第70話 支配なんかじゃない軌跡
翌日、あの美青年店主の店を訪れたが、いなかった。
あんにゃろ。常連になれみたいなことをぬかしていたくせに、自分から失踪とか、まじで黒やん。
ってわけで、昨日の黒フードの人物が俺の中で美青年店主確定となったところで、学園終わりの放課後。
俺はヴィエルジュの部屋を訪れた。
「ヴィエルジュ。入るぞー」
『ご、しゅ、じんさま!? ちょ、まっ……』
「悪い。着替え中だったか? ちょっと待つわ」
『着替え中ならむしろ入って欲しいです』
この子、ほんとそこら辺の羞恥を捨ててますよね。
『ただ、その……ええっと……』
「見舞いのつもりだったけど迷惑かけたな。ごめん、帰るわ」
『だめっ!! ご主人様に一日も会えてない方が迷惑なので、入ってください』
ヴィエルジュがそう言うのなら。
ということで、許可を得たので彼女の部屋へ入室。
「……」
「だから、見られたくなかったのです……」
俺の反応を見て、ヴィエルジュはベッドの上で自分の顔を手で覆った。
いや……予想外というか……。
この部屋めっちゃ汚い。
物が散乱している。
足の踏み場もない。
待って。ヴィエルジュって掃除めっちゃ得意だよな。俺の部屋とかめっちゃ掃除してくれるし。
「じ、自分のはどうでも良いんです……」
俺の顔を見て心を読み取った回答をしてくれる。流石に長い付き合いだからそれくらいの予想はできるってか。
「それでヘイヴン家の時も部屋には絶対入れてくれなかったんだな」
乙女の園だけは絶対に死守します!! なんて小さい時から言われていたっけ。
笑いながらベッドの近くに座り込む。
「俺等って幼馴染みたいなもんでさ、お互いのことをほとんど知っているじゃんか。それでも、こうやってヴィエルジュの知らない部分を知れるのはめちゃくちゃ嬉しいな」
「……幻滅しました?」
「んなわけないだろ」
「この弱味で私を脅迫して結婚ですね。わかりました。脅迫という名のヴァージンロードはどこまでもフライ・アウェイ☆」
ヴィエルジュの額に手を置いた。
「あっつ……まだ熱があるな」
「勘違いしないでください。今の発言は熱でハイになった発言ではなく、大好きなご主人様に弱味を握らてハイになったものです。もっとヴィエルジュの弱味を握ってくださいませ」
「ハイハイ。そんだけくねくねしてんなら大丈夫そうだな」
昨日はほとんど気絶していたんだけどな。
黒フードがどっかに消えた後、すぐさまヴィエルジュを病院に連れて行くと、魔力がオーバーヒートしているって診断されたな。風邪に近い症状だけど、ちょっと長引くかもって結果だった。俺の方は回復薬を飲んですっかり治っている。
「ヴィエルジュが風邪というか、こんな感じになるのは初めてだよな」
「申し訳ありません……」
「いやいや。むしろ今まで風邪すら引かずに世話してくれていて感謝しかないよ」
「いえ、それだけではなくてですね、昨日のことも含め、申し訳ありません。ご主人様を襲うなんて……私……」
俯いて小さく言ってのける彼女は、随分と罪悪感を抱いているみたいだな。
「いや、別に良い。ヴィエルジュの強さを再認識したというか……」
心底、この子が俺の専属メイドで本当に良かったと実感した。絶対に敵に回したくない。
「つうかさ、昨日の件は、あのネックレスが原因だったのか?」
壊しても襲って来たから、あんましあれに効果はなさそうだけども。
「昨日は……ふと、露店の店主様と目が合って……なんだかそこからポーっとしておりました。すると、段々ご主人様のことで頭がいっぱいになって──気が付けば……」
「そっ、か」
ネックレスはブラフ。魅了というのはあの美青年店主の目か。あんだけイケメンだから魅了できるってか。でも、ヴィエルジュの発言は変だよな。魅了だなんて言っているんだから、本来なら、その美青年店主で頭がいっぱいになるはずでは?
『私の魅了は私の言う事を聞くはずだ。それなのにその娘は言う事を聞かずに暴走していた……既に愛が混じっていたか』
ただ中二病を拗らせた痛いセリフだと思っていたけど、『既に愛が混じっていたか』ってのは……。
『そりゃ命を救ってくれた恩人に惚れる気持ちもわかる。だけどね、ちょっと惚れ方が異常かなぁ』
レーヴェとの雑談を思い出す。ルべリア王女の俺への態度の激変を考えると──。
「なぁヴィエルジュ。俺の魔力には、もしかしたら魅了? が付与されてるかもしれん」
「……はい?」
「いや、ルべリア王女を治した後、彼女の態度が激変したんだ。婚約なんて簡単に受け入れるような人じゃないと思う。それにフーラだって助けた後の態度が表に出過ぎているし……ヴィエルジュも、俺をめちゃくちゃ慕ってくれているけど、それは俺の魔力が混じったから──」
「それ、本気で言っているのなら怒りますよ」
俺のメンヘラチックな長セリフを、良い加減にしろと言わんばかりに止められてしまう。
「『俺の魔力には魅了が混じっているから、お前はそのせいで俺のこと好きなんだろ?』とかいきなり言われて、ヴィエルジュ、めちゃくちゃ怒ってる」
あ・の・で・す・ね。
ヴィエルジュに額をコツかれながら説教が始まる。
「あなたの魔力は特別だから、もしかしたらそんなこともあるかも知れない。だったとして、それがなに? 私のリオンくんへの思いはそんな安いっぽいものでできてない。リオンくんと共に過ごした軌跡で出来たものだよ。そこら辺わかって言ってるの?」
「は、はい……すみません……」
「面倒くさがりで、なんにもせず、だらだらして、サボることしか頭にない──」
ちょっと待て、いきなりめちゃくちゃ言われているんですけど……事実だからなにも言えない。
「でも、『ヴィエルジュ』って呼ぶ声が好きで、サボる時のイタズラっぽい笑みが好きで、なんにもしてないけど、やる時はちゃんとやって、私の側にいてくれて、一緒にここまで成長したリオンくんが好きなんだよ」
「ヴィエルジュ……」
「次、そんなふざけたこと言ったら、粉々に砕いてやるから」
キリっと睨まれて、背筋が伸びる。
「二度と言いません」
「よろしい」
こほっこほっと咳をこぼすヴィエルジュの背中をさすってやる。
「大丈夫か?」
「ふふ……初めてご主人様を説教しちゃいましたね」
「説教というか、なんというか……」
「説教ついでと言いますか、お姉ちゃんも、ルべリア様も、多分、本気でご主人様のことが好きだと思います」
「そう、なのか……」
「まぁ……命を救ってくれたからっていう大義名分がありますからね。好きになって当然ですよ」
だからこそ。
ビシッと指をさされてしまう。
「誰にも渡さないから。あなたも覚悟してください」
そんな宣言をされて、イタズラっぽく笑う。
「ごほっ、けほっ……」
「おいおい。大丈夫かよ」
「大丈夫じゃ、ないです。ご主人様がめちゃくちゃ喋らすから、ヴィエルジュまじ、疲れました……」
段々とヴィエルジュの目がトロンとしてきて、ゆっくりとそのまま背をベッドに預けていく。
「眠るか?」
「添い寝、を、希望、します……」
そう言いながら、小さな寝息を立てて眠ってしまった。
「俺等って幼馴染みたいなもんでさ、お互いのことをほとんど知っている──つもりだったのかもな」
俺は、まだまだヴィエルジュを知らないみたいだ。
もっときみのことを知れればいいな。




