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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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酒とクラゲと男と女

自分の部屋に帰って来たミラは、客室の明かりをつけた。

"お客様へのお詫び"と"緊急時の対処方法"の自動メッセージが流れるのを無視して、バスルームに直行して湯を張り始める。多少は復旧したらしく、通常よりは弱いが遠心力による重力が戻ってきていた。

リビングに戻ったミラは、ソファーに疲れた身を横たえ、小さく息をついた。ふと、自分がまだ好みじゃない水着を着たままだったのに気付いて、ミラはクロゼットルームの扉を開けた。水着を脱ぎ捨て、荒れたクロゼットの中を探ってナイトガウンを羽織る。室内履きはヒールの高い真っ赤なものを選んだ。

赤毛をかきあげながら、ミラはクロゼットルームを出て、バーカウンターに向かい、ベッドルームに向かって声をかけた。

「ねぇ、出ていらっしゃいな。再会を祝して一杯いかが?」

ベッドルームの扉が開いた。


「驚いた。君とまた会えて嬉しいよ」

栗色の髪の男は、脱いだ上着を片手に持ったラフな格好だった。

「私もよ。またあなたの優しい声が聞けて幸せ」

ミラはグラスを2つ用意した。片手に2つのグラス、もう片手にボトルを持って、ミラは艶然と微笑みながら男に歩み寄った。

「どうぞ」

男にグラスを渡すと、ミラはボトルを揺らしながら、中で揺れるお酒を見て目を細めた。

「ねぇ、どうしてこの部屋にいたの?」

「笑わないで聞いてほしいんだが……」

男は渡されたグラスを差し出しながら、苦笑した。

「ここにいれば、また君に会えるんじゃないかと期待したんだ」

ミラはボトルを揺らすのを止めた。

「そう……」

男はミラに一歩近づいて、ささやいた。

「君を待ちながら、君の無事を祈っていた」

「では、この再会はあなたの願いが起こした奇跡ね」

ミラは2つのグラスに酒を注いだ。

「奇跡的な再会に」

ミラは、顔の高さにグラスを掲げた。


男が軽くグラスを当てて乾杯しようとした時、ミラは自分のグラスを強くぶつけて、相手のグラスの分まで中身を男の顔にぶちまけた。

咄嗟に顔を背けて避けた男に、逆さに持ちかえた酒瓶を、おもいっきり振り下ろす。頭を狙った酒瓶は上着を抱えていた方の手に防がれて割れた。ミラは間髪入れず、ガードが空いた男の鳩尾を蹴り飛ばした。


「あー、すっきり・し・た」

ミラは長い髪を払って、畳み掛けるように回し蹴りを叩き込んだ。

「こんのアマ……」

「いい顔。私、あなたが嘘をつくときの優しい声が好きだけど、その本音の顔も嫌いじゃないわ」

男は酒瓶の破片のついた上着を、ミラに投げつけた。ミラは手元に残った方の割れた瓶で、そいつを払いのけながら飛び退いた。


男は上着の下に隠し持っていた銃をミラに向けた。

「いつから気付いていた」

「男が嘘をつくときの声音ぐらいわかるわよ、私、耳はいいの」

「それなのに何の警戒もせず、いいように利用された挙げ句、ノコノコ一人で帰って来たのか。バカな女だ。どんな幸運で助かったのかは知らないが、その運もこれまでだな」

「どうかしら?」

ミラは銃口を見つめながら、ジリジリと後ずさった。リビングの奥の壁一面に投影されたクラゲの映像が、ゆっくりと形を変えながら青白くたゆたった。バスタブに湯を張る音がくぐもって響いている。


ミラはふっと笑った。

「あなたにもう一度会いたかったの」

男は口の端で笑った。

「俺に惚れたか……だとしたら、残念だな。俺はお前みたいな女、だいっ嫌いだ」

「フフン、虚飾を外した自分自身を晒したかったのは、あなただったというわけね」

「うるさい!そんな目で俺を見るな、死ね!!」

銃声が響き、クラゲの映像が粉々に砕け散った。


青白い細片がゆっくり落下する向こうから、真っ直ぐ銃を構えたエザキ捜査官は、冷静にもう2、3発、犯人の腕と脚を撃った。


ミラは男の手から落ちた銃を、遠くに蹴り飛ばした。

「ホント、騙した女の部屋にノコノコやって来るバカで助かったわ」

「危ないから離れてろ」

エザキは、バスタブの端を乗り越えて、リビングのカーペットを濡らした。

「土足でバスタブに入ったの?お湯はり直さなくちゃ」

「本当に風呂に入るつもりだったのか。どのみち破片だらけで入れねーよ」

犯人を手早く拘束し、血止めの応急手当てだけしながら、エザキはミラを見て顔をしかめた。

「酷いカッコだな。今のうちに服を着てこい」

ナイトガウンを羽織っただけのミラは、鼻で笑った。

「どうせバスルームの壁越しにこっち見て、鼻の下伸ばしてたんでしょ。介入遅かったわよ」

「湯気と水音で状況がわかりずらかったんだ」


エザキは、周辺通路の監視映像とミラの供述から、手負いの男がミラの部屋に隠れたと推定した。空調センサーで男がベッドルームにいることを特定できたので、踏み込もうとしたのだが、ミラが先に一度相手と話がしたいと言い張るので、しぶしぶ同行を許した。ミラと一緒に部屋に入り、バスルームに隠れて、半透過式にセットした壁越しに様子をみていたのだが、ミラが大立ち回りを始めてしまい、しばらく困惑していたのだった。


「でも、いいタイミングだったわ。ちょっとカッコよかったわよ」

「そりゃどうも」

「私もこいつを1度おもいっきりぶん殴れて、すっきりしたしね」

「……その後、蹴りまくってなかったか?」

エザキは犯人を床にテープで固定しながら、半目でミラを見上げた。

ミラは真っ赤なハイヒールを履いたすらりとした脚を高く上げた。

「ちょっとしたおまけみたいなものよ」

エザキは仏頂面のまま、目を逸らせた。

「もう撤収するぞ」

ぶっきらぼうな命令をよそに、ミラは履きものの踵を摘まんだ。

「いやぁね。ヒールが折れてるわ。お気に入りだったのに」

ミラは脱いだハイヒールを部屋の向こう側に放り投げると、エザキに手を差し出した。

「何だ?」

「抱き上げて」

「はぁ?」

「床が破片だらけで足を怪我しちゃうわ」

エザキは立ち上がると、しぶしぶミラを抱き上げた。ミラは獲物を捕まえた猫のような顔で、エザキの首に両腕を回した。これまでの不調が嘘のように感覚が冴えて、男の鼓動はもちろん、血のたぎる音まで聞こえそうだった。

「いい感じ。このまま連れてって」

「どこへ?」

小首を傾げたミラは、エザキの耳元に口を寄せた。

「あなたの部屋なんてどう?」


そういうことになった。

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― 新着の感想 ―
こちらまで拝読。 いろいろ大変なブルーロータスですが、張り巡らされた罠や危機の複雑さに対して川畑君の対応が簡潔でいい! 帽子の男に悩まされる艦長に同情です。 「銀河辺境シリーズ」って縁がなかったんです…
テロリストくそザマァーw
[良い点] ミラさんかっけーですね! 強い女大好きです。すっきり。 [一言] よしエザキさん、ちょっと私とそこ代わろうか。
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