第69話 専属メイドに死ぬほど愛されて眠れない
「──っぶな!?」
目の前をヴィエルジュの氷の剣が通り過ぎた。
冷気が鼻筋を通り、体温が一気に減少する。
「私の愛の一撃をかわすとは、流石はご主人様。更に惚れてしまいそう♡」
「愛情表現にしちゃ、ちと刺激が強すぎるんじゃない?」
「夜這いに来ましたからね。これくらい激しくない、とっ!!」
容赦なくもう一振りしてきやがるので、持っていた剣で受け止める。氷の剣の反動か、冷気が吹き荒れる。
「ああ……ご主人様とこうやって剣を交える日が来るなんて……ヴィエルジュ、ガチで幸せです♡」
「俺もまさか、専属メイドとこうやって剣を交える日が来るとは思わなんだ。それも魔法学園の寮で」
「寮で激しい夜をご主人様と過ごせるなんて、背徳感でどうにかなりそうです」
「予想外だな。ヴィエルジュが悪い子になっちまった」
「予想外の展開というのは良いものですよ。専属メイドに命を渡すご主人様、という予想外のハッピーエンドで、私達の愛の物語を完成させましょう」
「おいおい。バカ言っちゃいけねぇな。王道こそに真の価値があるんだよ。予想外の展開でウケるのは序盤だけ。だから俺はお前を正気に戻してハッピーエンドを迎える、さっ!!」
交えた剣を大きく振り抜いて、バックステップでヴィエルジュとの距離を取る。
「私は正気ですよ。ご主人様への愛が溢れて止まらないだけです」
「それを異常と呼ぶんじゃない?」
「酷いです、ご主人様。でも、そんなご主人様も素敵です」
だから、私の世界へお越しくださいませ。
囁くように美しい声を放つと、こちらに手を向けてくる。
やばい──やばいやばいやばい!! この感じはアレが来る……!!
『絶対零度・世界』
凍る、凍る、凍る──!!
一瞬にして、ワンルームの部屋が氷の世界へ大変身。劇的なビフォーとアフターである。氷大好きっ子にはたまらん部屋の完成だ。
王道のハッピーエンドを迎えるためには、ここじゃ場所が悪過ぎる。こんな冷凍庫みたいなところで、凍漬けバッドエンドなんて目も当てられない。
パリーンッ!!
部屋が凍る前に窓ガラスをぶち破って外へ脱出。
ここは五階。高さがあるけど、体操選手も驚きの着地に成功。成功の祝福のクラッカーの代わりにガラス破片が降ってくる。とか浸っている余裕はなし。
「せっかく、ご主人様と二人だけの天国を作ったのに」
月明かりを浴びて降りて来るヴィエルジュは、ヴィジュアルだけを見れば天国へ誘う天使そのものである。
「さっきの魔法、絶対零度・世界じゃなかったっけ?」
「ご主人様と二人になれるのですから、天国が妥当かと」
「地獄の間違いじゃ?」
「今日のご主人様は口が悪いですね。そんな悪い子はお仕置きですよ」
「ドSスイッチ?」
「オン♡」
甘い声を出して、風魔法を駆使し、すんごいスピードで迫って来る。
こっちもダッシュ。必死に地面を蹴り上げる。
「速い、速い。ご主人様、速くてカッコイイ」
「足が速くてモテるのは子供の時だけかと思ってたよ」
「待ってくださーい」
「待つかっ」
──っくそ。また鬼ごっこかよっ。
しかもこの美少女鬼メイドと来たら、空を飛びながら氷をぶん投げて来ているんですけども。当たった場所が凍っているんですけども!?
