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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第5章 魔王の倒し方

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青をこころに一、二と数えよ

昼間だというのに外はなお薄暗かった。ランバーの聖堂に避難した人々は、いくつか持ち込まれた燭台やランプの小さな明かりの周囲に身を寄せあって、不安な時を過ごしていた。

「今のうちに、何か食べるかい?朝から何も口にしていないだろう」

皇子はシャリーに声をかけた。

「ありがとうございます、殿下。でも、私にお気遣いは結構です。食べ物があるなら、小さな子供達か赤ちゃんをつれたお母さんにあげてくださいませ」

「私からみれば、君も十分、小さな子供なんだがな。聖女殿」

「……その呼ばれ方は好きではないです」

「聖女?それとも、小さな子供?」

「どちらも」

「それは失礼した」

皇子はシャリーの手を引いて、椅子に座らせた。従者が用意した暖かい飲み物の入ったカップを、皇子はシャリーに手渡した。

「飲み物ぐらいは飲んでおきなさい。そう気を張っていては体が持たないよ」

固辞しようとするシャリーを、皇子は柔らかく説得した。湯気のたつカップを持ったシャリーの手がわずかに震え、伏せた目が潤んだ。

「不安なのかい?」

シャリーはうなずきかけ、そんな自分自身を否定するように首をふった。

「信じて待とう。まだ彼が出てから一刻も経っていないじゃないか」

「でも、ずっと空は暗いままで……妖精達もいないの。私があの人を行かせてしまったから、あの人も帰ってこないんじゃないかって思うと……」

「大丈夫。彼は帰ってくるよ。それに、彼や妖精達が帰ってくるまでは私が君を必ず守るから。ね?」

シャリーは涙で潤んだ目をあげて皇子の顔を見た。

「どうしてこんなに良くしてくださるのですか」

澄んだ泉のような目をした、銀髪の少女は儚げで、彼女自身が妖精のようだった。皇子はつい口説き文句のような美辞麗句を並べそうになったが、相手が彼の"大切な人"であることを思い出して、踏みとどまった。

「彼は私の魂の主だ。我が君の一番大切な人を守るためなら、私はなんでもするよ」

「一番大切な人……私はそうじゃないです」

シャリーは目を伏せた。美しい滴がこぼれて、カップを持ったままの手を濡らした。

「どういうことだい?だって彼は君を助けるために、妖精王の城に乗り込んで王と一騎討ちまでやったんだろう?」

「それは私のためじゃありません。彼には身分違いの恋人がいて……あの人、そんな事したんですか?」

「身分違いの恋人?その話、もう少し詳しく!」

皇子とシャリーは顔を見合わせた。

川畑への気持ちを色々拗らせている二人は、彼に関する情報を交換することで同意し、濃密な話し合いの結果、同胞意識と同族嫌悪の絆で結ばれた。




どちらがより彼に心酔しているかについて、皇子とシャリーが不毛な論争をしていると、ふいに小さなきらめきが2つ、聖堂に入ってきた。

『シャリー!ただいまー』

『うまー!シャリーだいじにしてたかー』

青と黄色の輝きは、二人の周りをクルクル回った。

「カップ、キャップ!無事だったのね」

『うん。おーさまがよんでるよ』

『そとにきて』

二人は妖精を追って、あわてて聖堂の外に出た。

聖堂の前には、緑色のドレスを着た女性を横抱きにした川畑が立っていた。彼はその亜麻色の長い髪の女性をとてもいとおしそうに抱いていて、シャリーは一目見ただけで、それが彼の"一番大切な人"だとわかった。皇子は川畑から強い精霊力を感じた。彼が抱えている女性も彼の力に包まれている。周囲にまで精霊力が戻ってきているのに気づいて皇子は驚いた。

