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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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閑居して不善をなす

ノリコがスリープモードから目覚めると、目の前に川畑がいた。

「のりこ、おはよう」

「お、おはようございます……どうしたの?」

「ゴメン。昨夜、ちょっといろいろあってさ。これから3日間ここの部屋で過ごすようにって船長から言われたんだ」

川畑は少し憔悴した感じで、迷惑をかけることを詫びた。

「それは、かまわないけど。何があったの」

「詳しくは話せないんだけど、なんだか手配中のテロリストの容疑がかかっちゃったらしい」

「ええっ!?」

「あまり新婚の夫婦に見えなかったのかな」

「そんな……」

ノリコはうなだれた川畑の顔を心配そうにのぞきこんだ。

「ねぇ、のりこ。お願いがあるんだけど」

「何?」

「もう少し新婚旅行中の夫婦っぽいことしていい?」

「はい?」

『たいしたことじゃないよ。欧米スタイルの挨拶とかそういうの』

『欧米スタイルの挨拶って、海外物の連続ドラマや映画で見るような奴?』

『頬を合わせるとか、軽いハグとか……日本人的にはちょっと恥ずかしくてハードルの高いあれこれ。この世界の習慣ってわりと欧米準拠っぽいんで、あれくらいやらないと不自然らしい』

川畑は不安そうにノリコを見下ろした。

「のりこが嫌なら止めておくけど」

「ううん。そ、それぐらいなら」

「じゃあ……」

川畑は自身も恥ずかしいのか、何秒かそわそわとためらった後、意を決したように、覆い被さるようにノリコを抱きしめて、頬を合わせた。

「のりこ……好きだ」

耳元でささやかれて、ノリコは撃沈した。


「無理!心臓口からでそう。人前でこんなの絶対恥ずかしくて無理!」

『偽体だから平気。本体じゃないから、ある意味バーチャル』

『えっ、でも』

『大丈夫。本当の君は学校で勉強中。これは夢みたいなものだから』

「夢でもこんなの慣れてないから無理」

「じゃあ、慣れるまで練習しよう」

「ええっ!?」

「大丈夫。3日ある」

開き直って意を決した川畑はわりと心臓が強かった。

「のりこ、愛してる」

川畑はノリコを真っ正面から見つめて言いきった。

「……今、俺もめちゃくちゃ恥ずかしいけど、多分100回ぐらい言ったら普通に言えるようになると思う」

「うそでしょ」

「全部本気で言うから」

「えええ」

「好きだ。……キスしたい」

「いきなりストレートに言われても心の準備が」

「大丈夫、軽い挨拶レベルの奴……を100回ぐらいしたら多分慣れる」

「部活のトレーニングみたいに言わないで~」




コンセルジュのベルチュールは、特別客室の賓客への対応に苦戦していた。

人種や風習が違ったり、言葉が通じにくいお客様への対応は研修時代から叩き込まれてきた。多少のことで慌てるベルチュールではないが、翻訳機からの言葉と、お客様自身から伝わってくる雰囲気がまるで違うのはきつかった。


"違います。私の欲しいものはこれではありません"

そろそろ聞き慣れてきた定型句に、ベルチュールは泣きそうになった。

"私は、快楽のために気が向いたときに無差別に殺し合うための装置が欲しいのです"

翻訳機から吐き出される暴言は、穏やかで品のある声で話された内容を、正しく訳しているとはとても思えなかった。

目の前の小さなお客様は、白い柔毛の生えた顔をかしげて、澄んだつぶらな瞳を瞬かせた。

"ご理解いただけませんか?"

ベルチュールは、無差別殺人幇助をするわけにもいかず、一応微笑みながら、もう少し事情を説明して欲しいと頼んだ。

"天恵がありました。私は宗教的指導者として、力あるものと会話するために、その殺戮に参加する必要があります"

物騒極まりない話だった。

"私は平和と清貧を好み、努めるものです。あなた方の銀河連邦では一般的なその冒涜的装置についての知識がありません。よろしければ手伝っていただけませんか?"