学園の鬼ごっことは比べ物にならない超ハードモード。
「きたねぇぞ!! チートメイドがっ!!」
「チート嫁の間違いでは?」
「この返しを聞く限り、完全にウチの専属メイドだね」
いきなり襲いかかって来るから、ワンチャン、ヴィエルジュのニセモノかと思ったが、そうじゃない。
そうなると──絶対、あのネックレスだよなぁ……。
あんの美青年店主めっ。なんちゅうもんくれやがる。
無料より怖いもんはない。ってか。
ただ、あのネックレスがどのような働きをしているのか。遠隔で操るようになっているのか。それとも、また別の働きか。
走りながら、彼女の攻撃をかわしながらの考察は頭が回らない。息も切れてきた。
ってことで考えるのはやめだ。
寮から随分と離れ、夜のアルバートの街に出ていた。広場には人の姿がない。コウモリが数匹見える程度。
そこでくるりと後ろを向くと、鬼さんがいなくなっていた。
『ダイブ・トゥ・ご主人様』
「っお!」
空から女の子が落ちて来やがった。
氷の剣を携え、俺の真っ二つにしようとしてくるなんとも勇ましい女の子。
なんとか剣で受け止めたけど、剣がピキピキ凍っていく。
「お、もっ……」
「私のご主人様への想い、いかがです?」
「重過ぎて気が狂いそう、だっ!!」
なんとか剣を弾いた。
ヴィエルジュは、くるくると空中で回転して見事に着地する。
俺の着地よりカッコよくてなんだか嫉妬しちゃうね。
「なぁヴィエルジュ。そのネックレス外してくれない? やっぱり似合ってねぇわ」
さっきは忖度しちまったが、今はそんなもんなしの本音をストレートにぶつけてやる。
「むぅ……どうやらさっきのダイブ・トゥ・ご主人様で、本当に気が狂ってしまったのですね」
「いや、言葉のあやだわ!!」
「気が狂ったご主人様を、ヴィエルジュの愛で治してさしあげますね」
かわいらしく言ったあと、ヴィエルジュはその場で踊るように腕を振り始めた。
ふる……フル……! 振る……!!
しかしなにも起こらない。
「求愛ダンスにしちゃ、いささかおそまつだな」
ただただかわいい女の子が、下手くそなダンスを披露している様にしか見えん。
「ダンスが得意じゃないのは知っているでしょ?」
「昔からそうだな」
──ッ!?
ヴィエルジュのダンスを見ていると、物理的にも、精神的にも空気が凍った。
暗がりで見えなかったが、月の光が一瞬だけ無数の透明な氷刃を照らしてくれた。一つ見つければ一気に他が見つかる。気分的には見つけたくはなかったかも。
目の前に無数の氷刃。視界の隙間という隙間に細く鋭い氷の結晶。どれも動かない。風すら避けて通る。通り抜けて来た冷ややかな風が俺の身体を包んで震えあがる。
「っらああああああっ!!」
冷たさと恐怖を誤魔化すように大きく剣を振った。
いくつかの氷刃が砕けちったが、こんなもんは氷山の一角。
「あら、鈍感系なご主人様なのに、案外早く私の愛に気が付いてくれましたね」
「ああ……鈍感系主人公は流行らないから、なっ!!」
もう一度剣を振るう。だけどやっぱり全ての氷刃を砕くことはできない。
「いつの間にこんな暗殺みたいな魔法を覚えてんだよ」
「成長したヴィエルジュにぞくぞくするでしょ?」
「既に完成形なのに、まだ成長するなんて、やっぱり俺の専属メイドはチートだ、わっ!!」
振る。振る。振る。剣を振る。
おそらく、この魔法を完成させるには時間を有する。ダンスが必須なのかどうかは置いておき、今の内にできるだけの氷刃は消しておく。
「下手くそなりに、ご主人様のために頑張りました」
やばい、やばい──来る……来る!!
