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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第5章 魔王の倒し方

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暗黒水晶の再生

「おい、D」

「はいはい、なんでしょう」

帽子の男は呼ばれると、ひょいと顔を出した。

「こいつの元の体が日本にちゃんと残っているかわかるか?」

川畑はうずくまったまま石のように固まってしまった元勇者を指差した。

「えーっと、局で調べれば何とか?」

「残ってたら、召喚前の体に戻してやってくれ。喪失してたら、体を局で用意してから、こいつの家の近くに放り出しとけ。もしどうしても実家に戻るのが嫌だといったら俺たちがさっき飛ばされてた異界にでも連れていけばいいだろう。あそこなら初期化が終わってて設定しやすい」

「面倒な注文ですね。このまま転移させるだけじゃダメなんですか?さっき普通の体にしたとか何とかいってたでしょう」

「一時的に、この世界の勇者仕様じゃなくて、普通の日本人の体の構造モドキにはできるんだけど、しょせんモドキだからな。遺伝子情報わからないから、そこまで精密に再現できないんだ。時間が立つと異常が起きるか、奇跡的に上手くいっても元とは似ても似つかん姿になるから、今は元通り召喚に使用された石像の構造に戻した」

「うへぇ。それなら普通に局で召喚術解除した方が安全ですね」

帽子の男は困った顔をして、帽子の上から頭をぽりぽり掻いた。


「ところで、キャプテンうんぬんの話はどうなったんですか」

「それなら……おい、カップ。風呂敷どうした?」

『あそこだよ』

カップは高い天井付近に吊るされた台座を指した。帽子の男はふわりと浮き上がって、台座を見に行った。

「あ、ホントだ。この"キ"印はキャプテンのですね」

「俺は今来たところだし、のりこはそこまで届かない。あとは小さい妖精しかいないんだから、その高さの台座の上で、重い水晶球の下敷きになってる風呂敷があいつのものなら、キャプテンがこの世界に介入した証拠になるだろう」

『おーさま、これはね』

「な、カップ、キャップそうだろう」

『そーだね、キャップ』

『そーだね、カップ』

主の笑顔を見て、妖精達はこくこくとうなずいた。ノリコは事情はわからなかったが、とりあえず川畑の隣で黙って微笑んでおいた。


帽子の男は四方から風呂敷の状態を眺めてから、証拠品として持ち帰りたいと言った。川畑が左手を振ると、水晶球の真上に小さな黒い穴が出現した。穴の吸い込み半径にはいった水晶球と風呂敷は、真上の穴に向かって落っこちた。

左手の上に出現した水晶球と風呂敷を、川畑は受け止めた。帽子の男は呆れた顔で川畑の隣まで降りてきた。

「また、ずいぶん器用なことができるようになってますね」

「剣や鎧の出し入れのために、物質の転移はかなり練習したんだよ。風呂敷入れるからいつもの受け取り口開いてくれ」

「はい。では、こちらにお願いします」

川畑は帽子の男が開けた穴に、風呂敷を入れた。

「じゃぁ、あいつを頼んだぞ。こっちの後始末はしておくから」

「あー、はい。わかりました。あとはお願いします」

「また提出書類の作成は手伝うよ」

「ありがとうございます。では」

帽子の男は軽く一礼して消えた。それに合わせて、勇者の体は細かい砂になって崩れた。


「さて、最後にもう一働きだ」

川畑は傍らのノリコに笑みを向けた。

「のりこ、付き合ってくれ」

「はいっ」

今の一言を聞けただけで、今回巻き込まれたすべてを許せる。と、ノリコはかなり真剣に思った。




「両手でしっかり持ってて」

川畑はノリコに水晶球を渡した。

キャップから水晶片を受けとると、それを欠けた水晶球の割れ目にはめる。水晶片の中の火が金色に踊って、曇っていた水晶球全体が輝いた。川畑が表面を撫でると、球は傷1つなくなり、綺麗に澄んで、中央に揺らめく小さな輝きを灯した真球となった。

「壊されて、命の火を弄ぶ呪術具みたいな扱いを受けてたけど、こいつは、妖精王の太陽の力を制御して世界を安定させる宝具みたいだ」

自分の語彙準拠で"ダーククリスタル"なんて名称になっていたなら、おおむねそういう性質の代物だと、川畑は確信していた。なにせ彼にとってのその単語の概念には、同名の古い映画の設定がまるごと含まれているからだ。この水晶球の性質がそれから程遠いなら、翻訳さんは川畑の語彙から別の単語を当てはめていただろう。


