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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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魔人の解放

「ずいぶん外が騒がしいようですが、行かないんですか?」

椅子に座って目を閉じたままの川畑を、帽子の男は心配そうに眺めた。

『そのうち向こうから連絡してくる。それまでは状況確認に集中させろ』

「はいはい」

何度か低い振動が響いたが、川畑は動かなかった。


殺風景な小部屋のドアが開いた。

入ってきたのはダーリングだった。

艦長(・・)として貴殿への非礼を詫びる」

川畑は顔をあげた。

「協力を要請したい」

「悪魔に魂を売りに来たみたいな顔してるぞ」

ダーリングは川畑を睨み付けた。

「お前が何者でもかまわんから力を貸してくれ。詮索はせん。非常事態だ」

「没収した俺の私物を返してくれ」

「わかった。行き掛けに出してやる。ついてこい」


川畑はダーリングに続いて部屋を出た。ダーリングは2つ隣の小部屋で棚から川畑の手帳や個人端末を取り出した。

「服もか?」

「まずこれだけあればいい」

川畑はイヤーカフを付けながら、手帳を軽く確認した。

「マナー集は必要ないぞ」

「そうだな。おい、D。姿を見せろ」

「はいはい。もう明かしちゃうんですか」

姿を現した帽子の男を見て、ダーリングはぎょっとした顔で固まった。

「こいつを局の奴に渡して、回答もらってくれ」

「いいですよ。ここに入れてください」

帽子の男は手帳サイズの小さな穴を、川畑の前に用意した。川畑が真っ黒い平面の穴に、手帳を放り込むのをダーリングは黙って見ていた。

「はい、回答」

消えたのとほぼ同じ位置から出現した手帳を川畑は受け止めた。

川畑は手帳をポケットにしまいながら、記入された局からの情報を、翻訳さんに読み出してもらった。補助的な視界に表示された内容を確認しつつ、ダーリングの方を向く。

「待たせた。行こうか」

「詮索はしないと言ったが、これは酷い」

「理解しづらいなら、このイヤーカフが発生させてるホログラムだとでも思って納得してくれ。でも、この程度で揺らぐ常識は、早めに捨てといた方がいいぞ。あんたの魂はもうこの悪魔の買い物リストに入っているらしいから」

「私を悪魔呼ばわりは止めてください。局の人事部が悪魔なのには同意しますが」

ダーリングは緊張した面持ちで、川畑を見た。

「これを今、ここで私に見せたということは、お前の事情の秘匿を手伝えと言うことだな」

「話が早くて助かる。公にしづらい手を使って協力するから、事後のつじつま合わせと尻拭いは任せた」

ダーリングは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「とんだ魔人を壺から出したものだ」

「おとぎ話のジンみたいになんでもできる訳じゃない。機械はハードウェアもソフトウェアもさっぱりわからん。社会的信用度も身分もゼロ。やれるのは小規模な物質転送(テレポート)と認識できる範囲のフォース制御ぐらいだ」

ダーリングは息を飲んだ。

「ルルドの導師(メンター)か」

「そんなものになった覚えはないけど、それで理解できるならそういうことにしておく」


川畑はダーリングの正面に立った。

「俺に何ができるかは教えた。あんたの願いはなんだ。あんたの生存とこの船の地球到着はそこに浮いてるデクノボウからすでに依頼されている」

ダーリングは紺碧の目で、川畑を見返した。

「乗客、乗員の安全」

川畑は肩をすくめた。

「乗客と乗員全員の命の保証なんて荷が重すぎる。それは艦長が背負え。俺は俺の嫁は責任をもって助ける」

「では妨害する敵の排除を」

「殺し合いは勝手にやれ。……だが、あんたの優先順位は悪くないな。わかった。目標は"みんなで無事に地球へ行こう"だな」


川畑は個人端末をダーリングに渡した。

「この帽子被った奴はあんたと俺にしか認識できない。こいつに話しかけたいときは、その端末ででも通話しているふりをするといい。こいつはほとんど役に立たないが、いつでも俺のところにこれるから」