ベルチュールは、自分の上司が胃を壊して寝込んだ理由を、身をもって理解した。




『ますたー、ただいま~』

『おそと、おもしろかったー』

『お帰り、カップ、キャップ。そこのお菓子食べていいぞ』

対戦型のゲームで遊んでいた川畑は、妖精達にチョコレートをあげた。

『わーい』

『おいしー、これすきー』

『食べ過ぎんなよ。ここだとお前らの食った質量、どうも俺に転送されてるっぽいから』

『おなかポンしない?』

『たべてもふとらない?』

『辻褄あわせのために、質量は俺に来るけど、その分、俺から理力が供給されるから、うっかり食いすぎると太るぞ』

『はーい』

『わかったー』

妖精達は美味しそうに1粒ずつチョコレートを食べると、寝室の方を見た。

『ノリコはもうおねんねのじかんだね』

『おやすみなさいしそこねた』

『明日の朝、おはようの挨拶すればいいよ』

『ますたーはゲーム勝てた?』

『あんまり勝てない。ウサギ先生が強すぎる。うん。今日はここまでにしよう』


川畑は対戦ゲームを止めて、書斎の椅子のリクライニングを倒した。

『それじゃあ、二人が今日1日なにして来たか教えてもらおうかな』

川畑の頭に乗って妖精達は目を閉じた。

『どうぞ~』

『こんなことしてたよ』

川畑の中に彼らの見聞きしたことが一気に流れ込んできた。

「(偽体の記憶保持と転送の仕組みって、玉座の機構と組み合わせて、眷属に応用すると、自立型ドローンのデータを後で確認するみたいで、ものすごく便利だな)」

川畑はどうでもいいところをはしょりながら、時々コメントしつつ、カップとキャップの冒険を楽しんだ。

『お前達、あちこち行って面白い冒険してきたんだな』

『おともだちできたよ』

『ゲームにさそったから、きたらおしえてね』

『わかった。わかった。連絡先に勝手に俺のゲームアカウント教えてくるのはどうかと思うけど、それでもまぁ、ギリギリ問題は起こしてないのは偉いぞ』

『えっへん』

『ぼくら、ますたーみたいに、やりすぎないもん』

『ぐ……』

いろいろと思い当たる節がありすぎて、川畑は言い返せなかった。


『まぁ、それはそれとしてだな。明日もフリータイムじゃつまらないだろう。"この人を探せ"ゲームをしよう』

川畑は妖精達の視覚に、自分の記憶にある人物の姿を投射した。

『船長、おじさん、熊さん、隠しキャラの四人だ』

『"せんちょう"と"おじさん"はしってるー』

『カップずるい~』

『協力プレイだから仲間がターゲットを知ってるのはラッキーだよ』

『そっか~。ごめんね、カップ』

『いいよ、キャップ。いっしょにさがそうね』

カップとキャップは握手した手をぶんぶん振った。……賢者のライブラリにあった動画で覚えた二人のお気に入りの仕草だ。

『船の中でこの人達を見つけられたら1人あたり10ポイント。部屋を探したら+10ポイントだ』

『"くまさん"はいろちがいでもいい?』

『ダメだよ。白い熊さんは今日もう見つけちゃっただろ。この薄茶色の"熊さん"だ』

『"隠しキャラ"はお顔がわからないよ』

『隠れてるから"隠しキャラ"なんだよ。難しいから"隠しキャラ"は本人発見もお部屋発見も20ポイントずつだ』

『わーい』

『"隠しキャラ"はすぐには見つからないよ。ヒントは"船長"や"おじさん"が持ってるかもしれないから探してごらん。あと、"隠しキャラ"は普通の人が持っていない道具を持っていたり、隠れていろいろ人とは違うことをやってるぞ』

『あっ!ボク"かくしキャラ"だれだかわかった!』

『ええっ、ホント?すごい!』

カップは胸を張って自信を持って答えた。

『ますたーでしょ!みんなにナイショでいろいろやってるもん。"せんちょう"と"おじさん"もあやしいっていっていろいろしらべてたよ』

川畑は言葉もないまま、手で顔を覆った。




「規子、今日はバグってないじゃん」

「……昨日までもバグってないよ」

ノリコは次の授業の用意をする手を止めずに答えた。

「またまた。ちょっと暇になると思い出し悶えで百面相してたくせに」

「そんなことしてないってば」

ノリコは親友のキョウコをにらんでふくれっつらをした。

「今日は夢見が悪くなかったの?」

「う、うん。……でも、昨日までの夢も別に悪夢じゃないからね」

「妄想セレブデート乙」

「あうう」

ノリコは頭を抱えた。スーパー執事とシンデレラの魔法使いと王子様とアラブの石油王とがセットになった憧れの彼氏が接待してくれる舞踏会やカジノが、妄想でなくてなんなのかといわれると、何も言い返せない。親友に話した部分は、大人しめに表現を抑えたほんのちょっとだったのだが、それでもこの言われようである。ノリコはうっかりあれやこれやを思い出して、耳まで赤くなった。

「例のあの地味な彼で、よくまぁ連日そんな妄想ができるなぁって感心するわ。あんた拗らせすぎじゃない?」

「そんなことないもん。それに昨夜はなんの夢も見なかったし」

局の人の説明からするとそれはそれで、あちらの自分に何かがあったようで不安だ。しかし、毎晩、心臓に悪い記憶が詰め込まれるのは、精神衛生上よろしくなかったので、1回休みはありがたかった。

