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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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プールインブルー

プールサイドで、MMは盛大にナンパに失敗した。

「赤毛のク・メール人は気性が荒いってホントだね。……っとお、ヤバい。見つかった」

色とりどりの水着や、バカンス用の軽装で、楽しげにさんざめく男女の中で、黒っぽいジャンプスーツ姿で仏頂面をしたその男は悪目立ちしていた。MMは男を見たとたん逃げようとしかけたが、男の機嫌がさらに悪くなるのが目に見えてわかったので、渋々近づいて声をかけた。

「何しにきたんっすか?」

「お前こそ、何しにこんなところに来ているんだ。遊びで来た訳じゃないぞ。その派手な水着はなんだ」

「レンタルだ。後で精算よろしくね」

「そんなもの経費で落とせるか」

「ええーっ、そんなケチ臭い」

MMはドリンクカウンターからよく冷えたパッケージを2つとって、ひとつを気難しい雇い主に渡した。

「いいじゃないか。楽しむ場所なんだから、楽しそうにしてないと不自然ってもんだ」

「お前は本当に楽しんでるだろう」

「まあね」

MMは赤い花とパラソルがついたボトルにドリンクパッケージをセットして吸い口のキャップを開けた。

「2等船室にこもってても仕方ないし。こんな機会なかなかねーからなぁ。……誰だ、宇宙船の低重力階層にウォーターレクリエーション満載のレジャープール作ろうなんて考えたやつは」

MMは、ウォータースライダーのコースがうねる向こうに広がる星空と宇宙船の船体を眺めた。壁面の大半をしめる大きな船窓から見える光景は、光量補正済みで、白い船体の背景なのにちゃんと星が見えている。ブルーロータスの名の由来となっている象徴的な花弁状の構造は青く輝いており、視野の下半分以上を覆っていた。

「おい、これアルコール飲料じゃないか」

「いい年した男が二人でジュース飲んでらんないだろ」

「パイロットなんだから、いざというとき酔ってて使い物にならんようにはしてくれよ」

「へいへい。それでいざというときはありそうなのか」

「……いつでも動けるようにはしておいてくれ」

MMは雇い主の方は見ずに、ドリンクをすすった。

「船客が入れる区画で一番メインシャフトに近づけるのがここで、機関区も見ることができるが、それだけだ。このプールエリアのエレベーターシャフトは、劇場やホールの区画に降りるあれだけだ」

「整備用は?」

「乗船客向けとは別にあるが、人が乗れるのはやはりスポークシャフトを外縁に向けて降りるやつだけだな」

「なぜ言い切れる」

「メインシャフトとは構造材で連結されているだけで、人の通れるハッチはない。そこのプールの端から船窓覗いてみな。スポークシャフトとメインシャフトの連結部の構造が人が通れる気密区画なんて作れない形してっから」

MMの雇い主の男は低く唸った。

「水着のレンタル料金は経費に含めてやる。引き続き仕事に励んでくれ。他になにかあるか」

「さっきひどい美人局に引っ掛かった」

「知るか、馬鹿者」

「ずいぶんガタイのいいアンちゃんだったぞ。連れの女の子の方に声をかけてたら、いつの間にか現れて凄い殺気飛ばして来やがった。旦那の同業じゃねえか?」

「どいつだ」

MMは奥の小さなプールで遊んでいる3人連れを教えた。2人は華奢なかわいこちゃんだが、1人は若い大男だ。

宇宙民(アストロノーツ)じゃない。低重力環境に慣れていない動きだ。頭ではわかっているけどまだ体が付いていってない感じだ」

「確かに筋肉の付きかたが地上民だな。動きからすると、なにか近接戦闘系の技能持ちだろうが、宇宙軍やうちとは違う動きだ。ずいぶん若いな。対老化処置(アンチエイジング)か、若返りか?いずれにせよ。プロにしてはいろいろとちぐはぐだ」

「素人か?」

「こんな船に乗っているってことは、地方惑星の上流階級出身者って可能性が高いぞ。お偉いさんってのは趣味や健康法で武術を嗜むらしいから」

「マジか」

「まぁいい。念のためマークしておこう。お前は無理に接触しようとしなくていいぞ」

「やんねーよ」

MMの雇い主はドリンクパッケージをダストシュートに捨てると、その場を立ち去った。MMは肩をすくめて、声をかけやすそうな美人を探した。




「(はぁぁ、楽しすぎてダメになるぅ)」

ノリコは、学校で勉強しているはずのもう一人の自分に、心から詫びた。あちらも同じ自分で、記憶は共有されるのはわかっていても、実際に楽しい時間を過ごすのと、楽しかった思い出があるのでは、価値が違う。昨夜、記憶を統合されたときに、つまらない授業の記憶とともに、確かに"ふざけんな!代われ!!"という怒りの感情を感じたので、もう一人の私も同じ意見なのだろう。