「私に聞こえるところで、"チャンネルDオープン"とでも言ってくれれば、以後のあなたの私への発言を周囲の人が認識しにくくしますよ」

「なんだお前、そんなことできるなら、俺との会話でもやれよ」

「めんどくさいからイヤです。この人は将来上司になるかもしれないからサービスしますけど」

「非常勤の扱いが酷い」

「詮索はせん。詮索はせんが、透けて見える事実に、突っ込みどころが多すぎる……」

ダーリングは眉間に皺を寄せた。


川畑は小部屋の扉を開けた。

「で、どこに行くって?」

「後部艦橋で、作戦立案をしよう」

「後部?」

「主艦橋は内通者との戦闘で神経ガスが充満したので、現在清掃中だ。軍艦としての特殊機能は後部艦橋の方が充実しているから、以後はそちらで指揮をとることにした」

帽子の男はダーリングの後ろを漂いながら、川畑にささやいた。

「なんだかんだ言って、この人の持ちネタも大概ひどいですよ」

「そういってやるな。最新鋭仮想巡洋艦を処女航海でぼろぼろにされたあげく、正体さらす羽目になった新進気鋭の若手艦長なんだぞ。いたわって差し上げろ」

「大変でしたねー」

ダーリングは低くうめいた。

「絞め殺されたくなかったら、無駄口を叩くな」

「あ、私、物理的接触は不可能なんで、絞め殺される心配はないです。どうぞお気遣いなく」

「お前って人のためにならない優しさと配慮に溢れてるよな」

「いやぁ、それほどでも」

「……ここが後部艦橋だ」

川畑と帽子の男は口を閉じ、ダーリングに続いて艦橋に入った。




「情報を擦り合わせよう」

ダーリングは、モニタ上に資料を表示した。

「最初の爆発は。20区の最内輪部。これに連動する形で、異常加速が行われ、20区のみが加速期形態となって孤立した。主機関の異常は検出、対策済みで、客室区画を繋ぐハブの損害も応急処置は完了。すぐに大破する恐れはなくなったが、加速は避けた方がいい。現在は20区を除いて遠心重力が回復。乗客への対応も進んでいる。20区へは救護班が向かっているが、状況は良くないようだ。犯人は20区の救命艇ハッチを念入りに破壊したらしい」

ダーリングはあちこち赤くなった船内図を指した。

「劇場の大道具搬入用ハッチに係留されていた小型艇も爆破された。その破片で特別客室専用の救命艇も破損したようだ。むしろこの配意を考えると、犯人は一般客立ち入り禁止の特別客室区画の救命艇を破壊する目的でこの小型艇を爆破したと思われる。特別客室の船客が救出できたのは幸運だった」


ダーリングは川畑を見た。

「ここまでで、何か補足か質問は?03区で君はなぜ襲われた」

「犯人はあそこにも爆発物を仕掛けていた。20区と反対側の03区を同時に爆破することでハブを破壊するつもりだったか、メインシャフトと客室区画を繋ぐエレベーターを切って復旧を遅らせるつもりだったんだろう。位置がエレベーターシャフトの真裏だ」

ダーリングは船内図をにらんだ。

「だとすれば、私はその時点で死んでいたな」

「艦長が03区に向かったのはブリッジの全員が知っていました。艦長自身を狙ったとも考えられます。艦長が亡くなられていたら、混乱は収束するどころではなかったでしょう」

ブリーフィングの席にいた真面目そうな青いシャツのクルーが顔をしかめた。


「内通者がいたんだって?そっちから犯行声明とか仲間の情報とか出たのか?」

「身柄を確保はしたが重傷で事情聴取ができる状態ではない。イレギュラーな加速は彼によるものだとわかっている」

「主犯の男は?エザキのおっさんと揉めた奴。小型艇で逃走したと聞いたけど」

「君やエザキ君の作業艇と同時に離脱した小型艇はその後本艦の後方で爆散したのを観測している」

「爆散?よくこのごたついてる最中に観測できたな」

川畑の呟きに、青いシャツのクルーが不機嫌そうに説明した。

「本艦の観測機器はフォースジェネレータと連動した最新鋭だ。本来なら1光時先のステルス機でも見付ける」

「本来なら?」

「4日ほど前からノイズがひどい。専門の観測技師が()をあげて、簡易の自動光学表示のみになっている。それでも小型艇の爆発ぐらいは観測できる。重金属を積載したらしく目立つ破片が広範囲にばらまかれたからな」

「重金属の破片……」

川畑は眉根を寄せた。

「我々は、この小型艇は気をそらせるための目眩ましで、主犯の男はまだこの船にいると考えている。今、エザキ君が艦内モニタの映像を解析して捜査中だ。それについては彼に任せる」

ダーリングの判断に、川畑はうなずいた。

「了解した。0528号室の男の件はそちらに任せる。では、俺が呼ばれた理由は航路上の障害物の件だな。衝突する前にジャンプはできそうなのか?もう試算はしたんだろ?」

ブリーフィングの席上にいた全員が唖然として川畑を見つめた。

ダーリングが代表して、答えを聞きたくない質問をした。

「衝突コースにある障害物があるのか?」




川畑を疑い、ざわめく部下をダーリングは黙らせた。

「彼の情報源に論理的整合性がなくても、今は疑うな。時間の無駄だ。我々の好奇心が満たされようが満たされまいが、本艦の危機の解決の役にはたたん。艦長として彼の情報は正しいと仮定して行動することを命じる」