「魔王に勝ったんだな」

「ああ。これから魔王が壊しかけた世界を治す。協力してくれ」

川畑はしごく穏やかにそう言った。




複数の(ヌシ)による共通認識で支えられた世界の中に、単独で世界を発生させるほどの(ヌシ)となれる思考可能存在が現れることがある。通常はその世界の共通認識が強化されるだけだが、その個体の思想が異端である場合、派生世界が形成されることがある。

最初は一人の女性だった。彼女は妖精や精霊の出てくる物語を好んだが、それほど深く物事にこだわる質ではなかった。しかし思考可能存在としての能力は強力であり、彼女は自身の出身世界で日常生活を送りながら、無意識に派生世界を発生させていた。作られた世界は法則性や規則性の薄い、ふんわりした設定の世界で、強い個性や自己主張のない眷属の妖精が、微睡むような永遠の日常を過ごすところだった。

転換は彼女が恋をしたときに訪れた。彼女の夫となった男は、彼女自身だけではなく、彼女が心の中だけで訪れることができるという妖精の世界の話も愛した。それだけならば単なる作家とファンの間柄だったのだが、幸か不幸か彼女の夫もまた彼女と同等もしくはそれ以上の世界構成力を持っていた。

二人は世界を共有した。

凝り性の男のお陰で、彼女の世界ははっきりとした輪郭を持ち、豊かに輝いた。しかし、楽園の日々は長くは続かなかった。

子供を失ったことで、彼女が現実から逃避したのだ。彼女は生まれた世界での肉体を捨て、自分の創った世界に逃げ込んだ。

彼女の夫は、脱け殻になった妻の体を抱いて愕然とした。この時、初めて彼は妻の世界が、現実の生活に影響を及ぼすもう1つの現実であることに気づいたのだ。

彼は妻の魂を連れ戻すために、精霊の世界を訪れた。妻に子供との別離や死を乗り越えてもらいたくて、その世界に人の営みを創り、成長と死と再生の概念を組み込んだ。

だが、妻の心が癒えたときには、もう彼女の元の世界の肉体は朽ちていた。彼女は、夫だけでも元の世界に戻ることを望んだ。彼は彼女の望みに従ったが、元の世界で生活を続けながらも、彼女の世界の再構築をやり続けた。満足のいく世界ができたとき、彼は元の世界での生活を清算した。

二人は精霊の世界で幸せに暮らした。そして自らが生み出した世界の人々のために最後の決断をした。




「生命の精霊と死の精霊は、この世界を創った後、この世界の人々のために自らの魂を分けたんだ。本来、この世界に対してなんの影響力も持ち得なかった人々は、精霊の魂の欠片を与えられたことで、世界の主となれる可能性を手に入れた。人が生まれ、成長し、子を生み、またその子が育つサイクルの中で、精霊の分けた力もまた育っていった」

川畑は、皇子とシャリーを見透すような目で見た。

「君たちは精霊の力を強く継いでいる。そして、もって生まれた力がその後の経験でさらに強められている。この世界を継ぐものとして、創世を手伝ってくれ」

シャリーは戸惑った。帝国の聖なる血統に生まれ、妖精女王に見込まれて精霊界に招かれた皇子殿下はともかく、ただの商家の娘の自分がそんな大それたものだとは思えない。

「手伝うといっても、何をすればよいのでしょうか」

「君は思い願うだけでいい。妖精と共に生きる世界を」

「我が君、私は?」

「お前は精霊界の妖精王と世俗の権力者の関係を。この世の統治と世界をしろしめす力の制御の区分と役割分担を明確にしろ」

川畑は聖堂から出てきた人々の中から見知った顔を見つけた。

「ミルカ。君は聖典をそらんじていたな。俺だけだと聖典以外の法則が組み込まれてしまう。君の知識を貸してくれ」

「は、はいっ!」

訳がわからず目を瞬かせながらも、勢いよく返事をしたミルカにうなずくと、川畑は城壁から駆け寄ってきた人の方を振り向いた。

「ロッテ!この後の世界にも魔法と魔術が必要ならば、お前がしっかりとイメージを持て。お前に力があるのかどうかはわからんが、この世界の魔術体系をまともに学んだのはこの場ではお前だけだ」

