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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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プランB(準備)

「お前、今どこから現れた!」

MMは航行中の宇宙艇内に出現した川畑を怒鳴り付けた。

「オープンカーじゃねーんだぞ。エアロックも使わずに、ホイホイ乗り降りすんな!!」

「パイロットさん、すまん。追加でひとっ飛び頼む」

川畑はコパイロットシートに滑り込んだ。

「どんな最新軍事技術だか超常現象だか知らないが、気楽にあっちこっちテレポートできるなら、俺の船になんか乗らなくてもいいだろう!」

「時空間転移はこれで結構、制約が多いんだよ。あんたの船で行くのが一番早いんだ。頼むから、ごねずに飛んでくれ」

「追加料金は割り増しだぞ」

「大丈夫。銀河連邦宇宙軍はきっと太っ腹だ」

景気良く空手形を切った川畑の後ろで、「そうでもないぞ」と声がした。



「えっ」

振り替えると狭い船内でダーリングが身を屈めていた。

「何であんたが来てんだよ!」

「すいません。頼まれたので私が連れてきました」

帽子の男がダーリングの向こう側の隙間で頭を下げた。

「方法じゃなくて、理由を聞いてるんだ。乗り込み乗っ取り隊に艦長が参加っておかしいだろ!」

「おい、誰が"乗り込み乗っ取り隊"だって!?」

「パイロットさん、後で手順は説明する」

「やっぱり俺、頭数にはいってんのか」

MMは頭を抱えた。ダーリングはシートに座った二人を見下ろして、落ち着いた声ではっきりと言った。

「民間人二人に任せていい任務じゃない。現場での迅速な判断と必要な権限と最終的な責任の所在のために、私は来た」

川畑とMMは、揃ってダーリングを見上げた。

「……あんた、ジェームズ・タイベリアスか」

「誰だそれは?」

「なんだかんだ言ってすぐに船を留守にする船長」

ダーリングはムッとした様子で、コパイロットシートの背を掴んだ。

「私のファーストネームはアストラルだ」

銀河の英雄は想像以上にキラキラネームだった。

「えっ!?この人、オクシタニ星域のあの有名人?広報部の替え玉とかじゃなくて、本人?嘘だろ。スターネットのドラマ版の俳優より顔がいいってどういうことだよ」

「あれは……軍の広報には出演してくれって頼まれたんだが、女優達とのからみが多すぎるロマンスシナリオだったので断ったんだ」

人生にモテ期の記憶がない二人は、改めてこの地位も名声も実力もあるイケメンを見上げた。


「ま、いっか。本人が来たいって言ってるんだし。働いてもらおう」

「乗り込んで乗っ取るのって、例の戦艦なんだろ。やっぱ、軍のことは軍人さんじゃないと良くわからないしな」

「航路計算に座標いるか?」

「大丈夫。なんとこの船は現在、すでに例の戦艦に向かってる最中なんだな、これが」

「すげぇ、さすが銀河最速。仕事が早い。位置関係見せてくれ。いつ加速した?」

「お前らが消えてすぐだよ。目標は"みんなで無事に地球へ行こう"なんだろ?それなら、あの不安要素は先に様子見といて知らせてやったほうがいいと思ってな」

「おお……あんた、顧客の評価いいけど、儲けのでない商売してるだろ」

「うっさい、黙れ。感動したなら、金を出せ」

MMは黒いバイザーをおろして、前を向いた。


「もうしばらくしたら減速に入る。噴射光で気づかれたくないから、高速で接近してギリギリで急減速する予定なんだ。減速時は耐G姿勢をとれ。後ろの二人?はシートないから、なんか適当に物壊さないようなところで、後方の平らな壁に背中つけててくれ。20Gぐらい平気だよな?」

「待てこら、殺す気か。20Gってなんだ」

「健康なら、それくらい気合いでなんとかなるだろう」

「そんな派手に接近したら打ち落とされるぞ」

「あ、そっち?」

川畑がコパイロットシートで、フライトプランを確認しているのを覗き込みながら、ダーリングは廃棄船の近くに僚艦がいる可能性もあると指摘した。川畑は少し目を閉じて考えていたが、おもむろに提案した。

