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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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3つの願い

「断る」

MMは、きっぱり言った。

「今の依頼は仕事の掛け持ち禁止って言われてるんだ。別件で船は出さない」

「意外ときっちりしてんだな」

「個人営業は信頼が命だからな」

川畑は癖字の殴り書きがされたシートを取り出した。

「ほれ、エザキのおっさんの許可はとってきた。船を出してくれ。3つほどやってもらいたいことがあるんだ」

「なんだこれ?ほとんど暗号解読じゃねーか。契約書として効力あるのか?」

「手書きは久しぶりだってぼやいてた」

MMはうさんくさそうにシートをポケットにしまうと、川畑を自分の高速艇に案内した。




ブルーロータスは現在、ジャンプドライブシステムの影響で高次空間通信ができなくなっていた。

「だから、この船でブルーロータスのジャンプドライブシステムの影響範囲外まで出て、ブルーロータスからの通信伝文を高次空間通信で発信するんだ」

「データの送受信効率も伝文フォーマットも違うから面倒だぞ」

「そこは技術士官さんがブルーロータスで調整してくれたから、こっちは指定された通り、右から左に投げればいいってさ」


MMはパイロットシートで機器を立ち上げながら、川畑にパイロットスーツ(つなぎ)を着るように指示した。

「え?まさかこのエイリアンの干物みたいに干してある奴か?なんか異臭がするぞ」

「気になるなら消臭剤ふっとけ。ちゃんと裏返して干したからカビてはいないはずだ」

川畑は、ちゃんと洗ったのがいつだかわからない異臭元を嫌そうに摘まんだ。

「手袋まで全部裏返してあるのか。マンシェン駆動系でも使ったのかよ」

「古いネタだなぁ、お前、銀河辺境育ちか」

「うーん。サイズが小さいから無理だ、これ」

「でけぇ図体しやがって。この船にあるのはそれワンサイズだ。仕方ねぇ、そのままここ座れ」

「とにかく狭いな。なんだこの船」

「うっせぇ。無駄は何もかも切り詰めて全部機関部に回してんだよ。安全規定のせいで2つめのシートがあったのをありがたく思え」

川畑がぼやきながらコパイロットシートに体を詰め込んだのを確認して、MMは彼の高速艇"タイムフライズ"号を発進させた。




「通信可能圏に出るぞ」

「ブルーロータス、こちらタイムフライズ、通信開始します」

川畑は通常通信で一報入れてから、事前に持ち込んだ伝文データを高次空間通信で送信した。

「おい、そっちであんまり勝手にいじるなよ」

「わかってる。さっき教わった通信関連しか触ってない。みたところ正常に送れてるようだ」

「依頼は全部で3件だったな。2つめはなんだ」

川畑はポケットから手帳を取り出した。

「この軌道の漂流物まで飛んでくれ。急いで」

MMは、川畑が開いて渡した手帳に書かれた軌道の値を見て、一瞬眉を寄せた。彼がすぐに何かを打ち込むと手元の小さな画面に、長楕円の弧と直線の交差する図が表示された。

「ひでえ厄ネタだ。時間ねぇじゃねーか。どうすんだ、これ」

「話が早くて助かるなぁ」

川畑は、このチャラいパイロットのあんちゃんを、ちょっと見直した。


見ての通りの衝突コースだと、川畑は状況を簡単に説明した。

「ブルーロータスは避けられないから、こっちをどかす」

「どかすって……物はなんだ?」

「彗星の割れた核と密輸船の残骸とその積み荷」

「どうしろってんだよ!?俺の船は速く飛ぶ以外なにもできんぞ」

「それができればいい。とにかく俺をこの予想衝突対象のところにまで、できるだけ早く連れていってくれ」

「予想衝突地点じゃなくて、このままだと当たりそうな奴にランデブーして並走すればいいんだな」

「そうだ」

