合流
大道具搬出口までの経路に、炎上している箇所はなかった。明かりの消えた通路は、水7空気3といった感じで、ヘッドセットの小さなライトで照らしながら進むのは、なかなか大変だった。
「あったわ!ここよ」
ようやく大きな部屋にたどり着いたとき、ミラは歓声をあげた。
しかし、部屋の中を見た一同はすぐに落胆した。
「うわ、なんだこりゃ……」
そこには爆破された痕跡があり、コンテナの搬出ハッチがあるはずの壁面には緊急用のシャッターが降りていた。部屋に残っていたコンテナの1つはひしゃげ、もう1つは形こそ無事なものの大きな擦過痕がいくつも入っていた。
「こりゃ、ここからの脱出は無理だな」
MMが失望のため息を漏らしたとき、彼の携帯していた通信端末が着信音を鳴らした。
「あれ?通常通信回線で着信?」
見ると彼の雇い主からの通信だった。
「"今、どこにいる!さっさと自分の船に戻れ!パイロットだろうが"」
「無茶言わないでくれ!こちとら区画が孤立して身動き取れないんだ。現在は、劇場と同階層の大道具搬出口付近に他の乗客3名と一緒にいるが、ハッチが爆破されていて外に出られない」
通信機の向こうでなにやら言い合う声が聞こえた。
「"のりこ、フラム、そこにいるか?"」
「川畑くん!」
通信機からの川畑の声にノリコは目を輝かせた。
「"俺達は船外作業艇で、のりこ達のいる場所のすぐ外にいる。その部屋にコンテナがあるな"」
「ええ、あるわ」
「"全員コンテナに入れ。作業艇のアームでここの隔壁を破って、コンテナごと運び出す。メインシャフトの小型艇格納庫まですぐ運ぶから"」
「ダメですよ、ロイさん!コンテナに傷があります。多分気密が保てません」
「それに外側からロックするコンテナだから1人は入れないわ」
「こちらはプール区画からの漏水で浸水している。外壁を破ると水が出てアームや船体が氷結するぞ」
「"……なんとかする。少し待ってくれ"」
通信機の向こうで、また言い合う声が聞こえた。
「"パイロットさん、室内の映像、コンテナの位置と寸法を教えてくれ。フラム、この後、フォース制御式送るから、パラメーター調整と演算の分担頼む"」
「えっ」
「何をする気だ!?」
返ってきた答えに一同は耳を疑った。
コンテナの開口部に水が流れ込んでいく。室内の水が整然と分けられていく光景を4人は呆然と眺めた。
「マジか」
「こんなのあり得ない。こんな短時間でこれほど精密なフォース制御を成立させるなんて……」
フラムは、自分が一部分だけ手伝った式がどう適用されているのか見分けようとしたが、まったくわからなかった。言われるままにデータを作り、その他の送られたデータと一緒に指定された先に転送したが、なにがどうすると、それでフォースジェネレータがここの部屋の水を制御してくれたのか、さっぱり理解ができなかった。外の作業艇にはロイと一緒に、あの熊のぬいぐるみのような技術者が乗っているという。彼がロイを通訳にして指示を出していたようだが、本職の天才の仕事の凄さとはこれほどかと、多少天狗になっていた己を恥ずかしく思った。
原理に興味のない女性陣のほうが、我に帰るのが早かった。
「とにかく、現にできてるんだから問題ないわ!早くコンテナに入りましょう」
「ミラさん、この布を体に巻いてください。露出をできるだけ減らした方がいいからって」
「ありがとう。あなたも一緒に被ろう。おいで」
ミラとノリコはフェイスシールドを下ろし、予備の暗幕を被ると、水で覆われたコンテナの開口部に飛び込んだ。
「ああ、待って」
フラムもあわてて後に続き、最後にMMがコンテナの開口部の扉を閉めようとしたところで、部屋に入ってきたものがいた。
「ああっ!本当に人がいた!お客様、大丈夫ですか?我々も避難中なんです。一緒に行動しましょう」
よれよれになったコンセルジュがMMを見て叫んだ。コンセルジュの後ろからは、その半分ほどの背丈の熊のぬいぐるみのような連中が6人ほどわらわらときた。
「あんたたち、それで全員か?後から来るものは?」