「減速はなしで、このまま慣性航行で接近してくれ」

「フライバイするのか?」

「いや、停止は俺がやる」

MMは嫌そうに身を引いた。

「俺の大事な船を、彗星核の汚れた雪だるまみたいにするなよ」

「大丈夫。そうだな。ちょうどいいから、俺達があっちに乗り込んでいる間は、この船は元彗星と同じところに置いておこうか。あそこなら安全だし」

「それ、地獄の一丁目とかじゃないよな?嫌だぞ、どこかわからないところで漂流しながら、帰ってくるかどうかわからないお前ら待ってるなんて」

川畑は楽しそうにそらぞらしく笑った。

「なに言ってるんだ。パイロットさんも一緒にあっちに乗り込むに決まってるだろ?艦橋乗っ取った後、誰が戦艦動かすんだよ」

「初見で戦艦操縦しろとか鬼か!」

「ダーリングさん、向こうの船って何かわかるか?」

「救難信号が出ているなら、そこに船の型式は入っているはずだ」

「あ、これか。おい、D。局でこの船の仕様調べてもらって、データくれ」

川畑は手帳を帽子の男に向かって投げた。帽子の男の手の前に黒い穴があき、手帳を吸い込むと、ノータイムで川畑の手元に手帳が落ちてきた。

「どうぞ。設計図とマニュアルの抜粋です」

「さんきゅ。はい、パイロットさん、操作手順とスペック」

ポケットサイズの小さな手帳を差し出されて、MMは切れた。

「そんなもんに書かれた仕様書読みながら戦艦動かせって、できるわけないだろ!!」

川畑は手帳を眺めながら一考した。

「それもそうか……仕方がない。視聴覚リンクするか」


帽子の男が悲鳴をあげて逃げた。

「私は二度とゴメンです!」

「お前はいいよ。やんなくて。そんなに怯えるな。こっちの二人が嫌がったらどうする」

MMはダーリングと顔を見合わせた。

「何をするって?」

「私もやるのか?」

川畑はコパイロットシートから立ち上がると、代わりにダーリングを座らせた。

「大丈夫。拡張現実みたいなもんだ。便利だぞ。最初はちょっと違和感があるらしいけど、すぐに慣れるから」

川畑は、MMのヘルメットを取って、座席の後ろから頭に手を乗せた。

「モルモットで実験済みだから安心していいぞ。怖くない。怖くない」

「めちゃくちゃ怖いわ!」

「はい、目を閉じて、力を抜いて」

「本当に必要な処置なのか、もう少し説明してくれないか?無理やりというのは……ううっ」

ダーリングの銀色の頭をわしづかんで、川畑は一気に力を流し込んだ。

「あきらめて、受け入れろ」




「はい、では情報の共有が手軽になったところで、乗り込み乗っ取り手順について簡単にプランをおさらいしておこう。……二人とも、ここの真ん中あたりの空中に戦艦の構造図が緑色で浮かんで見えてるか?それとテキスト表示エリアが知覚できてれば、問題ないから」

ダーリングとMMは、虚ろな表情で嫌々うなずいた。

「通常の視野とは別枠で、文字列が見える。目が4つになった気分だ」

「気持ち悪いなら、視野内の表示に変えるけど、マルチウィンドウの方が、視界が確保できて便利だぞ」

眉間にシワを寄せたダーリングの隣で、MMは自分のすぐ前を指差した。

「なぁ、俺の前に、羽の生えたちっこいのがいるんだけど、これ仕様?俺だけバグってる?」

「ああ、それはうちのアシスタントの妖精だ。カップ、この二人もお前の姿が見えるようにしたから、ご挨拶しなさい」

「こんにちは」

「……こんにちは」

MMは半笑いで挨拶を返した。

「高度に発達した拡張現実は、幻覚と区別がつかないってか?……俺、自分がまだ正気か自信が無くなってきた」

「フジョウリは、とりあえず、そういうものだとおもって、あきらめるとラクになるって、ますたーがいってたよ」

MMはがくりとうなだれた。




「そうだ。乗り込んだ後に向こうで声かけるための偽名(コールサイン)を決めておこう。万一、向こうの記録に実名が残ると後々厄介だろう」

「じゃぁ、ダーリングさんは"タイベリアス"で」

「船を留守にする船長か?じゃぁ、お前は"グレムリン"でいいな」

「濃いネーミングだなぁ。俺は"ジャック"とかでいいや」

「面白そうですね。私のことは……」

「お前は身バレもへったくれもないからいいよ、D。カメラにも映らないんだろう?」

帽子の男はしょんぼりした。

「俺達は、顔はヘルメット被ってればバイザーで見えないよな」

MMは黒いヘルメットをかぶり直した。

「そうだな。乗り込み先が与圧されている保証はないし」

ダーリングも持ってきたヘルメットを被って、準戦闘服の艦内制服の襟元を留めながら、ふと川畑を見た。

「お前は気密服、持ってきてないのか」

川畑は、トレーニングウェアの上着をノリコに渡したので、上はインナーのみで、下は薄手のジョガーパンツという軽装のままだった。

「考えてなかった」

「ますたー、ドレスコードまもらないと、ブトウカイはさんかできないよ」

カップに叱られて、川畑は頭をかいた。

「あー、そうだな。武闘しに行くようなもんだから、これでいっか」

どこからともなく取り出した手袋をはめると、川畑は両手をグッと握りしめた。

「着装!」

手袋から黒いエフェクトが出て、川畑の全身を覆った。今回はアンダーウェアだけのほうが動きやすそうだと判断して、川畑が外部装甲の出現シーケンスをキャンセルしたために、変身はそこで終了した。頭部は卵のようにつるんとした白い内殻で覆われ、首から下は真っ黒……というその姿は、控えめに言って悪霊だった。


「どうしよう。"ついに正体を顕したな"って言って、倒した方がいい類いの何かにすごく見える」

「私もこいつに命運を預けて大丈夫か、自信がなくなってきた」

「ひどい言われようだな。お互いの顔だけは見えるようにしておこうか?」

彼がそういうと、お互いヘルメットのバイザーが透けて見えているように視覚が補整された。

MMとダーリングは、このえたいの知れない何かに頭をいじられて幻覚が見えている現実に、猛烈な不安を感じたが、この際、あきらめて先に進むしかなかった。

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