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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第6章 豪華客船で行こう

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お部屋にご案内します

トラブルの発生している客室は、最上級の船室のひとつだった。その広々とした優雅な室内には、2組の船客がいた。

「冗談じゃないわ。私はこの旅を楽しみに来たのよ」

華やかな出で立ちで目鼻立ちのはっきりとした赤毛の美女は、人を顎で使って従わせるのに慣れているタイプだった。もう一組は世間ずれしていなさそうな若い男女で、上質だがやや保守的すぎる服装だった。おそらくこちらの青年が、先日までこの部屋を使っていた夫婦の遠縁の甥っ子とやらだろうとベルチュールは思った。派手好きで気さくな夫婦とはまったく似ていないが、若いくせにとにかく地味で無愛想な大男と言われていたのですぐにわかった。経緯を考えれば、どうしたってこちらの若い男女がこの部屋の正当な利用者だが、チケットは気の強そうな女性客にも同様に発行されていた。前の夫婦連れは急用で下船しなければならなくなった当初、部屋をキャンセルしようとしていたので、キャンセルのキャンセルの隙間で発券ミスが起きたのだろう。

ベルチュールはすぐに2組の船客を、特等船客専用ラウンジの別々のブースに案内した。ラウンジスタッフに赤毛の美女を任せて、先に若い二人の話を聞く。

「空いているところがあれば、他の部屋でもかまわないのだが……」

青年は少し困ったような顔をしながら、穏やかにそう申し出た。連れの女性も頬を染めてうなずく。

「あそこはその……し、新婚旅行とはいえ、その……寝室とか……少し派手すぎるので、もっと落ち着ける普通の部屋がいい。できれば風呂の壁が透明でないところで」

彼は新婚の妻を気にしながら、いささか決まり悪そうにそう言った。ベルチュールは部屋の間取りと設備を思い返した。ベットは天蓋付きのキングサイズで、バスルームもちょっとしたプールサイズ。壁面は特に画像を選択していないときはリビングからシースルーな造りだったはずだ。田舎育ちの慎ましいお嬢さんにはいささか衝撃だったのかもしれないとベルチュールはほほえましく思った。

「バスルームの壁は不透明にできますよ」

「ああ、でもあちらの女性はあの部屋を気に入っていたようだから、俺達が譲るよ。空き部屋がないようなら下船してもよいし。まだ戻れるかい?」

ベルチュールは内心であわてた。下船した夫婦は、詳細は語らなかったものの立ち居振舞いは明らかに地方惑星の支配階級だった。その紹介でやって来たなんの過失もない善良な新婚夫婦を、発券ミスで下船させるなんて、とんでもない話だった。

「いえ、お部屋についてはただいまご用意いたします。それまでどうぞこちらでおくつろぎください。よろしければ係のものが館内のご案内もさせていただきますよ」

「では案内してもらおうかな。二人ともこういう船に乗るのは始めてで……実は二人で旅行するのも始めてだから、どうしていいかわからないんだ」

青年はそう白状し、彼の妻と一緒に照れ臭そうに微笑んだ。

ベルチュールは、絶対にこの初々しい若夫婦にブルーロータスの素晴らしい旅を提供しようと心に決めた。




フラム・ロシェは部屋で荷物を確認中に、ふと宇宙ステーションのラウンジで話した青年のことを思い出した。大型旅行ケースに入れていたデータパックを取り出す。中の専門書のいくつかは、船のライブラリでは閲覧できないものだ。見せてあげたら彼は喜ぶかもしれないな、となんとなく思ったら、部屋に一人でいるのが急につまらなく思えた。

教えてもらったコードにメッセージを送ると、すぐに返信があった。彼は今、案内係のスタッフと一緒に館内ツアーをしているという。一緒にどうかと誘われて、フラムは迷った。船内の劇場やスポーツ施設には正直あまり興味はない。でも、船内施設の技術的なあれこれを彼と話すのは楽しいかもしれないと思った。

フラムは落ち合うと返信して、すぐに部屋を出た。




「それなら僕の部屋にくればいいよ」

フラムは待ち合わせたロイ青年から客室のトラブルの件を聞くと、すぐにそう提案した。彼の部屋は2人部屋と1人部屋を繋げた状態だったのだ。元々は父親がフラムと母親を迎えに来て、親子3人で地球に向かうはずだったのだが、母は急な病で死に、父親は仕事の都合とやらで迎えに来られなかったので、フラムだけが広い客室に入ることになっていた。

