勇者の葬送
「……っぉおりこぉおおおおお!」
ド派手な音を立てて、天窓の飾り枠を全損させて、その白銀の流星は黒い石造りの大伽藍に飛び込んできて、不自然な軌道で飛び蹴りを決めた。
「っぷぺぎゅぅっふ」
真っ正面から食らったアキハルは、3回回って吹っ飛んだあげく、放置されていた棺の角にぶつかって、床に倒れ付した。
片手、片膝をついて着地した白い異形の騎士は、涼やかな音を立てて銀翼を閉じて、立ち上がった。翼が畳まれるのと同時に、白い甲冑は、なにやら不可思議な動きで細かいパーツに別れて折り畳まれ、3次元では説明のつかない方法でどこかに格納された。
甲冑の中から現れたのは、学生服姿の川畑だった。
「のりこ、遅くなった」
「川畑くん!無事だったのね」
嬉しそうに川畑に駆け寄ったノリコは、チラリと、広間の先に吹っ飛んだアキハルを見た。
「あれ、大丈夫かな」
「え?まずかった?なんかゾンビっぽいのがのりこを襲おうとしてたから思わず倒したけど」
「ううん。大丈夫。助けてくれてありがとう、川畑くん」
ノリコはあっさり言った。
「なんかあいつ、日本人みたいなの。日本での私のこと知ってるようなこと言ってて……。でも、一方的に襲ってきて気持ち悪かった」
ノリコはストーカー認定した男を遠目に恐々眺めた。
アキハルはうめきながら身じろぎした。
「あ、とりあえず生きてる」
川畑はノリコをかばうように立つと、アキハルを冷ややかに見下ろした。
「のりこはあいつを知っているのか」
「ううん。全然知らない人」
ノリコは川畑の背中に隠れるようにして、おそるおそるアキハルの様子を伺った。
意識を取り戻して、顔を上げたアキハルは、憧れのノリコが、急に現れたどこかの大男の二の腕に手を添えて、いかにも彼氏に守られてますといった風情でこちらを見ているのに気づいて激昂した。
「なんだその男は!俺がいるのに、そんな奴にベタベタして!」
川畑は肩越しにノリコの方を見た。
「知らない奴なんだよな?」
「うん。全然知らない人。……それにベタベタもしてないよ?」
ノリコはそっと川畑の二の腕から手を離して、学生服の肘のところをつまんだ。
「あ…うん」
なんとなくお互いに照れた二人の甘酸っぱい空気を切り裂くように、アキハルは絶叫した。
「お前だな!俺の異世界転生を邪魔した奴は!」
アキハルは立ち上がって、川畑を指差して怒鳴った。
「その制服と校章!学歴マウントのつもりか!バカにするなよ。いつから邪魔してやがったんだ。なんかおかしいと思ったんだ。魔法使いは虐められてたのを助ければ従順になつく清純派じゃなくて、ツン増量の毒舌女だし、女騎士は筋肉ダルマの男だし、聖女は亡くした妹のトラウマの心の隙を埋めてやれば攻略できる気弱な美女で、その兄は悪の大神官で涙の対決のはずなのに、妹は生きて聖女になってて、姉はキッツい騎士、兄はただの学者で全員俺から逃げるっていう謎展開!設定もストーリーもメチャクチャだったのは、全部貴様が悪いんだな!!」
アキハルの暴論は、なんの根拠もない八つ当たりだったが、あながち間違いでもなかった。
「まぁ、俺のせいだな。……パピシウスの件以外は」
「あっ、お前、よくみたらパピ子と仲の良かった馭者じゃないか!なんだアレかお前、脇役モブ転生の追放系逆転ざまぁのつもりか!?地味な顔しやがって」
「川畑くんは、地味なんかじゃないよ。かっこいいよ!」
「いや、無理して言い返さなくていいぞ、のりこ。他は支離滅裂だが俺が地味なのは当たってる」
「ううん!川畑くん、彫り深いし、鼻筋綺麗だし、睫毛意外に長いし、口許もキリッとして男らしいし、声も素敵だもん!」
「ぐ……」
ノリコは二人の男にそれぞれ違う意味でダメージを与えながら捲し立てた。
「頭いいし、頼りになるし、優しいし……何より知らない間に私のことこっそり見て勝手に彼女だとか何とか一方的に妄想するなんて気持ちの悪いことしたりしないもの!」
「ぐぐぅ……」
ノリコは二人の男にそれぞれ同等に致命的な大ダメージを与えた。
先にショックから立ち直ったのは、心の棚が広いアキハルの方だった。
「そうか。そっちのジャンルだったのか。幼なじみの女が実は性格の悪いビッチで、裏切られた勇者の俺が復讐する話なんだな」
アキハルはひきつった笑いを浮かべながら、傍らの棺の中から剣を取り出した。
「お前はいい加減、フィクションとこの世界の区別をつけろ」
川畑は剣を構えた相手からノリコを守るために、やや前に出た。
「元の世界に戻れ。そうでなければ別の世界を建てろ。この世界はお前の妄想には向いていない」
「うるさい!俺に指図するな。俺はこの世界の主だ」
