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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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楽あれば苦あり

「対テロリストの捜査官?それでこんなもの持ち歩いてたの」

ミラは男の上着に入っていた銃をいじりながら、男の栗色の髪を撫でた。

「危ないから、返してくれないか」

「女は少し危険で、秘密がある方が魅力的って古典に書いてあったわ」

「知的な女性は好きだがね」

男は苦笑しながら、ゆっくりとミラから銃を取り上げた。

「任務中?」

「君を危険にはさらさないよ」

「あら、私に近づいたのは仕事に利用するためじゃないの?」

ミラは寝台に腰を掛けてガウンを羽織った。

「参ったな……君を魅力的だと思ったのは本当だよ」

男は後ろからミラの腰を抱いた。

「これからすぐにお仕事があるの?」

「状況次第だが……後で君が協力してくれるなら、今日は休みにしてもいい」

「協力してあげる。不審な人物を探しているなら、私、プールで見かけたわよ」

「どんな奴だ」

「ダメ。今はプライベートだから仕事の話はなし。後で教えてあげるわ」

「いいだろう。では、君のことをもっと教えてくれ」

ミラはスパイスの効いた暇潰しを楽しんだ。




「カジノ楽しいねー」

『ピカピカぐるぐる~』

『あたるといっぱいピカピカ~』

「大分遊んだから次で最後にしようか」

ノリコのリクエストで、川畑達は船内のカジノに来ていた。川畑は温泉宿のゲームコーナー程度を想像していたのだが、そこはさすがブルーロータス、かなり本格的な代物で、完全に大人向けコンテンツだった。

際限なくはまってもつまらないので、川畑は最初に額を決めてノリコの端末の口座に振り込み、それがなくなったら終わりにする約束で始めたのだが……。

「ちょっと儲けすぎだと思う」

いざ勝負となると勝ちたい川畑と、ビギナーズラックがはなはだしいノリコは、二人で結構な額を稼いでいた。

「こんなところで稼いでも仕方ないから全部すっちゃう気で最後にパアッと使おう」

「そうだね。お腹もすいたしご飯に行こう。時間がかかるゲームとか面倒だから……ルーレットにしようか。なんかあれが一番カジノっぽくてかっこ良かったから、最後にもう一回やりたいな」

幸運の小人のようにカップとキャップを肩に止まらせたノリコは、川畑の手を引いてルーレットに向かった。

理力由来の妖精はやはり人には見えないようで、カップとキャップがチョロチョロしていても、誰も見咎めなかった。それでも、彼らは結局、川畑かノリコに引っ付いているのが好きなようで、いつも通り頭や肩の上に座って楽しそうにしていた。


「じゃぁ、ここに全部」

ノリコは思いっきりよく高額チップを1つの数字の上に積み上げた。

「また、なんとなくそこ?」

「ううん。私の誕生日なの」

川畑はその数字を忘れないようにしようと思った。


ルーレットの玉が止まった。


『あたったよ!』

『おめでとう!』

この数字は忘れられないな、と川畑は遠い目をした。

「当たっちゃった……どうする?もう一回かけよっか。今度は誕生月に」

誕生月知りたさで、川畑はうなずいた。


そして、誕生月の数字も忘れられないインパクトを川畑に与えた。

「次に名乗る機会があったらティーラ・ブラウンって名乗るといいよ」

「ティーラ・ブラウン?」

「幸運の女神の名前だよ」

使う宛もないのに増えてしまった資金のことは、今は考えないことにして、川畑達は食事に出掛けた。




「そろそろ揺り戻しが来る頃だとは思ってたんだ」

殺風景な小部屋を見回して、川畑はおとなしく椅子に座った。脚が金属パイプの机と椅子は、床に固定されている。窓はなく、扉は専用の認識証がないと開かない作りだ。彼をここに案内した船員は、彼を一人ここに残してどこかに行ってしまった。客室スタッフやコンセルジュの制服ではなかったので、技術職の乗員かと思っていたが、もしかするともっと別の所属の人だったのかもしれない。

「部屋でのりこといた方が良かったなぁ」

この機会にやっておくべきかどうか迷っていたことを、帰れたら実行しようと思いながら、川畑は部屋に入ってきたコワモテの中年男に軽く一礼した。


「我々は正直、君が何者かはかりかねている」

世間話に見せかけた尋問をさんざんしたあげく、顔の恐いおじさんはそうぶっちゃけた。

「といいますと?」

「乗船客名簿にある名前の人物のプロフィールと、君の行動に差異がありすぎる」

「公になっている人物像と本人の印象が違うなんてよくあることでしょう」

「科学論文や技術的文書を読みあさり、専門技術者に質問をしまくり、おまけにルルド語を流暢に話すというのは、地方惑星の特産天然繊維加工品取扱会社の社長の行動としては、どうなんだ」