「ツーベッドルームスイートだけどリビングをつなぐ内扉を閉めれば、普通の1人部屋と2人部屋だから問題ないよ。……話したいときは扉を開ければすぐに会えるし」

「そうか。それはいいな。船員さんに提案してみよう。係の人は今、連れをエステルームに案内してくれていて……ああ、戻って来た」

案内係らしき客室乗務員と一緒にやって来たのは、綺麗な女性だった。

青年が「どうだった」と声をかけると、ややはしゃいだ感じでエステルームの感想を述べかけたが、フラムに気づくと、きちんとフラムの方を向いて丁寧に一礼した。

ロイは、フラムを紹介した。彼女はノリコというらしい。彼が部屋の話をすると、彼女は、とてもありがたいけれど迷惑ではないかとフラムを気遣った。彼女の態度は、優しい感じで不快ではなかった。

青年に連れがいたのは想定外だったが、よく考えたらこんな豪華客船に乗るならパートナーがいておかしくはない。フラムは部屋の件を彼女の存在を考慮して、再検討してみた。なんとなくもやっとしたものを一瞬感じたが、論理的にはまったく問題ないという結論になった。

「かまわない。一人で使うには広すぎるし」

案内係の人がすぐに連絡をとってくれて、いくつかの簡易な手続きの後で彼らは隣同士の船室を使うことになった。




「この度は誠にご迷惑をおかけしました。色々とご配慮いただきありがとうございます。先方にもご納得いただいておりますので、今後のことにつきましても、ご心配はございません。もしなにかありましたらいつでもお声がけください。料金についてはこちらの額を指定いただいた口座に振り込ませていただきます」

ベルチュールはかなり多めの額を提示したが、ロイ・ハーゲン氏は眉ひとつ動かさず、軽くうなずいただけだった。ベルチュールはこの青年に関する評価をやや修正した。彼もまた遠縁の親族と同様にこの桁の金を日常的に動かしているのだろう。

「元々のお部屋のランクで受けられたサービスはもちろん、追加でこちらの内容もご自由にご利用いただけます」

ベルチュールが奮発したサービス一覧を軽く一読して、彼は苦笑した。

「至れり尽くせり過ぎて、申し訳ないよ。ちょっと気分転換してゆっくりできたらそれでよかったんだ」

「いえ、せっかくの機会ですから、ご遠慮なさらず、ぜひ色々お楽しみください」

「そうだな。彼女はこういうの喜ぶと思う。俺は一緒に過ごせるだけで十分なんだが、向こうは俺と部屋にいるだけじゃつまらないだろう」

ベルチュールはにっこり笑った。サービス一覧を作成する前に、彼の奥様に相談したとき、彼女も"一緒に過ごせるだけで十分だが、相手が楽しめそうなことなら一緒にやってみたい"と言っていたのだ。

「オススメのプランをいくつか作っておきましょう」

部屋にこもってイチャイチャしていてもきっと満足しそうなこの二人を、意地でも引きずり出してやろうと、ベルチュールは思った。




「なんだか夢みたい……というか、私にとっては実際に夢みたいなものなんだけど」

やっと部屋に戻って一息つけたときに、ノリコは自分は偽体だと打ち明けた。

「ええっ!?それ本体は大丈夫なのか?」

「うん。本物の私は、なんかちゃんと寝て起きて学校もいけるらしいよ。今ここにいる私はコピーみたいなもので、夜に寝ている間に本物と記憶をマージするって言ってた。だから、向こうの本物(わたし)はこっちの偽体(ワタシ)が体験したことを夢に見て、こっちの偽体(ワタシ)は向こうの本物(わたし)の夢を見る感じなんだって」

「それ大丈夫なのか?」

「お互いこまめに意識を擦り合わせるから、コピーと本物が別人になっちゃうリスクは低いんだって。本物の身体が空のまま放置されることもないから安全だって説明された」

「ふーん」

「体は別々だから、エステにいっても本体に効果がないってのは残念だよね」

「のりこはそのままで十分だと思う」

真顔で言われて、ノリコはしどろもどろになった。

「ひゃ、いや、そ、そんなことは、全然…ない…です……。あ!でも髪を染めたり、切ったりしても、実生活に影響でないのはいいかも」

「切るのはもったいないなぁ。せっかくこんなに綺麗な髪なのに。おお、すごいなぁ。偽体といっても髪の色も手触りも本物と同じなんだ」

首筋から手を差し込まれ、髪を指で鋤かれたせいで、ノリコは耳まで真っ赤になった。

「川畑くん、中身の私の感覚も本物と一緒だからね」

「あ、ごめん。どこか引っ掛かって痛かったか。なんかすごくサラサラで指通りいいけど」

川畑は、半分手癖のようにノリコの髪を編み始めた。

「ひゃああ、川畑くん……」

「あ、そうそう。ここにいる間、その呼び方禁止だから。どこでどう聞かれるかわからないので、念のため二人でいるときも止めておいてくれ」

「ううう。じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「一応、俺の名前はロイ・ハーゲンってことになってる」