アキハルは剣を振り回した。川畑は慎重に間合いをはかりながら、相手を説得しようとした。
「借り物の体で自分に会わない世界の主になる必要はない。世の中にはもっとお前向きの軽い設定の世界がある」
「なんの話だ」
「この世界はもともと別の人間、後に死の精霊と呼ばれた男が作ったものだ。お前のその体は、死の精霊がこの世界に住むために造り、残した体で、大聖堂に祀られていたものだ。こちらの世界に来てから感覚がおかしかっただろう。それはお前が他人の体で他人の作った世界にいるせいなんだ」
「なんだって……」
アキハルはショックを受けたようによろけた。
「いいか、設定をみる限り、この世界を作った男は現代日本のライトなゲームやコミックのなんちゃって中世の世界観は知らない。かなりゴリゴリのリアル思想の持ち主が、無理やり惚れた女のファンタジー設定に合わせて辻褄を合わせて世界を創ったんだ。王都の城や聖都の大聖堂の規模がショボいと思っただろう?あれはおそらくこの世界の人口と社会体制と経済規模で無理なく生産、維持できるラインを見極めてああなってる。だから謎建材も謎工法もなしな小規模な建築物になってるんだ。それと同じ思想が衣類にも食事にも反映されている。トマト、ジャガイモ、トウモロコシといった新大陸由来の作物はもちろん、インド、中国産の作物さえ主要な農作物の元ネタに取り込まない徹底っぷりの世界創造主と、ピンクのミニスカートの魔法少女とチョコレートアイスクリームの食べ歩きがしたいお前が同一世界の主として共存できるわけないだろう」
「な、な、チョコアイスの何がいけないんだよ!あって当たり前だろ!!魔法のある世界なんだからそれくらいできんだろ」
「その根本的な発想の不一致が世界に歪みをもたらすんだ。このままお前が主になってもこの世界は維持できん」
「うるさい!黙れ!」
アキハルは川畑に切りかかった。
『おーさま、どーぞ!』
声がした方から、消防斧が縦回転しながら飛んできた。川畑は片手でそれを掴んで、アキハルの剣を止めた。
「カップ!刃物を渡すときのマナーがなってないぞ!」
川畑は手斧でアキハルの剣を払うと、クルリとコンパクトな動きで刃をかえして、裏側のピックで一気に剣を叩き折った。
「わからん奴だな。試しにお前、地球での体と同じ構造の体でこの世界を経験してみろ」
川畑が片手で手斧を回すと、斧は手品のように虚空に消えて、その全身はあっという間に白い甲冑に被われた。異形の騎士は一振りの華奢な剣を抜いた。ルビーとサファイアの刀身が輝き、川畑の動きに合わせて光の残像がV字に煌めいた。
V字の光跡が残ったアキハルの体は硬直し、一度真っ白になってから爆散した。
川畑が剣を振って鞘に納めると、彼の白い鎧は再びいずこかへ格納された。白い爆煙は逆再生のように収束して、呆然としたパンツ一丁の少年の姿になった。
「……な、何が起こったんだ」
「お前の体を"普通の日本人"の構造に再構成した」
川畑は打ち捨てられていた兵士の荷物から水袋を1つ拾って、アキハルに投げた。
「飲んでみろ」
アキハルは受け取った水袋を見て、口の中がカラカラなのを感じた。そういえば、こちらの世界に来てから、飲み食いはしていたののの、明確に餓えや乾きを覚えたことはなかった気がする。
彼は水袋の口を開けて、中の水を一口飲んだ。
「どうだ」
アキハルは激しくむせて、水を吐き出した。
「飲めたものじゃないだろう。蒸留どころか煮沸も濾過もしていない生水を革袋に入れて数日持ち歩いてるんだ」
川畑はうっそり笑った。
「本気でこの世界に住む気なら、水はそいつがスタンダードだぞ。"勇者"の体でなければ、腹を壊すのは覚悟しろ」
アキハルは絶望的な顔をした。
川畑は腕をくんで淡々と告げた。
「味付けの基本は塩のみ。白砂糖は存在しない。果物の平均糖度はスーパーのトマト以下。TVなし、インターネットなし、娯楽は祭事の宗教劇程度、しかも伝統様式が尊重され新機軸は好まれない。お前、こんな世界で本当にやっていけるのか?」
片眉をあげて、冷めた口調のまま続ける。
「俺は無理だ。お前も俺と同じで、骨の髄まで現代文明の消費者だけど、技術革命起こすほど製造知識は修得してないだろう。ユルい世界ならともかく、ここまで作り込まれた世界で企業努力の成果の再現は、いくら主でも不可能だ。チョコアイスやコーラが恋しいなら帰れ」
川畑は最後にどうでも良さそうに付け足した。
「それからこの世界に獣人はいない。ケモミミ美少女侍らせたけりゃ、別の世界を見つけるんだな」
「う、うわああああああ!!」
アキハルは頭を抱えてうずくまった。
太陽剣オーロラプラズマ返しか、天空剣Vの字斬りかで迷った。




