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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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自業自得

劇場の前まで、川畑はノリコとフラムを送った。

「楽しんでおいで。俺はジムに行ってくるけど、終わる頃に迎えに来るから」

「わかったわ。行ってらっしゃい、あなた」

頬に軽くキスを交わしてから、ノリコはフラムと連れだって劇場に入って行った。


『なれってすごいねー』

『"あなた"っていわれても、ますたー、ひっくりかえらなくなったものね』

『さいしょは、ひざがわらって、こしがくだけてたよね』

『うっさい。キャップ、お前はノリコについてろ。カップ、ジムに行くぞ』

『はーい』

川畑は、まだちょっと震える膝を無理やり動かして、大股にジムに向かった。




MMは雇い主と並んで劇場の座席に座って、むくれていた。

「何が悲しゅうてこんなとこに中年のおっさんと並んで座らなきゃならないんだ」

「招待チケットは2名分で、部屋には俺以外はお前しかいないんだから仕方がない。歌い手はお前好みそうな美人だからつべこべ言うな」

「へいへい」

MMは座席のモニタに公演案内を表示した。

「あ、プールで見かけたク・メールの姉ちゃんか。確かに俺好みの美人だけどなぁ。独演って地味じゃない?」

「ここが嫌なら、男の見張りにスポーツジムに行ってくれてもいいぞ」

「ジムなんてスポークの反対側じゃないですか。加速期間ならともかく、慣性航行中の今なんて、外周半周もしないと行けないのに、そんなところまでわざわざ行って、汗臭い男見てどうせいっちゅうんですか」

顔をしかめたMMに、隣の席に来た女性客が声をかけた。

「すみません。この番号はこちらの席であっていますか?」

それは亜麻色の髪の可憐な美少女で、連れのもう1人もかなり可愛い顔立ちだった。

「はい。そうですよ。どうぞどうぞ。いやぁ、公演楽しみですね」

MMはにこやかに応対した。




開演時間が近づくに連れて、ミラ・ロイズは胸がドキドキした。

いつものコンサートのようにパーフェクトに調整したわけではない会場での、ほとんどぶっつけ本番な公演だ。

「ミラ、大丈夫。君の歌声は素晴らしい。自信を持って歌えばいい」

「でも、いつもの私のスタイルじゃないわ。あんなバカみたいなシャンデリアが下がった会場で歌ったことないもの」

「スタッフに頼んで見せてもらったが、あれはあれでいいじゃないか。虚飾に満ちた劇場で、虚飾を外した君自身を晒してご覧。恥ずかしいかい?」

「ええ」

「今宵、この場だけの真実だ。たとえ失敗したって、通信遮断中だから講評が瞬時に拡散してチャートが崩れる心配もない。録画は劇場公式のみ。後からどうとでもできる。気にせず堂々とやれ」

ミラはこの公演のお膳立てをしてくれた男の手を握って額にあてた。

「ありがとう……あなたのお仕事のお役にはたてたのかしら?」

男は指を絡めるように組み直して、ミラを見つめた。

「ああ、目的の人物を招待することができたよ」

男はミラに深く口付けた。

「成功と祝福を」

「行ってらっしゃい」




「トレーナーさん。ちょっとこれは負荷高くないですか?」

「いやぁ、君は体格いいし、見た目以上に体力あるから大丈夫」

爽やかに言い切ってさらに負荷をキツくしたトレーナーは、スポーツジムのトレーナーというよりは、鬼軍曹という感じだった。

「君、何か武術やってるね。後で組手しようか」

「いや、ここスポーツジムですよね?」

「はっはっは。スポーツだよ。健康体操みたいなものさ。棒術はどうだ?」

川畑はトレーナーから、侍従長や師匠連中と同じ雰囲気を感じた。活きのいい若いのを見ると、まず叩きのめして、もし起き上がってきたら、しごき倒す人達だ。

「……ひょっとして、保安部か保安局の方?」

「いやいや。私は今日の君の個人トレーナーさ。ところで、罵詈雑言辞典って読んだことはあるかい?」

『あ、ますたー、このひと、いちばんおこってたひとだ』

『今、思い出した』

川畑はとりあえず愛想笑いしてみた。

「便利そうな実用書ですね」

トレーナーの目には、それが挑発的な笑みに見えてしまったのは、不幸な行き違いだった。




「船長、面白いことになってますよ」

副長に言われてモニタ映像を回してもらうと、トレーニングルームで激しい模擬戦が行われていた。

「やりますねぇ、グレムリンくん。全部避けるか受け流してますよ。それでいて全然攻撃してこないと来たもんだ。これはリンツの奴、手加減されてるみたいで、やってて腹立つだろうなぁ」