「(川畑くんのカッコいい水着姿は、心の目に焼き付けておきますので、許してください)」

蓼食う虫(ノリコ)自身にしか需要がないという意味でプライスレスな記憶を大切に胸に刻みながら、ノリコはウォーターガンを連射した。


「弾切れにならなければ、最後のは当てられそうだったのに~」

「2対1で全然当てられないのはおかしいですよ。ロイさん、避けるの上手すぎです」

ノリコとフラムは悔しそうに川畑を見上げた。

「だいぶ、低重力環境(ここ)での動き方のコツがわかってきたからな」

「射つと反動で体が回っちゃうから、狙うの難しいよね。あせると周りが水球だらけになってワケわかんなくなるし。ゆっくり落ちるだけで転ばないのはありがたいけど」

「気流で制御されてますけど、さすがに撃ち合ってると水球だらけになりますもんね」

「あっ、て思うと背中撃たれるの悔しい」

「顔に当てると、水が鼻や口にくっついて危なそうだからな」

そもそもノリコの"前"は、どうやって固定されているのかわからないデザインの水着が張り付くように覆っているだけなので、怖くて当てる訳にいかなかったということは、黙ったまま、川畑はみんなのウォーターガンをカウンターに返した。

「こちらのヘッドセットをご利用いただければ、安全ですよ」

カウンターのそばにいたウミウシっぽいコスチュームのキャストが、そう言ってにこやかに自分の頭部を指差した。インカム風のそれを3セット借りて、みんなでつけてみる。

「フェイスシールドを降ろせば、水中でも遊べます。エアボトルはプールサイドのバケットで交換してください」

通話チャンネルの設定方法を教わって3人でグループを作ると、早速、みんなで小さめのプールに行ってみた。


「わぁ、きれい」

「水中でも顔に水が当たらなくて、普通に話ができるのいいですね」

一通り機能を試してから、大きいプールに向かう。壁面から天井にかけて大きくそそりたつ水面は圧巻だ。

「ここの水は落ちてこないのね」

「凄いな。どうやっているんだろう」

「まさかフォースフィールドですかね?だとしたら、ジェネレータの無駄遣いが贅沢すぎる。人体に影響はないように制御できるほどの高性能システムなんて、普通のレジャー施設じゃ真似できないよ」

水中に入ると、ライトアップされたモジュールがゆらゆらしていて、とても幻想的だった。船窓側に泳いでいくと、水中に浮かんだまま、大パノラマが楽しめた。

「きれい、星空で泳いでるみたい」

ノリコはうっとりと呟いたが、残りの二人は違う感想のようだった。


「ロイさん、多分あそこがフィールドジェネレータです。メインシャフト沿いのあそこの張り出したところ」

「機関区はフィールドの向こうか」

「角度的には水越しに見えてもいいはずなんですけど。ここの映像、光学処理されてますね。花弁部分が実際よりかなり青く光って表示されてる」

「なるほど。船体の光源が不明なのもそれか」

「船体自体もきっと画像加工されてますよ。あるはずの構造が見当たらない」


なんだかんだと技術的な話を延々と二人でし始める"男の子"達を微笑ましく思いながら、ノリコは風景を楽しんだ。しばらくして、ノリコを茅の外においていたことに気づいた二人は、あわててノリコにブルーロータスの構造の説明を始めた。もちろんこの場合、放置した女の子に宇宙船の構造の話なんかするのは間違いなのだが、理系バカ二人は残念ながらそんな初歩的なマナーすら、把握していなかった。


「ブルーロータスは各機関がメインシャフトで繋がって直線状に配置されてるんだ。大まかに言うと、先頭から順に、貨物区、旅客区及び船橋、機関区だ」

「機関区ってエンジンとかがあるところ?」

「そうです。船体質量の大半を占めるのが機関区です。バニシングエンジンの制御機関やその動力炉本体、通常空間航行用のスラスターと、恒星間航行用のジャンプドライブシステム。そしてそれらの機関から出る放射線から乗船客を守るための巨大な水の防壁を形成するための、フォースフィールドジェネレータです」

「水の防壁っていうのが、あの青い花びらかな?綺麗だよね」

ノリコはわからない単語はとりあえずそういう大事な物があるんだと割りきって、わかる範囲で理解を示した。

「私たちの客室はどこかな?ここから見える?」

「こちら側からだと見えないだろうな。ほら、あの先がレストランがあったところだよ。船内ツアーで見た劇場とホールのあったところがこの下だ。旅客区はメインシャフトを中心に放射状に伸びるスポークシャフトの先に、それぞれ独立性の高いユニット構造が円環状に配置されている。後ろの星や青い花弁を見ると、ゆっくり動いているだろう?あれは俺達のいるプールゾーンも含めて、旅客区全体がメインシャフト周りのハブ構造を中心に回転しているからなんだ」

「今は出港直後で徐行推進中ですからね。明日からの加速期間中は、スポークが閉じて遠心重力式から加速重力に切り替わりますよ」

「へぇ、そんな構造なんだ」

「どういうこと?」

「えーっと、今は客室を回転させて、遠心力の方向が下になって床になってるんだ。ところが、このまま船を加速すると2方向に力がかかるので具合が悪い。だから、傘を閉じるようにスポークを閉じて、客室の床面を加速による重力の方向と一致させるらしい」

川畑は指を開いたりすぼめたりしながら説明しながら、ノリコにどのくらいの基礎知識まではあるのかはかりかねて心配になった。ノリコは追加で説明が必要か迷っている感じの川畑をみて、「面白そうね。また変わるときに教えて」といって笑った。


加速期間中はプールも含めて、低重力階層の施設はお休みになるそうなので、3人はその後、プールゾーンを満喫した。

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― 新着の感想 ―
久々にお邪魔してます。 プール遊びやブルーロータス号の構造の描写、楽しいんですけど正直図面が欲しいです。 (^^;) どこかにヴィジュアルありませんかね。
不定重力環境での構造材や内装の造営基準法とかあったりするんだろうなぁと思うなど
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