「なんでそんな名前なの?」

「前回、それっぽい名前を急に名乗るはめになったとき、直前に帽子のあいつが名乗ってた名前が"ロイヤル・コペンハーゲン"だったんだ」

「お皿?なんで?」

「愛称は"デンちゃん"らしい」

「なんで?」

「特に理由はありません」

「わ!」

急に隣に帽子の男が現れて、ノリコは思わずソファーの反対方向に身を引いた。

「いかがですか?豪華客船のエグゼクティブスイートは……って、あれ?ここ妖精王様達とは別の部屋ですね」

「なんかチケット手配でトラブルがあったらしくてここになった」

「おや、すみません。大丈夫ですか?」

「ああ、前の派手な部屋より内装が落ち着いていて気に入っているよ。ビジネス向けらしくて、いい書斎も付いているし」


普通に雑談をする二人の間で、ノリコはさっきうっかり川畑の方に身を引いてしまったせいで、そのまま川畑に抱え込まれて身動きが取れなくなっていた。

「えーと、かわば……じゃなくて、ハーゲンさん?」

「ノリコさん、新婚夫婦って設定だからファミリーネーム呼びは変ですよ。"ダーリン"ぐらいいわなきゃ」

「ふわっつ!?」

「それは呼ばれたくない」

「そうですか?そういえばこの船の船長さんはダーリングさんっておっしゃるらしいですよ。元銀河連邦宇宙軍の英雄だそうです。なんかカッコいいですよね」

「あ、わかる。"銀河連邦宇宙軍"のコテコテの響きの強さは凄い」

「宇宙軍のマークなんて"流れ星に宇宙船"というベタさですよ!銀河海運の"渦状銀河と宇宙船"マークもいかにもって感じで好きですけど……あ、でもコテコテな訳語は、川畑さんの語彙のせいです」

「そういえば、そうか。あっ、のりこ。いい手があるぞ。うっかり、川畑って呼んだときは、自動で翻訳時に変換してもらえばいいんだよ。できるだろう?」

「ノリコさんが今使ってる翻訳システムは、"翻訳さん"とは別ですが、それくらいはできますよ」

「じゃあ、頼む。"ハニー"も"ダーリン"も禁止な。あと、妖精語での会話もできるようにしておいてくれ、内輪の秘匿会話手段が欲しい」

「了解です。設定終わりました。あと、この部屋の秘匿処置も終わりました。この世界の通常の科学的手段では、この部屋内での異世界転移がばれそうな会話や映像は取得できなくしたんで安心してください」

川畑は驚いたように帽子の男をみた。

「お前が有能に働いている……」

「あ、設定してくれたのは局のサポートスタッフです。ノリコさんの偽体の管理もしてくれてます」

「なるほど。安心した。この偽体って、なにか注意事項あるか?飲み食いとか」

「食事などは通常の体と同等にできますよ。現在の身分にふさわしい基本マナーは、特に意識しなければシチュエーションにあわせて体が動いてくれますので船内レストランなどでの食事も安心です」

「俺にはマナー集読めって言ったくせに」

「川畑さんは偽体じゃないからしょうがないです」

川畑は恨めしそうに帽子の男を見たが、取り合ってもらえなかった。


「注意事項といえば、そうですねー。本体との情報交換のため、夜に6時間スリープモードになります。この間はノリコさんの意識はありません。死体と間違われると困るので、普通に寝ているような状態になります。無理やり起こすと、偽体のオート反応のみで動くので、寝ぼけてボーッとしてる感じになると思います。時間が経ったらちゃんと意識が戻るので大丈夫ですよ。ただしスリープモード中のことは記憶に反映されません」

「ふーん……」

川畑はノリコの偽体を見下ろした。外観といい、抱えた感触といい、本物とまったく変わりなかった。

ノリコはちらりと川畑を見上げた。

「えーと、どういうことかな?」

「君はなにも気にせずに行動できるし、夜はしっかり安眠できるってことだよ」

「それは……アリガタイデス」


ノリコは努めて考えないようにしてきた就寝時の問題が解決して、ほっとした。"新婚旅行"という設定だと知らされてキングサイズのベッドがある部屋に案内されたときは、卒倒するかと思ったし、川畑のやたらに優しい旦那様な演技もかなり心臓に悪かったが、この分ならなんとかやっていけるかもしれない。

「(あとは彼のこの"抱っこに躊躇がない"ところにさえ慣れれば……って慣れていいんだろうか、私)」

色々シャイで奥手なくせに、彼女を抱きかかえることは平気で、いったん抱え込んだらしばらく離してくれない川畑の悪癖?に、現在進行形で慣れさせられながら、ノリコは遠い目をした。

川畑「スリープモードの設定に悪意を感じる」

D「むしろ善意と配慮の塊じゃないですか」

川畑「無防備で、問題だらけじゃねえか」

D「ノープロブレムかつノーカウントです」

川畑「……」

D「良い旅を?」

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