川畑はひどい顔をした面々に一礼した。

「障害物はもともと彗星の核だ。遠日点に近いので、尾は引いてないが、恒星系の天体として軌道はこの番号で登録されている」

川畑がモニタに出した数字を、クルーが検証した。

「確かにその彗星はあるが、ギリギリ衝突コースにはない」

「民間機の事故で軌道が変わったんだ。割れた氷片と金属核、衝突事故を起こした民間機及びその積み荷の破片がこの軌道で突っ込んでくる」

「ドンピシャだ。測ったみたいに衝突しやがる……」

青いシャツのクルーがうめいた。

「図ったんだろう。密輸業者の違法侵入扱いで処理されたらしいが、明らかにこっちと連携してる。事故を起こした民間機の積み荷も重金属だ」

川畑のありがたくない追加情報にクルー達の目がギラついた。彼らは必死に打開策を検討した。

「主機は落としている。異常加速の原因の総点検をしてからでないと、進路変更のための加速はできん」

「そもそも、客室区画が加速に耐えられない。客室区画のハブ付近の爆破は、進路変更をさせないためか!」

「姿勢制御用のスラスターだけで減速はできないか?正面衝突じゃないんだ。少しでも減速できれば回避できる可能性が高い」

「ダメだ。減速すると爆散した小型艇の破片に追い付かれる。あの小型艇は多少減速しただけだから、本艦の軌道にぴったりついてきている」

「小型艇だけじゃない。最初の爆発時の破片は、その後の加速で置いてきただけだから、減速の程度にもよるが、追い付かれれば損害が出る」

「衝突予定時刻は?」

「0243。ジャンプシーケンス再起動、間に合いません」

「安全チェックを何段階か省略したら短縮できないか?」

「そもそもシーケンス中断をかなりイレギュラーな手順でやっている最中ですから、リスクが高すぎます。いまだに高次空間通信も回復してないんですよ」

「主機の制御がハッキングされていたんだ。ジャンプ制御機構もいじられている可能性がある。安全チェック省略は危険すぎる」

「姿勢制御スラスターでの加速は?彗星片より早く軌道交差地点を通りすぎることはできないか?」

「彗星の破片群の予想分布と軌道がこうなってる。現状は斜めに交差する分布中央より後ろと当たるが、多少の加速では分布先頭に当たるだけになる。先頭を1G以下の加速では越せない」

「くそっ、ホントにそんなくそみたいな軌道なのかよ!」

ダーリングは、観測技師に声をかけた。

高次空間構造(ハイパー)音響変換装置(ソナー)の調子はどうだ?観測できるか」

「相変わらず雑音がひどいです。ハイパーソナーによる詳細観測は無理です。ただし光学探査で観測できました。細かい分布はわかりませんが確かに言われた軌道に質量点が複数あるようです」

「くそったれ。マジかよ」


消沈したクルーの1人が顔をあげた。

「しょせん割れた彗星核程度なんだろう?撃っちまえばなんとかできないか?」

「バカ!非戦闘宙域での発砲は条約違反だ」

「緊急事態で人命尊重ってことなら情状酌量あるだろ」

「……ダメだ」

ダーリングは奥歯を噛み締めた。


川畑はいぶかしげにダーリングを見た。

「そんなに条約ってのは厳しいのか?」

「お前にはまだ話していなかったが、もともと非常事態だと言った案件が関わってくる。1光日以内に所属不明の戦闘艦が観測された。状況からして十中八九、和平反対派の敵性艦だろう。発砲して相手に当たった場合、和平会談どころか最悪、開戦もあり得る。……やっとこぎ着けた停戦だ。我々が全滅してでも開戦だけは避けねばならん」

川畑はダーリングの整った顔を眺めた。熱意に燃える目の、紺碧の光彩にはわずかに金色の星が光っている。なるほど、これが英雄という奴か、と川畑は思った。

部屋で観たダイジェスト版の歴史ドキュメントですら、オクシタニ星系の戦乱は泥沼というのがふさわしい悲劇だった。それをかろうじて停戦といえるところにまで持ち込めるキッカケを作ったのがこの男らしい。対戦ゲームで戦術でも戦略でも川畑をコテンパンに負かしたウサギ先生も、この男の功績を高く評価していた。


川畑は、銀河の英雄の悲壮な決意に敬意を表して……鼻で笑ってやることにした。

「全滅はごめん被る。目標は"みんなで無事に地球へ行こう"だって約束したろ?」

川畑は微かに口角を上げた。

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敵側の仕込みが秀逸で感心した。カッチカチ!
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