「個人的な趣味が仕事と一致しないのもよくあることですよ。とくに技術方面はこの旅行にでてからかじり出したニワカものなので」

顔の恐いおじさんは、恐い顔をさらにしかめた。


「ところで"我々"とおっしゃっるのは、どちら様でしょう?実はこの時間、船長さんとお会いする約束をしていたので、連絡できないとご心配をお掛けしていると思うのですが」

少し困ったような顔をしてそう言った川畑を、顔の恐いおじさんは嫌なものを見る目付きで見た。

「一番不可解なのは、あんたのその胆の据わりようだ。どうしてこの状況で平然としてるんだ。バイタルが揺らぎもしねぇ」

「了承なく脈拍や体温などの測定をして、本人に非公開で交渉に利用するのは公的に認められていない行為では?」

「それを言うなら、妨害装置を常時携帯して、表層的な情報以外一切のスキャンを受け付けないってのも、後ろ暗い身分の奴しかやらない行動だと思うぞ」

「あなた、そんなことしてるんです?いつなんに効果があるかもわからないのに、面倒では?」

「俺じゃねぇ!」

男は机に拳を打ち付けた。

「ああ、あなた機械で測定しなくても分かりやすいから……」

男の目付きがさらに剣呑になった。

『ますたー、もうしゃべらないほうがいいとおもうよ』

ポケットの中のカップにたしなめられて、川畑はちょっと黙ることにした。




おざなりな返事しか返さなくなった川畑に、男がキレかけたところで、部屋の扉が開いた。

「止めたまえ」

入ってきたのはダーリング船長だった。急いできたのか、少し服装に乱れがある。略装のクルースーツの襟元が開いていて、綺麗な銀髪がボサボサだった。

「船長、これは……」

「とにかく即刻、彼に謝罪したまえ。君がしていることは、我が船の一般乗船客に対してとってよい態度ではない!」

「ああ良かった。助かった。早く保安の人を呼んでください。この人単独犯じゃないです。"我々"といっていたので仲間か組織的な協力者がいます」

「ああ……うん。それについてはこちらで適正に調査します」

ダーリング船長は、若干きまり悪そうな顔をした。

「とにかく今回の件については改めて謝罪の機会を設けさせていただくので、まずはここから出……」

「待て、船長。こいつを帰すな!」

川畑は、船長と顔の恐いおじさんを見比べて首をかしげた。

「あれ?艦長そっち側なんですか?てっきり艦長に盗聴機仕掛けた人かと……まぁ、いいや。指揮系統が上位なら話が早そうだ。とりあえずこの人の誤解を解いて俺を部屋に帰してください。俺は休暇中なので、宇宙軍の作戦行動にも防諜関連も興味はないです」

