼は自分の特殊能力を隠したがっていて、その上、師団長の特殊能力を私が知っていることは秘密事項だから、と口出しはしなかったのだけれど、……実際に、師団長が『魅了』の能力を持っていないということがあり得るのかしら?
改めて考えてみると、私が知っているゲームの世界は、半年後から始まる1年間が舞台となっている。
だから、もしかしたら、師団長は半年後には『魅了』を持っているけれど、現時点では持っていないということは、……あり得るのかもしれない。
そもそも『魅了』の能力保持者は、同時期に一人しかウィステリア公爵家に存在しないという設定があったはずだ。
ということは……
私は横を向くと、すぐ隣で心配そうに私を見つめているコンラートを見つめた。
読んでいただき、ありがとうございます!
本日、無事にノベル1巻が発売されました。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします。
編集さんとイラストレーターの宵マチさんが細部までこだわられたおかげで、宝石のような、デコレーションされたお菓子のような、素敵な1冊になりました。
私もたくさんの「楽しさ」を詰め込みましたので、お手に取っていただき、楽しんでいただければ幸いですo(^▽^)o