キョウコはもじもじするノリコを見てため息をついた。

「ちゃんと会って、速やかに告って、現実で普通のデートすることをオススメするよ」

「ううう……ごもっともです」

「あんたがフラれるなんて十中"9.8"ないんだから、今度見つけたら絶対"好きです。付き合ってください"って言いな」

「いきなりそんなストレートに言うなんて、心の準備が」

「大丈夫、軽い挨拶のノリで言えるように、家で500回ぐらい練習したら多分慣れる」

「部活のトレーニングみたいに言わないで~」

「じゃあ"月がきれいですね"って言っとけ」

キョウコは、涙目のノリコの頭に教科書をのせて笑った。




「ここまで、大きな事件や事故もなく何よりだ」

ダーリング船長は保安部からの定時報告を受けて、満足そうにうなずいた。

「そういえば、例の彼は?」

「大人しく嫁と部屋に籠っています。客室係に扮して部屋にいったチェッカーが"甘々で砂吐きそう"って言ってました。部屋の端末からの閲覧履歴も歴史ドキュメントやゲームなどで特に怪しいところはないです」

「やはり彼はなにもなしか」

「ええ。ただし……カメラ、マイク、センサーその他諸々はうちの分も保安局の分も、書斎の1つを除いて全部設置次第無効化されました」

「おい、盗聴盗撮は止めろと……全部?」

「彼がどうやって発見しているか全く分かりません。隣室や船外に仕掛けた分も無効化されました」

「彼は部屋からは出ていないのだろう?単なる偶然の故障かなにかではないのか」

「確率的にあり得ません。部内での彼のあだ名は"グレムリン"です。それにわざわざ、何がどこにあったかをこちらが支給した個人端末に記録しているんですが、そこのコメントが辛辣で。あれは端末をこっちがチェックしていることをわかってやってますね。もう、担当のリンツがムキになってます」

「何をやっているんだ……」

「不審な数字列の書き込みがあったので調べたら、ライブラリの書籍データコードと章節項番号で、"罵詈雑言辞典(広域星系版)"の"覗き魔を罵倒する"にたどり着いたときは、保安部一同で怒り狂いました」

ダーリング船長はこめかみを揉んだ。

「書斎のカメラ一機だけは稼働中ですが、どうもこれもわかっていて放置しているらしく、今朝は視界に入る画面にこんなメモをわざわざ大きなフォントで表示していました」

画像には、劇場の招待チケットが抽選で当たったが行ってもよいか?というメモが写っていた。

「この劇場の抽選というのは?」

「乗客の1人がプロのアーティストで、自主企画で1公演だけ開催するそうです。非営利の小規模な単発公演だから部屋番号のランダムな抽選で当たった客にだけ招待チケットを発行したんだとか」

「公演はいつだ」

「明晩1800です」

「ジャンプ直前か」

「高次空間通信制限後なので館内のライブコンテンツは需要があるでしょうね」

恒星間航行を行うための新高次空間跳躍航法(ジャンプドライブ)システムは稼働時に高次空間通信の雑音を嫌う。ジャンプ前は、船の高次空間通信回線の一般使用が禁止されるため、個人端末や船内の備え付けの端末からのネットワークへのアクセスもできなくなる。娯楽の量が減るこのタイミングで劇場の短時間企画は歓迎されるだろう。

「許可してやれ。ただし、夫人だけだ。彼はその時間、ジムに行ってもらえ。運動不足だろう」

「なるほど劇場の逆サイドですね。トレーナーも着けます」

「劇場の件については捜査官殿にも情報を回しておけ。あちらも捜査に行き詰まっているらしい」

「はい」


その他の報告を確認し終えたダーリング船長は、椅子に深々と身を沈めた。

「テロリストにしては目立ちすぎるし、どこかのエージェントにしては言動が素人で子供っぽすぎる。無視するには危険なトラブルメーカーだが……隔離するか、放置するか、取り込むか。困ったものだ」

耳元で誰かが『ほっておくのがいちばんだよ』と言った気がした。

天啓(フォース)に導かれて解決するほどの大事ではないというのがまた困ったところだよな」

これまで何度も危機を潜り抜けてきた元英雄は、大きく息をついて目頭を揉んだ。

ベル「コンセルジュより、明日のオススメのコンテンツです」

川畑「あ、すみません。これから3日ぐらいは部屋で過ごすことにしました。嫁と二人っきりでゆっくり過ごす時間もいいかと思って」

ベル「そうですか。お二人でゆっくりするのに良いスポットもありますよ」

川畑「ありがとうございます。出掛けたくなったらご相談しますよ。いやぁ、実はですね。対戦ゲームにはまっちゃって、そちらもやり込みたいので」

ベル「なるほどそうですか。対戦ゲーム……それだ!」

川畑「どうしました?」

ベル「いえ、失礼しました。こちらの別件の問題が解決しそうです。ありがとうございました」

川畑「いえいえ?」


ルルド語翻訳機には"ゲーム"という語がなかった。

導師にも部屋でやる通信対戦ゲームという概念がなかったので、ベルチュールさんは苦労することに。

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