「わかりません。途中、他の方には会いませんでした。私達はこれで全員です」
「よし、コンテナに入れ……って、予備のヘッドセットが人数分はないぞ」
MMはトラブルが発生したことを作業艇に連絡した。
「もう一度、上まで取りにいってもいいが……」
「何か問題が?」
「コンテナ内に水が入っている。呼吸を確保するためにつけるヘッドセットが足りないんだ」
「では、まずはお客様に……」
そういいかけたコンセルジュの肘を、白い熊人が引っ張った。
"呼吸については問題ありません"
翻訳機らしきものを持ったもう一人がそう言った。
熊たちがコンテナに飛び込むと、熊達をくるむように空気の泡も一緒にコンテナに入り、コンテナから水が溢れた。
「どうなってんだ、ありゃ?……ああ、とにかくあんたはこれつけて、急いで入って」
MMはコンセルジュに予備のヘッドセットを被せてコンテナに押し込むと、コンテナの扉をできるだけ閉めながら、通信を送った。
「全員コンテナに入った。イレギュラーはあったが、水もおおむね予定通りの配置だ。始めてくれ」
シャッターが破壊される鋭い金属音が響き、部屋の空気が抜けることで、その音も止んだ。
レザベイユは作業艇の正面モニタから船外の様子を見ていた。ブルーロータスの劇場裏の搬出口前には、コックピットを爆破された小型のコンテナ搬送艇が引っ掛かっていた。破片が船体付近に残っていないということは、爆破は加速が終わる前に起こったのだろう。誰かがここから脱出しようとして、トラップにかかったのか、時限式かはわからないが、今、脱出しようとしている面々がもう少し早くここに来ていたら、巻き込まれていたはずだ。
レザベイユは船外作業服を来た男が、シャッターの隙間から、中に入っていくのを眺めた。
作業アームがシャッターの穴をこじ開けていくが、水はほとんど出て来ない。細かい氷片がわずかに出て来て、作業艇のライトに照らされてキラキラしている程度だ。どうやら本当に室内の水の制御に成功したらしい。
レザベイユはフラムとか言う子供の能力に感嘆し嫉妬した。ロイという男の提案でレザベイユが構築した制御式は、ほんの概略だった。それをフラムとやらは、実際にジェネレータで運用できる動的なモデルに完成させたらしい。それは、丸と棒で書いた落書きを、宇宙船の設計図にするようなものである。数日前に食堂で会ったときには、ちょっと賢いガキぐらいの印象だったが、実はレザベイユに勝るとも劣らぬ天才だったらしい。人間というのはわからないものだと、レザベイユは、アームの操作に四苦八苦している捜査官の頭をぺしぺし叩きながら、鼻を鳴らした。
コンテナの開口部が外側からロックされ、動かされる振動があった。
ほとんど水で満たされたコンテナ内でノリコは安堵のため息をついた。
「(この感じ、川畑くんだ)」
周囲の水を操り、彼女の体を支えている力が、川畑のものであることを、ノリコは直感で確信した。
通信でフラムに何か難しいことを頼んで、のりこの端末経由でのデータ転送を依頼してきたが「送信エラーになるけど気にしないで」とキャップ経由で言ってきたところをみると、手の込んだ"言い訳"だったらしい。どうやら、どさくさ紛れに魔法っぽいアレコレをバレないように使おうとしているようだ。
最後の最後で、やって来たかわいい熊さんたちのことで慌てていたキャップも一息つけたらしい。
『ますたー、きてくれたからもうあんしんだね』
この世界の普通の人では見えない黄色い妖精が、音のない声でノリコにささやいた。
『そうだね。でも、キャップがそばにいて、いつも川畑くんの言葉を伝えてくれてたから、私はずっと安心してたよ』
ノリコも妖精の言葉でささやき返した。理力の妖精はニッと笑った。
『ますたー、うるさかったもんね』
『ずーっと、心配してくれてたね』
『今はやっと、ノリコのちかくにこれてよろこんでるよ。ノリコだけつれてさっさとかえりたいってボヤいてる……よけいなこというなって、おこられた』
ノリコは、周りの人にバレないように気を付けながら、小さく笑った。