「綺麗……でもなんだか輝きが不安定ね。消えてしまいそう」

ノリコは球を覗き込んだ。

「もう少し力を注いでおいた方が良さそうだな」

川畑の指先から緑色の灯が現れたが、水晶球の表面で弾けて散ってしまった。

「あれ?」

「緑はダメなんじゃないかしら?」

ノリコは首を傾げた。水晶の中にある火は、自分の中に感じる力と同じ感じがするが、川畑の緑の炎はなにかが違う感じだった。

「どちらかと言うと、妖精女王さまの炎に近いよね。さっきの緑の炎。この水晶球が太陽の力を宿すのなら、太陽と月で属性が違うんじゃないかな?」

「なるほど」

川畑は自分の手と、水晶球と、ノリコを順番に見てから、おもむろにノリコの手に重ねるように手を添えて、一緒に水晶球を持った。

「え?何?」

「今の君の体には、妖精王の炎と同質の力が宿っている。召喚時に使われた悪い力を浄化した時、水晶片の中の火を参照して変換したからだ。死の精霊が還った時に解放された力も君が取り込んでいる。だから、その力を使わせてくれないか。大丈夫、生命の力が無くならないように、代わりに俺から力を渡す。もともとその体は、生命の精霊用の体で、妖精女王の力とも馴染みがいいから平気なはずだ」

両手を握られて真っ正面から見つめられ、ノリコは緊張した。

「もっと楽にしてくれた方が力の操作がやり易いんだけど、やっぱり怖い?」

「ごめんなさい。でも、こうやって向かい合ってるとなんかちょっと……」

「じゃぁ、こうしよう」

恥ずかしい、と言おうとしたノリコの気持ちを履き違えた川畑は、ノリコの背後にまわって、後ろから両手を伸ばして、ノリコの手に重ねた。

「これなら大丈夫かな。できるだけリラックスして、力を抜いてくれ。もたれていいから」

絶望的に間違った方向に気遣いを重ねた川畑は、もう一歩近づいて後ろから抱き込むように身を屈めた。

貴重品(水晶球)で両手がふさがったノリコは、ろくな抵抗もできずに、結局、ぴったりとホールドされるはめになった。

「(この状況でどうやってリラックスしろと!?)」

ノリコは内心で悲鳴をあげたが、世界を救うために真面目に頑張っている川畑を困らせるのは嫌だったので、無理やり平静を装って、落ち着いて身を任せるふりをした。

「気を付けてゆっくり入れる。もし不快だったり、痛かったりしたら言ってくれ。すぐに止めるから」

ノリコはぎゅっと目を閉じた。

ふれ合っているところから、川畑の熱がゆっくりと体に入ってくるのを感じた。

「あ……」

絶対にノリコに不快感を与えないように、川畑は細心の注意を払って精霊力を操作した。その結果、ものすごく気持ちいい(・・・・・)という、それはそれで厄介な状態が発生していた。

ノリコの体の奥で、熱が渦を巻き、重ねた手から水晶球に力がゆっくり注がれていく。

「もっと早く動かしていいか」

ノリコがなんとかうなずくと、川畑は操作する力の量と速度を上げた。

「……すごい」

水晶球の輝きが強くなった。

コツを掴んだ川畑は順調に水晶球に力を充填した。ノリコが気持ち良さそうな反応をする力の流し方もわかったので、そのポイントを外さないように気を付けながらガンガン力を注ぎ込んだ。

気がつくと、ノリコがかなり荒い呼吸をしていて、川畑ははっとした。

「のりこ、大丈夫か」

「いい……やめないで……」

全然、大丈夫ではなかった。

川畑はあわてて、力の充填を止めた。


「おーさま、またやっちゃった?」

「おーさま、やらかした」

それに関してはぐの音も出ない川畑は、あまんじて妖精達の批判を受けた。ぐったりしたノリコを抱き抱えると、水晶球を持ち替えて頭上に差し上げる。出現位置を調整して穴を発生させると、川畑の手の上から水晶球が消えて、台座にコトリとはまった。

カップとキャップはわくわくしながら様子を見ていたが、水晶球にはなんの変化もなかった。

「なんにもおきないね」

「おかしいね」

ノリコの介抱で手一杯の川畑は、上を見もせずに尋ねた。

「ダメか?」

「うん。おそらへんだからムリ」

「おひさま、まっくろけだもの」

耳元で名前を呼んだり、手を強く握ったり、体をさすったり、いろいろ手を尽くしたが、とろんと脱力したままで、いっこうに治らないノリコの様子に気を揉みながら、川畑は思案した。

「おいで。カップ、キャップ」

「はーい」

「どうするの?おーさま」

川畑はノリコを抱き上げた。


「青空を取り戻しに行こう」

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