「褒めてくれると嬉しいです♡」
ヴィエルジュは、踊りのシメに自分自身をギュッと抱きしめるようなポーズをする。
瞬間。目の前で止まっていた無数の氷刃が一気に襲い掛かってくる。
「う、おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
襲い掛かる氷刃を斬る。出来る限り斬る。斬る。斬る──。
だけども、顔に、腕に、足元に、氷刃は容赦なく飛んで来て、俺の皮膚をかすめていく。
「ぐっ……」
しまいに、足に、肩に──。
「ぐぁ!? ぁああ!? ああああああ!!」
激痛が走る。
刺さった。氷刃が肉体をえぐってくる。
でも、それでも氷刃を斬る。致命傷を狙ってくる氷刃を斬って、斬って、斬りまくる。
お日様が出てたらこんな思いはしなくて済んだのにな。なんて愚痴っても仕方なし。
「──はぁ……はぁ……」
痛い、な、どちくしょう……。
「まさか、私の愛をそんなに拒絶するなんて……」
「何発……か、もらった、けどな」
足に、刺さった氷刃を抜いて、そこら辺に捨てる。真っ赤に染まった氷刃はすぐに溶けて消えた。
「決定打になっていません。やり直し」
「ドSかよっ!!」
今にも踊り出しそうなヴィエルジュへ、肩に刺さった氷刃を引っこ抜いて投げてやる。
咄嗟に彼女が氷刃を振り払う動作をしたので、その隙に一気に間合いを詰める。
「ぁ……」
ヴィエルジュのネックレスを斬ると、宙を舞った。
「おらっ、このっ、うりゃ!!」
ネックレスを剣で粉々に砕いてやる。
「はぁ、はぁ……見たか、おらっぼけっ」
身体が痛くて変にハイになっているが、こちらのハイテンションとは反対にローテンションのヴィエルジュはそのまま放心状態となってしまった。
「ヴィエルジュ?」
ネックレスの効果がなくなったか?
しかし、次の瞬間、キリッと睨みつけてくる。
「リオンくんがくれたネックレスなのに……許さないっ」
うそん。第二ラウンド開始やん。
こっちのことなどお構いなしに、氷の剣を生成して突っ込んで来るヴィエルジュ。
なんだよ。ネックレス関係ねぇのかよ。
「許さない、許さない、許さない……リオンくんのくれたネックレスをご主人様が潰して、ご主人様が……リオンくんで……リオンくんがくれた、ご主人様……あれ……?」
勢い良く攻撃して来たのは良いけど、途中で頭の中がパニックになったのか、戸惑って攻撃をやめてしまった。
「落ち着けって。今度ヴィエルジュに似合うもん買ってやるから、な?」
戸惑っているヴィエルジュの頭に手を置いてやる。
すると、「きゅぅぅ……」とこちら側に倒れて来るもんだから受け止めてやる。
「ヴィエルジュ──あつっ……」
ヴィエルジュの身体は、めちゃくちゃに熱かった。まるで風邪でも引いてしまったかのような熱さだ。
「……はぁ……はぁ……ご主人、さま……」
「大丈夫か?」
「わた、し……は……」
苦しそうな声を出すヴィエルジュ。もう襲い掛かってくる気配もない。
こりゃ病院に連れて行かないといけないな。ついでに俺も診てもらおう。
肩や足は痛いけど、ヴィエルジュをおぶってやることはできる。
よいしょっとヴィエルジュをお姫様抱っこしてやる。
『ほぅ。私の魅了を解いたか』
なんか……目の前に黒フードの怪しい人が立っているんですけども。
「……お前、声色変えているけど、さっきの店の店主だろ」
「私の魅了は私の言う事を聞くはずだ。それなのにその娘は言う事を聞かずに暴走していた……既に愛が混じっていたか」
「なにを言ってんの?」
「ふふっ。面白い。まさか最初に釣れたのが転生の魔力の持ち主とはな」
「人の話聞けよって言いたいけど、その転生の魔力ってのが気になるから、それを教えろよ」
「セレスの封印が解けたというのも、あながち間違いではなかったか」
「誰だよセレス。てか、全然こっちの話聞かないじゃん」
「くくく……まだ時は満ちてない……頃合いではない、か」
「まてまて。急激な中二病展開は追いつかな──」
こちらの言葉虚しく、シュタっと黒フードの怪しい人はその場で姿を消した。
『また会おう。リオン・ヘイヴン』
あーはっはっはっという声と共に、そいつは闇に消えていった。
「いや、不審者に名前覚えられとるやん」