「まて!いろいろ確認したい点はあるが、まず、なぜ君は私を"艦長"と呼ぶんだ。勘違いや言い間違いではないんだな?」

「詳しくないので、間違っていたらすみません。仮想巡洋艦とか軍属の船なら、"艦長"であってますよね?特設艦船だと"船長"です?」

船長と顔の恐いおじさんは、揃って川畑を見て、困惑した。

「なんなんだ、君は一体……」

「えーっと、エチゴのチリメン問屋の若社長?」

このアホな偽称身分作ったの誰だろう?と考えながら、川畑は至極もっともらしい顔でうなずいて見せた。

何とも言えない微妙な表情のまま黙ったダーリングに、男は「な、こいつ締め上げよう」と提案した。




事情を説明するから、事前にそれなりの確認をさせてほしいと船長に頼まれて、川畑は任意協力という形で、所持品等の検査に同意した。

「まさか"等"にボディチェックが入るとは思わなかった」

渡されたシャツを着ながら、川畑は改めて椅子に座った。

「このシャツいいな。売店で売ってる?」

「よろしければ、差し上げよう」

「ありがとう」

「あきれるぐらい、動じない男だな」

川畑は、賢者のところでの過酷な仕打ちに比べたらなんてことないから……と考えかけて、ちょっと自分の常識がずれているかもしれないと反省した。

「変なものは持ってなかったでしょう」

「確かにイヤーカフはただの装飾品、手帳はマナー集……個人端末は買い換えたのか?」

「この旅行用に。休暇仕様です」

「出港後に相当額の出納履歴があるが、仕事でないならこれはなんだ」

「そんなのわかるんだ。入金はチケットトラブルの返金で、出る方は、買い物と飲食費と今日のカジノかな」

「カジノって……こんな額を!?」

「チケットの件でもらった額は航海中に使ってしまおうと考えているのでそんなものです」

ノリコの口座で1300倍程になっている事実は思い出さないようにした。

「特に問題がないなら、もうそちらの事情とか全然興味ないので、部屋に帰らせてください」

男達はまだ川畑を解放してくれなかった。




「えー、つまりこちらのエザキさんが、銀河連邦保安局の特別捜査官殿で、船内にテロリストが紛れ込んでいるという情報を掴んで潜入捜査中と」

「そうだ」

「んで、潜入捜査自体は艦長の許可をとっていたけれど、今回の俺の件については、個人的暴走……」

「お前の行動が怪しすぎるのがいかんのだろうが!」

「作戦行動に協力的な一般市民に対して無礼な態度はよしたまえ」

ダーリング船長に注意されて、エザキ捜査官は腹立たしそうに口をつぐんだ。一応、正論と権威には従う人のようだ、と川畑は捜査官の危険度の評定を下げた。

「エザキさんが身元の確かな捜査官ならさきほどの犯人扱いは失礼でしたね。疑って申し訳ありませんでした」

川畑は素直に謝った。


「では、お前が単なる民間人で、チケットのトラブルは偶然、船に使用されている技術への興味は個人的趣味、センサー類の不調はマシントラブルまたは君の特異体質……と仮定してだな」

エザキ捜査官は頭痛をこらえるようにこめかみを揉みながら、質問した。

「なぜこの船が軍属だと言えるんだ。お前が本当に民間人ならそんな情報は手に入らんだろう」

「そんな恐い顔をしないで、違ってたら笑い飛ばしてください。普通に見聞きしたことからのただの推論です。例えば、乗組員が持ってる端末のパスワード入力画面に宇宙軍の"流星と宇宙船"のアイコンがあって、技術提携しているだけにしては閲覧できるデータの質が良くて……」

「まてまて!君はどこで何を見とるんだ!」

「こいつ、技術系の乗員を特等船客用バーの高級酒で釣って、あっちの乗組員用の食堂に技官の端末持ち込んで一晩中、専門知識聞き漁ったそうだぞ。例のご一行の博士とルルド語でフォースジェネレータについて語りあっとったそうだ」

エザキ捜査官がげんなりした顔で川畑を指差すと、ダーリング船長は青ざめた。

「なんてこった」

川畑はちょっと心配になってフォローしておくことにした。

「乗員の皆さんを叱らないでくださいね。当直時間外の人にしかお酒は出してないですし、皆さん、勤務外なのに乗客の俺にすごく親切に応対してくれたんで感謝してるんです。もちろん軍事機密なんて漏らされてないはずですよ。皆さん、秘密とか一言も言わずに、オープンかつフレンドリーに教えてくださいましたから」

お客様アンケートがあったら、サービスについて最高評価を入れると、川畑はダーリング船長に約束した。

「それから、監禁されて身ぐるみ剥がされて個人情報の提供を強要されたことについては、騒ぎ立てて銀河海運の評判を地に落とそうとしたりはしないつもりですので、ご安心ください」

船長は顔をひきつらせた。

「脅迫かね?」

「いえ、善意です。民間って風評とか世間体って大事ですよ。俺がとても協力的な一般市民で良かったですね」

語り口はとても真面目かつ誠実そうだった。


「君の要求はなんだ」

「安全で快適な楽しい休暇です。あと、新婚夫婦のプライベートをデバガメしようとするのも、悪趣味なので、やめてください」

「なんのことだ?」

「ピンバッチ。あれ盗聴器かなんかそういうものでしょう?」

「いや、あれはただの記念品……エザキくん?」

船長は隣で小さく舌打ちした捜査官を見た。

「どっかの子供のいい思い出の品になってたぞ」

「喜んでもらえたようで、譲ったかいがあります」

良かった良かったと丸く納めようとする川畑に、エザキは頭を抱えた。

「こいつがただの善良な民間人だっていうなら、保安局(うち)は新人教育プログラムを1から見直さなきゃならんぞ」

黒髪のベテラン捜査官と、銀髪の宇宙軍の英雄は、揃って白髪が増える気分になって、ため息をついた。




「なんにせよ、双方誤解が解けて何よりでした。この船は単なる豪華客船で、俺は新婚旅行を満喫している一般旅客ということで……そろそろ帰って良いですか?」

川畑は早くノリコのところに戻りたくてたまらなくなってきたので、何もなかったことにして帰りたいとアピールしてみた。

「とにかく俺は残りの旅程、嫁と楽しく休暇を過ごしたいだけです」

ついでに、とにかくテロとかいう発想とは無関係だと強調しておく。

「この世界の主に関する宗教的解釈の違いとか、異端とか、偽もカタリも興味ないので、捜査官さんは頑張って、テロリストがルルドの和平使節団の地球入りを阻止しようと事件を起こす前につかまえてください。フォースフィールドジェネレータの技術はとても応用範囲が広いので、専売や機密ではなく銀河連邦全域で広く使えるようになるのは大変いいことだと思うんで、会談の成功を応援してます!それじゃあ、本日はありがとうござ……」

「まてまてまて!!エザキくん!彼を帰すなーっ!!!」


『ますたー、やっぱりもうしゃべらないほうがいいとおもうよ』

頭の上のカップにたしなめられて、川畑は反省した。

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