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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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レセプション

山盛りのレクリエーションがあるにも関わらず、ノリコは夕食後はずっと部屋にこもって、川畑の求めに応じていた。

「これであってる?」

「うん。残念、3問不正解。正解はこう」

「あー、そっちかぁ。やっぱり世界史はこの機会に重点的にやらないとまずいな。頼む。そっちの試験範囲で構わないから、復習問題と最新授業内容、これから毎日教えてくれ」

「いいよ。教えなきゃって思うと授業に身も入るし」

「助かる。覚えてる範囲でいいから他の教科もいいか?古文と漢文の文法とか」

「もちろん。じゃあ、この後はもう少し世界史の復習してから、古文やろっか」

「はい。先生、お願いします」

「うむ。任せなさい」


ノリコは、日頃、完璧超人にみえる川畑から、家庭教師として頼られるのが嬉しかった。

「(学校に行っている私。君の使命はとても重要だ!是非是非、授業内容と教科書をしっかり丸暗記して来てくれ!……うん、プールで遊んだ記憶と交換にこんなこと頼まれたら、私ならキレるな)」

統合されれば同一人物になるとは分かっていても、こちらの幸せすぎる状況と落差がありすぎる自分に、ノリコはそっと詫びた。

「(せめて学生らしく真面目にお勉強会しておこう)」

ノリコは川畑を見るだけでにやけそうになる頬を引き締めながら、問題文を入力した。




「今日はここまでにしようか」

「まだ、私がスリープモードになるまで、だいぶあるよ」

「実はあの時計で、30単位ぐらいあとに、フラムと待ち合わせしてて」

「え?こんなに夜遅く?今夜は加速に入るから部屋にいてねって、さっき室内器具の固定に来たスタッフさんが言ってたのに」

ノリコは、なんだかちょっと面白くなかった。昼間3人で遊ぶのは楽しいし、ずっと川畑と2人きりだと、たぶんもっとぎこちなくなっていたと思うので、フラムには感謝していた。だが、自分の知らない間に夜一緒に遊ぶ約束をされていたのは、なんだか嫌だった。

「(なんか旦那の夜遊びをとがめてる嫁みたいで、やだなこれ)」

ノリコはつい非難がましい物言いをしてしまったのを反省した。

「いや、その……加速形態に変形する時の見学がしたいって、コンセルジュさんにお願いしてて、特別に案内してもらえることになってるんだ。変形の時間帯が深夜だから、のりこはスリープモードで参加できないと思って声かけてなかったんだ。ごめん」

それこそ見つかった浮気の言い訳をするように、もごもご謝る川畑を見ながら、ノリコは、いつもの男の子の趣味の世界か、と納得した。

「いいよ。気にしないで。今日はたくさん遊んで疲れたし、私は早めに寝ることにする。疲れたときは、スリープモード以外に普通の睡眠も取れるならとった方がいいって言われてるから」

「ありがとう。俺達だけ遊びに行って本当にごめん。明日のレセプションパーティーでエスコート頑張るから」

「パーティーでエスコート?」

「俺、こないだの中世世界で侍従長にみっちり仕込まれたからエスコート得意だぞ。もちろんこの世界のマナー集で差分は補整しとくから。ドレスルームにある服確認しておいて。局が用意してくれた中に、いいドレスがなかったら、明日の午前中に買いに行こう。服とか装飾品の店があっただろ。予算はいっぱいあるから、好きなの買えるぞ。メイクとか美容師のスタッフは午後に手配しておく」

「ドレス……?」

「特等船客と招待客のみのフォーマルなパーティーだから、ドレスコードがあるんだよ。女性はイブニングドレスだって。イメージはあれだな、ハリウッドセレブのレッドカーペット。どんなのがいいか決めといて」

川畑は平然とそういいながら、勉強に使っていた画面を消した。

ノリコは寝るどころではなくなった。




加速形態への変形を、技術系の船員に案内してもらい、フラムと川畑は大はしゃぎだった。スポークシャフトの駆動方法から、旅客区画の各接続部分の調整機構、緩い曲面だった床が平らになる時の床材と天井の工夫点、下層の特等船室と中上層の1等2等船室の差異まで、根掘り葉掘り聞いて、些細なことで感動して盛り上がった。

途中から川畑が酒とつまみを差し入れ出した結果、「それについては俺より詳しいやつが」とか「おい、こりゃ、あいつも呼んでこい」とか「俺にも一杯飲ませろ」が連鎖して、最終的には10人以上が、展望ラウンジに集まっての飲み会となった。理論学者のフラムと最前線の現役技術者がいくらでもネタを提供してくれる座談会は、川畑にとってパラダイスで、彼は「ここの支払いは俺が持つ」と気持ちよく言い切った。

