1、お母さんのゆびわ
七歳くらいの子が読める程度の漢字を使っております。
ちとせちゃんは、お母さんにあこがれています。お母さんはとてもきれいで、毎日、おしごとにもいっしょうけんめい。でも、いつもちとせちゃんのことを、いちばんだいじにしてくれます。
「ちとせちゃんの、目も、耳も、ほっぺも、お口も、ほんとうにかわいい。ちとせちゃんと手をつないでいるとき、お母さんは、とてもしあわせ」
それから、お母さんは、いつもおはなししてくれます。お母さんは、ちとせちゃんがお母さんのおなかの中にいるときから、ちとせちゃんが元気に生まれてきて、すくすく大きくなって、いつでも元気で、しあわせでいるようにと、お父さんと二人で、毎日おいのりしているのよ、と。
「ちとせちゃんの手と足のゆびは、お父さんにそっくり。ちとせちゃんの目は、お母さんにそっくり。ちとせちゃんはお母さんと、お父さんの、きらきらのたからもの。いちばんだいじな、たからもの」
ある日、ちとせちゃんは、二かいのおへやから、お母さんのゆびわを、こっそりかりてしまいました。お母さんのものをみにつけてみたら、お母さんみたいにすてきになれるのではないかとおもったからです。
お母さんのゆびわは、お父さんが、お母さんにプロポーズするときにおくったゆびわで、きれいなみどり色のほう石がついていました。
「わぁ、とても、すてき!」
ゆびわをはめたちとせちゃんは、にっこり。ところが、とくいになったちとせちゃんは、二かいから下におりるとちゅう、足もとをよく見なかったので、かいだんから足をふみはずして、おちてしまったのです。
そしてそのときに、ゆびわをはめた手を、どこかにぶつけてしまったのです。
「いたた……」
ちとせちゃんは、ぶつけた手を見てびっくりしました。ゆびわについていた、みどり色のほう石が、われていたからです。
「どうしよう……」
みどり色のほう石のかけらをひろって、のりでくっつけてみましたが、元どおりにはなりません。
「ただいま」
お母さんが帰ってきました。そして、なきべそがおのちとせちゃんと、こわれたゆびわを見てびっくり。
「いったい、どうしたの?」
ちとせちゃんはなきながら、あやまりました。
「ごめんなさい、お母さんのゆびわをはめてみたら、お母さんみたいにすてきになれるかとおもったの。それで、こっそりかりてゆびにはめたあと、かいだんからおちて、手をぶつけたら、お母さんのゆびわがわれちゃったの」
お母さんは、小さくひめいをあげました。それから、なきだしそうなかおで、ちとせちゃんの小さな手を、そっとお母さんの大きな手の上にのせました。
「ちとせちゃん、いたいところはどこ?」
お母さんはちとせちゃんの目をのぞきこみ、ちとせちゃんの頭や、せなかを、すみずみまでゆっくりなでました。でも、ちとせちゃんは、頭やせなかはぶつけていませんでした。いたかったのは、しりもちをついたおしりと、ゆびわをはめていた手だけでした。
「おしりと手だけ。でも、もういたくないよ」
それをきいたお母さんは、ちとせちゃんを、ぎゅっとだきしめました。
「よかった。だいじなちとせちゃんが、大けがをしなくて、ほんとうによかった」
そういって、なんども、ちとせちゃんをなでて、だきしめました。
それから、お母さんとちとせちゃんは、これからは、ぜったいにだれかのものをかってにかりないこと、かいだんをのぼりおりするときは、よくよく気をつけることをやくそくしました。
それからしばらくして、ちとせちゃんの学校に、みんなのお父さんとお母さんがあつまって来る日がありました。
どの子のお母さんたちも、いつもよりおしゃれにしていました。りえちゃんのお母さんなんて、小さなダイヤモンドのネックレスをくびにかけ、ネックレスとおそろいのイヤリングを耳につけて、ダイヤモンドのゆびわもはめています。
ほかの子のお母さんたちも、ほう石のついたアクセサリーをつけていましたが、ちとせちゃんのお母さんは、何もほう石をみにつけていませんでした。
「ちとせちゃんのおうちは、お金がないのね」
りえちゃんが、いじわるくわらいました。
ちとせちゃんは、くやしくて、かなしくなりました。ちとせちゃんがお母さんのゆびわをかってにかりて、こわしてしまわなければ、お母さんは、わらわれずにすんだでしょうから。
だから、ちとせちゃんはきめました。りえちゃんのお母さんがつけているダイヤモンドよりも、ずっとすてきなほう石を、ちとせちゃんがお母さんにプレゼントするんだ、と。
ちとせちゃんは、学校から帰ると、ランドセルをおへやにおいて、おやつも食べずに、また外に出て行きました。
道を歩いていると、カラスがいました。カラスは光るものが好きですから、ちとせちゃんは、カラスに聞きました。
「カラスさん、近くに、ほう石があるところを知らない?」




