第67話 沼らせビーム
アルバード魔法王国の図書館はかなり大きい。
ステラシオン王国の図書館が幼稚園と仮定したのなら、アルバード魔法学園の図書館は大学レベル。流石は由緒正しき魔法の国だね。
こんだけ大きかったらウルティムについてなにかわかりそうなもの。
「リオンくん?」
図書館の個室スペースで本を読んでいると、フーラの呆れた声が聞こえてくる。
「その本はなに?」
「『かいけつソロリ』」
前世にも近いものがあった。すごいよな。前世で見たことあるものが現世にもあるだなんて感心しちまうぜ。人間の思考はどの世界もそんなに変わらないってことかね。
「なんで児童向けの本を読んでるの?」
「はっ……!? いつの間に俺は児童向け絵本を……?」
こちらの自問にフーラはくすりと笑ってくれた。
「気持ちはわかるよ。こういう大きな図書館って、小さい時に呼んだ本がポロって出て来るよね」
フーラはどこか懐かしむような顔をして続けた。
「大事な調べものをしているのに思い出の本とか出て来たら、そっちに流れちゃうよね」
「大事な調べ物……それって、もしかしてルージュのこと?」
尋ねると頷いてくれる。
「ルージュが行方不明になった時は、情報がなにかないかって思ってこの図書館によく来てたなぁ……。なにかないか、なにかないか──って。そしたらルージュと一緒に読んだ絵本が出て来てね……涙を流しながら一人で読み返したっけ」
段々と声が小さくなっていくフーラへ、俺は頭を下げた。
「ごめん。もっと早くにフーラと会わせるべきだったな」
「なに言ってんのよ。それはルージュの──ヴィエルジュの意思だったんだから。リオンくんが謝ることなんてなに一つない。前にも散々お礼言ったけど、まだ私達のありがとうが足りないくらいだよ」
フーラはにこっと笑顔になる。
「リオンのおかげで会えることができた。ルージュだろうが、ヴィエルジュだろうが関係ない。私の大事な妹に再会できた」
彼女はチラリと本を選別しているヴィエルジュの方に視線をやった。
「ま、今じゃ恋のライバルになっちゃったけどね」
「恋のライバル、ね……」
それが俺のことを差しているのはわかっている。だからこそこの前言われたレーヴェの言葉が脳裏を過る。
『そりゃ命を救ってくれた恩人に惚れる気持ちもわかる。だけどね、ちょっと惚れ方が異常かなぁ』
もしかすると、俺の魔力が惚れた腫れたに関係するんじゃないかと考えてしまう。ルべリア王女も、フーラも、ヴィエルジュも、もしかしたら俺の魔力によって俺に恋心を抱いてしまう……惚れ薬みたいな? あれ、だったらライオ兄さんは──うげぇ、変な想像しちまった……いや、ライオ兄さんはいつも通りだったよな。それは間違いない、よね。
「リオンくん?」
唐突に黙り込んでしまったもんだから、フーラが首を傾げてくる。
「あ、いや、今はウルティムを探す時間だよな。現実逃避をしている時間じゃない、か」
「そうそう、だからヴィエルジュ──」
スタスタとフーラがヴィエルジュのところに向かった。
「関係ない本を読むのはやめようねー」
バシッと本を取り上げた。
その本を見てフーラはジト目でヴィエルジュを見た。
「なに、この本……」
「『悶絶確定。彼ピを沼らせる激モテ指南書、虎の巻』です」
だっせータイトルだなぁ。
「だっせータイトル」
俺とフーラの思いがシンクロした。
「ふっ。あさはかですね」
余裕たっぷりに立ち上がると、ヴィエルジュが俺の前にやってくる。
「この本に書かれていることはかなりレベルが高いです」
「ええ……こんなタイトルなのに?」
「フーラ様。少々拝借を」
ヴィエルジュが取り上げられた本を取り戻して、ペラペラとページをめくっていく。
「例えばこの、『必殺、沼らせビーム』では上目遣いの角度が求められます。この指南書を読む前のヴィエルジュで比較していきましょう。さ、ご主人様、起立、です」
起立て。なんて思いながらも、彼女の言う通りに席を立つ辺り、俺ってヴィエルジュに従順だよなぁ。
「これがノーマルヴィエルジュ上目遣いです」
ヴィエルジュは上目遣いをしてくる。めちゃくちゃ可愛かった。
「う、うん。普通にかわいいね」
「フーラ。それは鏡を見た自分をかわいいと言ってるも同義だぞ」
「や、やや、確かに私達双子だけど、実は二卵性双生児だから。一卵性双生児とは超えられない壁があるから!!」
この双子、二卵性だったんだ。てか、なに、その双子カースト。そんなもんが存在すんの?