「重力制御は?」

「ファンタジーだな。客室レベルでのそんな制御は無理だ」

理力(フォース)が制御できるならその応用でできそうなものだけどな。物体を浮遊させられるだろあれ」

「客室の全物質対象なんて、制御式が恐ろしく複雑になりますよ」

「構成物質という概念で定義せずに、中の人間も含めた総体を1つの対象として概念化して定義すれば、簡略化できないか?」

「ええ?その発想は乱暴じゃないですか?できるのかなぁ。どなたかフォース制御式の演算ができる性能の端末持ってませんか?」

「俺の部屋ならあるぞ」

「狭いだろ。技術屋の食堂に行こうぜ。あそこのプロジェクタに繋げろよ」

「えー、俺まだここの酒飲みたい」

「気に入ったものがあれば、ボトルでテイクアウトしてください」

どうせ使いきれない金と割りきっている口座残額なので、川畑は躊躇なく払った。


場所を船員の居住区域に移して、続きを始めたところで、船員の一人が小柄な人物をつれてきた。彼はフラムよりも背が低く、頭部は全面薄茶色の柔毛に被われていて、丸い耳が人より高い位置にピョコンと2つ並んでいた。突き出したマズルの先端には黒い鼻先がついていて、ビーズのような黒い丸い目と相まって、絵本の動物のようだった。

「(おおっ!ホーカーっぽい)」

好きな本に登場するキャラクターによく似た姿に、川畑は感動した。


白い柔道着のような簡素な服を着た彼は寝ていたところを連れてこられたらしく、少し機嫌が悪かった。

「ええ?彼は連れてきちゃまずいだろ」

「フォース制御式の話なら、彼なしでは話にならんだろ」

「いや、そうだけどさ」

「『眠い。用があるならさっさと言え』」

小柄な人物はそう呟いて、携帯端末を操作した。

"なんの御用でしょうか?"

丁寧な音声が携帯端末から流れた。

技師の一人が自分の携帯端末を操作した。

"重力制御に関するフォース制御式の勉強会に協力してください"

「『重力、フォース制御、学ぶ、会合、協力』」

小柄な人物は、技師の携帯端末からの音声を聞いて、鼻を鳴らした。

「『バカに何言ってもわかるものか』」

川畑は申し訳なくなって、声をかけた。

「『すみません。お休みのところをお邪魔してしまったようですね。素人の他愛ない興味で皆さんに付き合っていただいているだけなので、ご無理は申しません。どうぞお休みください』」

小柄な彼を含め、周囲の技師達も皆、ぎょっとしたように川畑を見た。

「『ボクの言葉がわかるのか?』」

「ルルド語が話せるのか?」

川畑は、しまったと思ったが、仕方がないので「少しなら」と答えた。

「『ボクはレザベイユ。お前、フォース制御に興味があるのか?』」

「『はい、とても。でも無理にお付き合いいただく必要はないですよ。飲み物は何になさいますか?』」

「『酒は飲まない。常温の清浄な水を炭酸ガスなしで』」

「『どうぞ。それで今、考察していたのは……』」

食いついた情報源を逃がす川畑ではなかった。




早朝まで延々と話し込んで徹夜したとは思えない元気さで、川畑は朝からノリコの世話を焼いた。

「(侍従長に感謝する日が来るとは思わなかった)」

夕に、レセプションホールでノリコをエスコートしながら、川畑は、主人側の立ち居振舞いまでフルセットで叩き込んでくれた侍従長(スパルタ教師)に心の中で一礼した。幸いこの手のことの基本はそれほど変わらないようで、ちょっとした修正で大丈夫そうだった。

専門のスタッフに全部おまかせでドレスアップしてもらったノリコは、とても綺麗だった。シャンパンゴールドのドレスは周囲の女性客と比べてかなりシンプルなデザインで、川畑を安心させた。

レセプションパーティーは寄港地を出発するたびに行われる恒例行事とのことで、それほど仰々しくはなく、他の出席客も慣れた雰囲気だった。それでも最後の寄港地を出港して、次はいよいよ地球だからなのか、それなりに出席者も多く華やかだった。


「あら、見かけないお顔ね。こちらは初めて?」

意外に若そうな船長の挨拶の後、川畑達は会場で、人の良さそうな老夫人に声をかけられた。引退記念旅行だというその老夫妻と歓談したところによれば、船長は華々しい経歴の人で、あの年でこんな民間船の船長になるとは誰も思っていなかったらしい。

「オクシタニ星域の英雄よ。こんなところで有閑マダムに愛想笑いさせているのはとんだ人材の無駄ね」

「お前は大喜びだったろうが」

「そりゃ、私、有能でいい男大好きだもの。だから、私が結婚するぐらい好きになったあなたはもっと自信をお持ちなさいな」

チャーミングな老夫人に茶目っ気たっぷりにそういわれて、寡黙な連れ合いは顔をしかめた。


「ダンスにいきましょう」

老夫人に誘われて、川畑達はダンスフロアに引っ張り出された。老紳士が、ものすごくそういうのが苦手そうなのにも関わらず、一言も逆らわずにエスコートしているのを見ると、「妻をダンスに誘うのは夫の義務」といわんばかりの老夫人の態度に逆らう根性は、若い二人にはなかった。