「何をやっているんだ。誰か止めに……」

「あ、棒もいけるんだ。へー、あんまり見ない動きですね」

「……こいつは棒術じゃなく剣術に近いな。標準重力環境に特化した古武術だろうが、見たことがない型だ」

「あれも避けるか。すげぇ」

保安のチーフであるリンツの手から棒が弾き飛ばされたところで、ダーリング船長は席を立った。

「私が止めてこよう」

上着を脱ぎながら出ていった武闘派船長を、副長は生暖かい目で見送った。




「トレーナーさん、いったん休憩(インターバル)入れましょう!」

「はっはっは。大丈夫。うちの新人が1セットで音をあげるメニューを3セットやった後で、私と模擬戦やって時間いっぱい凌ぎきれるんだから、君ならまだ壊れない」

「壊れるラインを目安にするのは健康に良くないから!」

「喋れるうちは平気、平気。次は障害物のある低重力環境で、実戦形式で対戦してみよう」


川畑が連れてこられたのは、ジムの上層にある"ウイングアスレチック"というアクティビティルームだった。営業時間は終わっているらしく、フロアは明かりが消えて誰もいない。

「ほら、時間外みたいだから止めておこう」

「大丈夫。ここを営業時間外に保安部のメンバーが訓練で使用することは許可されている」

「もはや隠す気もねぇな」

「ここは小型のエアジェットがついたウイングを着けて、障害物のあるコースをクリアしていくアクティビティだ」

「くっ、流れるようにルール説明に入ってやがる」

川畑は説明されるがままに、器具を装着し、使い方を確認した。


「コースは難易度別に3コース。まずはいちばん簡単なコースで……」

「良かった」

「逃げるお前を、私がこれで撃つから」

「良くねえよ!絶対遊び方間違ってるだろう。保安用の銃器を一般客に向けるな」

「はっはっは、誰が一般客だ。大丈夫、麻痺銃(パラライザ)だ。しばらく体が動かなくなるだけだし、後遺症もない。このタブレットを食べれば麻痺はすぐに治るし、安全、安全」

保安部のリンツは全然笑ってない目で、小さなケースに入った錠剤をカラカラ鳴らした。

「それにこいつは事前に貴様に提供しよう。大サービスだろう」

リンツは保安用の明かりだけが灯った薄暗いコースエリアに、ケースを放り投げた。ケースは空中に設置された障害物の間に消えていった。

「うわぁ」

「10数える間は待ってやる。必死に逃げてゴールしやがれ、このくそやろう。さんざん人をおちょくりやがって」

「待て、ちょっと冷静になろう。俺は別にあんたを馬鹿にしたことは一度も……あー、ひょっとしてあんたが覗き魔の主犯?」

「撃ち落としてやる」

あわてて床を蹴って浮かび上がった川畑にリンツは麻痺銃(パラライザ)を向けた。

「やっべ」


軽い発射音がフロアに響いた。


体が流されて、ぐったりしたのは、リンツの方だった。


エレベーターホールの方から入って来た人影は、リンツの方に歩み寄ると、その手から銃を取り上げた。

「大丈夫ですか?どうしました、こんな時間にこんなところで」

「すみません。助かりました。ちょっとした誤解で、その人がどうも錯乱気味になっちゃったみたいで。過労ですかね」

川畑はウイングのエアジェットを軽く噴射して、二人のそばに降りた。

「そうですか。あなたも少しお休みになった方が良いですよ」

栗色の髪の男は、手にした銃で川畑を撃った。

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