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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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迷走

「あんにゃろー、逃がすもんか!」

小型艇内でエザキ捜査官は吠えた。

「おっさん、無茶すんな。係留索千切れたぞ」

「『あちこち警告灯がでてる』」

「じゃかましい!お前は黙ってアーム操作に集中しろ」

「こんな小さい船外作業艇で何する気だ」

「ぎりぎりまで寄せるから、作業アームであっちの船体ぶっ壊せ」

「届くわけねーだろ!てか、届くほど寄せるってのはぶつかると同義だ。地上車じゃねーんだぞ!」

「『この愚か者は何をしようとしてるんだ』」

ルルドのレザベイユは、パイロットシートの端にしがみついて、エザキの頭を毛の生えた手でぺしぺし叩いた。

「『このおっさんは、あの小型艇を捕まえたいらしい』」

コパイロットシートに詰め込まれた川畑が答えると、レザベイユは鼻を鳴らした。

「『追い付けるわけないだろ。あっちは金持ちの道楽クルーザーだ。スラスターの性能が違う』」

船体から離れたタイミングはそれほど変わりなかったはずなのに、もう1隻の小型艇は、みるみるうちに右舷後方に離れて行った。

「船脚が違う。この艇で追い付くのは無理だぞ、おっさん」

「ちぃっ!一度戻って専属のパイロットに高速艇を出させる。どのみちあれでジャンプはできねぇ。どこかで仲間に合流する手はずだろうが、その前に確保するぞ!」

エザキ捜査官は通信機らしき機器を取り出してパイロットを呼び出そうとした。

「なんだ?故障か?」

「『ジャンプシーケンス中は高次通信は使えないし、ブルーロータスの船殻は通常通信波を遮断する』」

「『船長はジャンプシーケンス中断の命令を出してたぞ』」

「『中断といっても、すぐにはできない。段階を踏んで停止するから、通信回線が使えるようになるまで時間がかかる』」

「おい!この熊公、何て言ってる?」

「ここから船内に通信はできないってさ」

「くそっ」

「どうする?このまま戻ると保安に捕まるぞ」

「くそったれの……、……めが!」

エザキ捜査官は、翻訳さんが訳してくれない悪態をいくつかついた。

「お前のせいだぞ。一体何をやらかした」

「俺は今回、本当に何もしてないぞ。保安と銃撃戦やったのはあんただろう」

「テロリストの仲間が妨害に来たんだと思ったんで、とっさに撃ったんだ。保安に追われるような真似をして突っ込んできたお前が悪い」

「あれはレザベイユが……」

「『おい、ブルーロータスから離れつつある。このままだとこの作業艇で漂流するぞ』」

1人冷静なレザベイユに指摘されて川畑は船の相対速度を確認した。

「揉めてる場合じゃない。まずは船に戻ろう。漂流はまずい」

エザキ捜査官は、あわてて操作画面を見ながら作業艇の姿勢を変更しようとした。

「ん?さっきはこれで動いたのに……」

「『警告灯がでてる』」

「おっさん、まさか素人か?」

「馬鹿にすんな。小型宇宙艇の操縦ぐらい無免許でもできる」

「無免許かよ!」

「あれ?変な回転が?」

「作業アーム伸展したから、重心が変わってんだよ。考慮してスラスター吹かせよ」

「ああ、アームを畳めばいいのか」

「止めろ!今、畳むと回転が……」

「うおっ」

「『警告灯が増えた』」

作業艇はくるくる回転しながら、ブルーロータスに急接近した。




作業艇がブルーロータスにぶつかる直前に、川畑は一か八かで、作業艇ごとの超短距離転移を実行した。

慣性をキャンセルされた作業艇は、最寄りの大質量体であるブルーロータスに対して相対速度0になった。

川畑は素早く作業アームを操作して船体を掴んだ。

「良かった。止まった」

「『バカと心中はごめん被る』」

アームが船体を掴んだのと、作業艇の回転が止まったのの順番が前後していることや、作業艇が静止した時の衝撃が小さすぎることは、どうやら気づかれなかったようなので、川畑は勢いで流すことにした。

「この位置からなら、このまま20区に行こう」

「20区?どこだ?」

「プールや劇場のある乗客区画だ。爆破の標的になって、現在、通路が遮断されて孤立してる。おっさんの専属パイロットってのが、劇場で一緒にいた男なら、そいつは今、20区にいる」

「なに?」

「劇場で、うちの嫁に色目を使ってにやけてた軽そうな男だろ」

エザキ捜査官は嫌そうな顔をした。




MMはかわいこちゃんに囲まれてはいたが、にやけている場合ではなかった。

「ここもダメか」

「他の区画にいく通路は全部閉まっているみたいですから、安全なところで救助を待ちましょう?」

「安全なところといっても、内輪部の低重力階層は、予想以上に破損がひどいし、本来の避難経路の最外縁部は火災と水でぐちゃぐちゃだ。救命艇にたどり着けるかどうかわからん」

「もう火は消えているんではないかしら」

「燃えてた溶剤がどんなものかによるが、普通の消火剤が効いていなかった。燃え尽きていればいいが、そうでなければ、加速が止まってる今は、劇場やホールは炎と水と瓦礫のシェイクだぜ」