幸いダンスは難しいものではなく、周囲を見て真似をすれば川畑でもなんとなく対応できた。ノリコも始めこそギクシャクしていたものの、偽体のオート機能が働いたのか、じきに慣れた動きになった。

音楽にあわせて簡単なステップを踏むだけのダンスを楽しんでいると、隣で踊っていた老夫人が、「お上手ね」と誉めてくれた。


「ねえ、あなた見てごらんなさいな。あちらの小ホールの入口……ああ、ダンスはやめないで」

老夫人の囁きに、ちらりと視線を送ると、彼らのいるレセプションホールの端の扉の間から船長が出てくるところで、その奥に灰色のローブをまとった背の低い一団の姿が見えた。

「"主の犬(ドミニカン)"だわ。ルルドの和平使節団かしらね」

「おい」

老紳士が咎めるように低い声で一声かけると、老夫人は罪のない笑顔で綺麗なターンをした。

「素敵な船長さんが無為に過ごして無さそうで何よりだわ」

「やめなさい」

「はいはい」

曲が終わったところで、老夫婦はお暇すると告げた。

「おかげさまで、大変楽しく過ごせました」

「こちらこそ」

にこやかに挨拶を交わして別れると、次の曲はもう始まっており、ややテンポが早くて難しそうだった。

「俺達も休憩しようか」

ダンスフロアを離れて、軽いドリンクでももらおうかとしていると、思わぬ人物から声をかけられた。

「今晩は。ブルーロータスにようこそ」

金モールのついた白い正装の船長は、落ち着いた渋い声音で歓迎の挨拶を述べた。


「楽しんでいただけていますか」

「はい。とても!」

ノリコが力強く答えると、船長は嬉しそうに微笑んだ。船長は彫りの深いかなりの男前で、年齢が魅力のマイナスではなく、プラスに働く方の歳の取り方をしていた。

「それは良かった。お部屋の件ではご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。本来ならもっと早くお詫びに伺わなくてはならないところを、このように遅くなり失礼いたしました」

元軍の英雄というのが納得の体格と存在感のカリスマ船長から、丁寧に謝罪されて、川畑もノリコも申し訳なさで居心地が悪いくらいだった。

「いえ、その件は本当に気にしていないので大丈夫です」

「今のお部屋、気に入っています」

あわててブルーロータスを褒め称えると、船長は「そう言っていただけるとありがたいです」と笑った。

「艦長も大変ですね。出港直後で加速を始めたばかりの神経を使う時期に、こんなパーティーまでこなさないといけないなんて。艦橋にいた方が楽でしょう」

「いえ……お客様とお話しできる機会は楽しいですよ」

「それにしても、いろいろな星系の方々がいらっしゃって気も使うでしょうに」

「あ、さっきの別室にいた人達みたいに?確かにいろいろな人種や風俗の方をもてなすのって大変ですね」

ノリコが無邪気にそういうと、笑顔の船長の口の端が一瞬わずかに動いたのに川畑は気づいた。

「ハーゲン様は地球へは観光で?」

何事もなかったように話題を変えた船長の様子を楽しく観察しながら、川畑は局が用意してくれた設定を、いけしゃあしゃあと答えた。身分の詐称と偽装設定の説明は前回の世界ですっかり慣れた。

当たり障りのない世間話をして、社交辞令通りの別れの挨拶を口にしたところで、船長はピンバッチを取り出した。

「記念にいかがですか。よろしければお付けしましょう」

「ありがとうございます。ではここに」

上着の胸元にブルーロータスのピンバッチを止めてもらいながら、川畑は船長の袖口のボタンを興味深そうに眺めた。川畑の視線に気づいた船長はわずかに怪訝そうな顔をした。川畑は船長の飾りボタンの1つを指した。

「とれかけていませんか?」

船長はボタンを見て、一瞬眉をひそめた。

「本当ですね。つけ直しましょう」

船長はピンバッチをつけ終えると、自分の袖口のボタンをむしりとった。

「おっと」

船長の手からボタンが滑り落ちた。足元に落ちたボタンを、慌てた様子の川畑はおもいっきり踏んだ。川畑の足下でパキリとなにかが割れる音がした。

「やぁ、これは済まないことをした。うっかり踏んでしまった」

「いえいえ、お気になさらず」

船長は壊れたボタンを拾いながら、苦笑した。

型通りの謝罪と謙遜を交わした後、川畑と船長は三文芝居の役者のように左右に別れた。

「船長さん、良い人だったね」

「そうだね」

川畑とノリコはもう少しホールで他の船客と交流してから、部屋に戻った。


「良かったね。あの男の子、ピンバッチ、とても喜んでた」

「ああ、あげて良かったね」

部屋でくつろいでいると、コンセルジュから連絡が入った。船長からのお誘いで、よろしければ明日、通常は船客が入れない区画を案内するとのことだった。

「……仕事熱心な良い人だなぁ、船長さん」

川畑の口角が上がったのを、ノリコは微笑ましく思った。

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