「必要経費は?」

「全額保証」

MMはヘルメットのバイザーを下ろして、高速で航路を入力した。

「あんた、名前なんだっけ?」

川畑は一拍考えてから答えた。

「ロイ・ハーゲンだ」

MMは加速を実行する前に一応確認した。

「ロイ。あんた、耐Gスーツなしで何Gまで失神しない?」

「抗G試験は受けたことがない」

「じゃあ、名前呼んだら起きろよ」

MMは、顧客のリクエスト通り、最速で目的地に到着した。




「ロイ、起きろー……って起きてるのか!凄いな。あんた実はシリコン系か?」

「天にまします重力定数様、保身のために背いた私をお許しください……ったく。ここの物理法則が大概の式に理力のご都合変数が入っているスペオペ仕様じゃなきゃ、失神程度じゃすまないダメージ喰らってたぞ」

「軽度の錯乱はみられるがバイタルはほぼ正常。んで、どうすんだ?"できるだけ早く"連れてきてやったんだから、時間無駄にすんな」

「それは道理だ」

MMの言葉に川畑はあっさりうなずいた。


「周辺の質量点の分布は表示できるか?」

「そんな上等の機能はないが、船外モニタの画像に漂流物のマーカー表示ぐらいは足せるぞ」

川畑はモニタの表示を見ながら、精霊魔法の要領で、自分の理力の影響範囲を薄く広く展開した。モニタの表示と自分の感覚で把握した情報を擦り合わせ、1点を指した。

「このマーカーのところにゆっくり寄せてくれ。できればこの星系の主星の対角から。こいつがおそらく最大質量だ」

MMは顔に似合わぬ繊細な操船で、言われた通りの位置に船を動かしてくれた。彗星の核だった岩塊は、割れたとはいえ、高速艇より大きかった。長径で倍、体積は10倍以上ありそうだ。

「モニタ右下の数値であと200寄せたら止めてくれ」

「了解」

川畑は、星々を隠す黒い岩塊と、高速艇の中間地点を転移先にして、周囲の小さな氷塊を1つ転移させた。

氷塊は転移後、一旦、全慣性をキャンセルされてから、周囲の最大質量点である黒い岩塊に垂直に落下した。

「よし。やはりあっちが落下先になるな」

川畑はシートに身を沈めて目を閉じた。ここからは自分の感覚を頼りに集中する必要がある。


川畑は、漂流物の軌道上に、移動方向に対して垂直な面に沿って、中規模の穴を複数出現させた。穴を通過した漂流物は、相対座標で岩塊上に定義された転移先に出現すると、次々と岩塊に落下した。

「なんだ!?何が起こっているんだ?」

慌てるMMには取り合わず、川畑はひたすら周辺の"掃除"にせいを出した。

個々の落下速度自体は微々たるものだったが、それでも多数の漂流物が同一方向から"落ちてきた"ことで、岩塊はややその軌道を変えていた。


ブルーロータスの衝突予定範囲を、安全マージン込みで掃除し終えた川畑は、椅子から身を起こした。

「なぁ、小惑星サイズの天体物が突然軌道を変えるのと、突然消失するの、どちらが物議を醸すと思う?」

MMは、ヘルメットの黒いバイザーで表情は見えなかったが、明らかに嫌そうな声で答えた。

「あんな不自然な雪だるまが発見されるよりは、きれいさっぱり消えた方がましだと思うぜ」

船外モニタには、片面だけに氷と密輸船の残骸が積み上がった岩塊が映っていた。

「あの直径なら行けるかなぁ」

川畑は雪山の雪を転移させたときのことを思い出しながら、岩塊全体を飲み込むサイズの穴をイメージした。

「イフタフ・ヤー・シムシム!」

船外モニタから岩塊は消え失せた。

MMは乾いた笑い声をあげた。




「まぁ、なんだ。実はブルーロータスはただの豪華客船じゃなくて、軍事機密級の最新テクノロジーの装置が搭載されていてだな……続き聞くか?」

「いや、いい。俺はそんなものに関わりたくない。俺は星から星を翔ぶただの自由な民間パイロットでいたいんだ」

首を降って拒否したMMに、川畑は3つめのお願いをした。


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