ノリコとフラムは劇場の惨状を思い出してゾッとした。ミラは眉をひそめて何事か考えていたが、不意に「そうだ」と大声を上げた。

「大道具!大道具搬出口があるわ!」

「大道具って、劇場のか?」

ミラはうなずいた。

「舞台の裏手に大道具搬出のための専用ハッチがあって、そこに貨物区画から荷物を運ぶための小型艇が係留してあるの。貨物用の小艇だけど、この人数なら乗れるわ」

「スタッフの人なしで、宇宙艇の操縦なんて僕らでできるんですか?」

「任せろ!俺は本職だ」

MMは胸を張った。


「とは言うものの」

ミラの記憶によれば、大道具搬出口に行くには、浸水している箇所を通る必要がありそうだった。

「溜まってる水なら避けるなり潜るなりできるが、低重力で浮いてる水ってのは厄介だぞ」

「プールは楽しかったけど」

「あれは空調やら超音波やらなんやらで、ものすごい制御してたぞ。普通はあんな風にはならない。うっかり鼻と口に水が張り付いたらそのまま溺れるんだ」

ノリコは水鉄砲で遊んでいたときのことを思い出した。水がかかって鼻や口がふさがりかけることはあったが、確かに、すぐに細かい水滴になって散って、どこかに流されていた気がする。お陰であの時は、少し咳き込んだり、払ったりするだけでなんとかなっていたが、もしあの水が、細かく散らないまま、顔にくっついていたら簡単に溺れてしまうだろう。

「あ!フェイスシールドをつければいいのよ」

「そうか!あれがあれば大丈夫だ」

ノリコとフラムは顔を見合わせてうなずきあった。

「プールエリア自体は入れなかったけど、スタッフ用の備品保管室みたいなのはさっきあったよね」

「あそこで探してみよう」

理解が追い付いていないMMとミラに、ノリコ達はプールに潜って遊ぶためのフェイスシールド付きヘッドセットとエアボトルの説明をした。

「ついでにレンタルの水着があったら、着替えたほうがいいぞ。お嬢さんのドレスじゃ、水中を動くのは大変だ」

MMに言われてノリコは少し赤面した。さっきから低重力環境ですぐに浮き上がる裾を気にして、四苦八苦していたのだ。

「着替えるのは賛成だわ」

「いや、君はそのままでも……」

下着姿のミラは、廊下の手すりをつかむと、MMの向こうずねを思いっきり蹴飛ばした。




「みなさん、落ち着いて行動してください」

ベルチュールは、6人のルルド人使節団と共に船内をさ迷っていた。

最初の爆発があったとき、ベルチュールはたまたま彼らの部屋に呼ばれていたのだ。非常事態の発生にベルチュールは落ち着いてマニュアル通りに安全確認と避難誘導を始めたのだが、悪夢のように状況は八方塞がりだった。

"我々は大丈夫です。あなたにはもう少し安寧が必要です。必要な用件はありますか?翻訳機を使用してください"

使節団のリーダーに言われてはっとする。あわてて個人端末の翻訳機能を使おうとして、端末がないのに気がついた。2度目の爆発のときのゴタゴタで落としたらしい。

「ああっ、そんな。どうしよう」

使節団のリーダーは、自分の黒い湿った鼻先を軽く触ってから、ベルチュールの鼻の頭をとんとんたたいた。これは彼らが親しい間柄の相手を慰めて安心させるときの仕草だ。

「すみません。ありがとうございます」

ベルチュールは心から申し訳なく思った。


通信は途絶。通常の避難経路は遮断。特別客室専用の救命艇は破損という目も当てられない状況だった。救命艇に行こうとしたら、メンターと呼ばれている毛の白いルルド人のお客様が"止めたほうがいい"と言い出して、なんのことかと思ったら爆発が起きて、救命艇が使えなくなったのだ。もしもそのまま救命艇に乗っていたら、2度目の爆発で死んでいただろう。

ベルチュールは不安に潰されそうだった。

特別客室よりも外層の劇場やホールのある区画はさらにひどい状況らしく、最外層の一般救命艇まで安全にこの大切なお客様を案内するのは困難と思われた。

「(チーフとして全体のことも考えないといけないのだけれど、まずはこの目の前の使節団の皆さんを、なんとか安全なところにお連れせねば)」

ベルチュールは、血の気が引いた顔で、それでも職務に忠実な笑顔を浮かべた。そんなベルチュールの肩に、メンターが手を置いた。

「『私の友人が近くにいます』」

彼は不可解な発言が多く、ベルチュールを大いに悩ませてきたが、先日、対戦ゲームを紹介した一件でたいそう気にいっていただけたようで、かなり親しい仕草で話してくれるようになった。こうやって間近で話されると、翻訳機ではちんぷんかんぷんな彼の言葉も不思議に理解できる気がした。

「『会いに行きましょう、きっと助けてくれる』」

「はい」

彼の発言の根拠は全くわからなかったが、ベルチュールはメンターを信じることにした。


メンターはベルチュールの肩から手を離すとリーダーと何かの相談していた。リーダーは使節団の全員に声をかけてから、ベルチュールに向き直った。

"私達は私から見て右下の部屋に行きたいです。私から見てあちらの方向に、上下に移動できる通路があります。あなたは行き方を知っていますか?よろしければ、私達を連れていってください"

「あちらの方向?……はい。乗員用のエレベーターならあります。ご案内いたします」

ベルチュールは、片手を上げてうなずくと、使節団一行を連れて、指示された方角に向かった。


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