また二人の豆知識が増えた中、ヴィエルジュは気にせずに続けた。
「次に、『必殺、沼らせビーム』です」
ヴィエルジュは上目遣いをしてくる。可愛かった。
「どうです? ご主人様。どちらのヴィエルジュがお好みですか?」
「指南書前のヴィエルジュ一択」
「ふんっ!!」
答えた瞬間、指南書を凍らせて粉々にした。
「所詮は机上の空論。現実は奇なりということでしょう」
図書館の本を勝手に粉々にしたけど良いのかね。最近、破天荒だよヴィエルジュさん。
「それにしても、こんだけ本があるのに、ウルティムに関しての本がなにも見つからないってのはどうなんだ?」
一応、大方探してはみたものの、なに一つとして手がかりはなかった。
「相当古い情報なのでしょうか」
「まぁ、今まで誰も知らなかったくらいだもん。そう簡単には見つからないよね……」
はぁ……わかっていたけど、こりゃ骨が折れるな。
♢
絵本を戻しに図書館の棚に戻しに来た時だ。
「あら、リオンくん」
聞き覚えのあるお姉さんボイスに振り向くと、そこには二年二組のリブラ・タンカーヴィル先生が、いつも通りに首元にマフラーを巻いて立っていた。
「こんにちは、リブラ先生」
「珍しいわね。リオンくんが図書館にいるなんて」
「はい。ウルティムのことを調べようと思いまして」
リブラ先生も、ウルティムが大樹に剣が刺さって寝ていたことを知っている極一部の人間だ。事情を知っているため、躊躇なく現在している作業の内容を話した。
「あはは……ごめんなさいね。私達もあの子のことは調べたいんだけど、まだジュノーのことも調べきれてないのよ」
「いえいえ。先生達が忙しいのは知っていますので、無理をなさらず」
タスクが無限に増えていく事象……お気持ち察しますよ、リブラ先生……。
「そういえば、ジュノーのことはなにかわかったんですか?」
「……そうね。あまり公には言えないけど、リオンくんはガッツリ関係者だもんね」
「ガッツリですねぇ」
処女中毒者と対峙したのは俺だし……今でも鳥肌が立っちまうな、あいつの発言……。
「って、勿体振ったけど、そこまでなにか掴めたわけじゃないわ。なにか怪しい組織に属していたってことくらいかしらね」
「組織的に動いていた、と」
あいつ、『僕達は魔人化について研究している』とか言っていたもんな。
「じゃあ、エウロパも組織の一員ってことですか?」
「ええ。間違いないわ」
「バンベルガさんも?」
「彼は……わからないわね。ジュノー達を調査する中で、名前は上がっていない。でも、形は違えどジュノーと同じように魔人化する物を持っていたのよね? エウロパが作ったものに近いだろうから、同じ組織に属していた可能性はあると思うわ」
「そうですよね……」
バンベルガさんなんかは単独行動っぽい感じがしたけど、魔人化するクッキーを持っていたわけだから、やっぱり組織に属していたと思われるもんな。
「バンベルガさんが単独ではなく、組織的に動いていたのなら、その組織はウルティムのことも知っているってことですよね」
「そうね。むしろ、その組織が彼に教えた可能性もある」
「だったら、ウルティム復活を聞きつけ、また学園に狂った奴が来るってことですよね……」
嫌だなぁと思っているところに、ポンっとリブラ先生が俺の肩に手を置いてくる。
「でも、私達にはつよーい騎士様がいるから安心ね。英雄リオンくん♪」
「知ってますか? 俺はヘイヴン家のスネかじりなんですよ。だからいざって時はリブラ先生のスネをかじります」
「物理的に?」
「良いんですか?」
「私のスネはお高く付くわよ」
そう言いながら脚を強調してくる。
二重の意味でお高く付きそうだな。
「すみません。やっぱり遠慮しておきます」
「そっ」
大人の余裕な笑みを見して、リブラ先生は手にいっぱいの本を持って去って行った。
♢
今まで対峙した厄介事が組織的に動いているのなら、ウルティムはもちろん、フーラもまた狙われる可能性を考えた方が良いよな。王族の血は強靭な魔人の力を操れる……だったらヴィエルジュも……。
「リオンくーん」
席に戻ると、フーラがトタトタとこちらに駆け寄って来る。
「こらこら。図書館で走るなよ」
「あははー。ごめんねー」
そうやって謝ったあとに、上目遣いで見て来る。
美少女の上目遣いは俺に効く。
「な、なんだよ、急に……」
効果抜群なもんだから、やたらめったら焦った声が出てしまった。
「どう? 『必殺、沼らせビーム』」
なるほど。さっきのヴィエルジュが粉々にした本のやつを試してんのか。
正直、めっちゃ癖にささったわ。
そんなフーラがまた狙われているかもしれないって考えると、黙ってはいられないよな。
「なにがあっても守ってやるさ」
「おっと。以外にも高評価♡ ヴィエルジュー、私の方が評価高かったぞー!!」
「あ、ちょ……」
そういう意味で言ったんじゃないけど……。訂正の言葉を放つ前にフーラはヴィエルジュに勝ち誇った顔をしていた。
「ま、いいか」
さっきの上目遣いが高評価なのに違いはないし。
しかし、フーラの上目遣いのレベルはわかったが、ウルティムのことはなんにもわかんなかったな。