「ええっ、急になんの話!?」

ロッテは狼狽したが、川畑は取り合わなかった。川畑は集まった人の中にソウを見つけて微笑んだ。

「カギは開いたぞ。妖精王の城は魔王から取り戻した。これから妖精王の城を迷落の森に下ろし、精霊界とこの世界を統合する。お前は妖精王の城がある新しい森の姿を考えてくれ」

「自分がか!?」

「勇者に関わったお前達は今の世界の歪みの影響を多く受けている。それはまた世界を正す力も持っているということだ」


彼の周りで風が渦を巻き、彼が抱えていた女性の体がふわりと浮き上がった。その一瞬で彼の体は白い甲冑に覆われ、彼はその金の装飾の入った白い硬質な腕で、再び精霊のような女性を慎重に抱き締めた。ほとんど意識がないのか、ぐったりした女性を、片腕で支えるように縦抱きにして、異形の騎士は雲の垂れ込めた暗い空を見上げた。

天に向けて伸ばした彼の左腕に、金属質の何かの道具が現れた。ソウはそれが彼から貸してもらった武器に似ていることに気がついた。その筒状の突起物の先端が輝いたとき、何らかの力がそこから放たれ、頭上の雲が一気に吹き払われた。

雲が晴れた空は異様な色をしており、金色の光冠(コロナ)に縁取られた真っ黒な太陽が天頂に座していた。

「妖精王の正当な太陽の力を呼び覚まし、世界に青空を取り戻す」

異形の白騎士の背に翼が現れた。

銀色の星屑のような輝きをこぼしながら、白騎士は翼を広げて飛んだ。

「3つ数えた後に、世界を想起する。総員備え!」

あるものは空を見上げたまま手を祈りの形に組み、またあるものは膝をついて頭を垂れた。

「1、2……」


川畑は青い空を想った。

大気組成もスペクトルも思念から閉め出した。地球世界の物理法則を導入してはいけない。柔軟にこの世界の有り様を受け入れて、この世界の理を持って成さねばならない。


「青空なんて青いから青いんだ」


キャプテンのバカ笑いが聞こえた気がした瞬間、無理と道理がカチリと噛み合って、全部まとめて新しい世界の設定に飲み込まれた。


目を閉じて祈りを捧げていたシャリーが、目を開けて人々と共に空を見上げると、澄んだ青空に燦然と輝く太陽を背に、翼のある騎士が光る宝珠を掲げもっていた。

異形の騎士は己が抱えている女性に、その宝珠を恭しく捧げた。女性が宝珠を受けとると、宝珠から四方八方に光の筋が延びた。騎士は光の先を確かめるようにぐるりと辺りを見回した後、ゆっくりと舞い降りてきた。

着地して、涼やかな音を立てて翼が畳まれるのと同時に、白い甲冑は細かく折り畳まれて消えた。

人々は世界を再生した精霊に、膝を折り、頭を垂れた。




『のりこ、大丈夫か。体におかしなところはない?』

『うん、もうすっかり大丈夫。ごめんね、心配かけて。太陽黒くなくなったね』

『ああ、各地に散っていた魔物の残りもこれで力を失ったはずだ』

『強いものもさっきの光ですべて消えたはずよ。この水晶球、玉座と同じだわ。離れていても支配下にあるもののことはわかるの』

『そうか』

川畑は抱えていたノリコを一度降ろそうとして、また抱え直した。

『え?降ろしていいよ。川畑くん』

『のりこ裸足だから』

『そんなの気にしなくても……』

『降ろしたくない。ダメか』

『……ダメじゃないです』

ノリコは赤面してうつむいた。

誤:聖なる精霊

正:バカップル

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