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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第2章 ボーイミーツ……

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困った男

「はい。到着~」


気の抜けた声とともに、川畑は花柄のベットに放り出された。彼女の部屋だ。窓から差し込む日差しの感じでは、それほど時間はたっていないようだ。

「俺を戻せ。すぐ戻せ!」

川畑は家人に気づかれないように、声を潜めながらも、帽子の男に食って掛かった。

「戻ってきたじゃないですか。あなたの部屋でしょ?」

帽子の男は、きょとんとした。本気で言っているらしい。

「このかわいい部屋の、ど・こ・が、俺の部屋なんだ。しかもベットの上に女子の制服置いてあんだろーが」

「そういう趣味とか?」

「断じて違う」

「ええー?でも、机の上にあなたの写真が置いてありますよ?」

帽子の男は、部屋の端の学習机を指差した。見ると、写真立てが置いてある。写真には、確かに川畑が写っていた。……左端の奥に。


「これは俺の写真とは言わない。俺が写り込んじゃった写真って言うんだ」

写真の中央では、彼女がちょっと照れたように笑っており、その右側には、彼女の友人であろう女の子が満面の笑みで写っていた。自撮りに失敗したのか、友人はやや見切れてピンぼけていたが、明らかにこの子が彼女と撮った仲良し2ショットだろう。写真には"Dear NORIKO"と可愛い字で書き込んであった。

「ほら、このノリコっていう子がこの部屋の持ち主だ」

「えっ?じゃぁその子が帰って来たら不味いですね」

「帰ってこないと不味いんだよ!」

川畑は、ひそひそ声で絶叫した。



ノリコは、木の影に身を潜めながら、悩んでいた。

空が光って、誰かが高笑いしたかと思うと、こちらを振り向いた川畑が消えてしまったのだ。有り体にいって非常事態である。

隠れて生き残る子やぎになるか、自力で生き残る道を模索するか。

「自助努力の例が、"雉も鳴かずば"しか思い浮かばないのが不吉過ぎる」

川畑の大きな白シャツをすっぽり被ったまま、ためらっていると、視界に、革のサンダルを履いた子供の脚が現れた。

「キャプテ~ン!ここに誰かいます~」

はっとして顔を上げると、驚くほど近くに、少年がいた。袖のない短い胴着を着て、白くてたっぷりとした幅のズボンをサッシュで留めている。きゅっと裾を絞った足首には、飾りの多い足環を着けていた。

「おお、これは、これは」

映画の子役か、遊園地のキャストのような少年の向こうには、さらに芝居がかった扮装の男がいた。

「このオーロラの輝きは、暁の女神の誕生を祝福するためだったらしい!」

男は大仰に両手を広げた。

大航海時代の艦長だか、カリブの海賊船長だかが被っていそうな帽子に、襟が高く、裾の長い上着。襟にも裾にも袖口にも、たっぷり刺繍が入っていて上等そうだ。

「美しいお嬢さん、お目にかかれて光栄千万。よろしければ、ぜひご挨拶の栄を賜りたい」

台詞も酷いが、とてつもなく芝居がかった口調で喋るので、衣装と相まって、舞台演劇のようだ。よく通る低い声が渋くてちょっとかっこいいのが、むしろ腹立たしい。

「さぁ、どうぞこちらへ!」

胸を張り、顎をやや上げて、偉そうに手を差し伸べてくる男の顔を見て、ノリコはダリの写真を思い出した。左右にピンと跳ねた細い髭と、完全に紙一重のあっち側にいっちゃった眼がそっくりだった。

緑色に爛々と光る眼を愉快げに細めて、壮年の男は、高らかに言った。

「我が名は、キャァァ~プテン・セメダイン!!オーロラの女神を我が船に招待しよう!」

大見栄を切ったキャプテンを、少年が脇から囃し立てた。

「いよっ!キャプテン、かっこいー!流石、時空をまたにかける万年独身中年男!女性の扱いがドリーミー」

「だーまらっしゃいっ。余計なことを言っとらんで、さっさと船に戻って歓迎の準備をせんか」

「アイアイ、キャプテン」

「返事は一回でよろしい」

「あい!キャプテン」

シャキッと敬礼した少年は、浜に向かって駆け出したが、途中でくるりと振り替えって、手を降った。

「キャ~プテン、船がありません」

「ばかものー!今回は邪魔になるから入り江に置いてきただろうが」

「そうでした~。どうしましょう?船に戻れませんよー」

はあぁ……と、キャプテンとノリコは揃って溜め息をついた。



疲れた。

川畑は、うなだれた。

この部屋にいた女の子を巻き込んでしまったので、助けにいかないといけません。……たったそれだけの事情を説明するのに、ずいぶん手間取ってしまった。

「わかりました。それでは、人魚さん達に会いに行きましょうか」

「わかってなかった」

「人魚さんのところでの聞き込みの途中で、そっちに駆けつけたから、戻って話を聞いておかないと」

仕事にも手順というものがあるんです、と帽子の男は偉そうに言って、立てた人差し指をワイパーのように振った。川畑はイライラを圧し殺してこめかみを揉んだ。

「お前の仕事に興味はない。俺だけでもいいから、さっきの場所に戻してくれ」

「そういうわけにもいきません。あそこにキャプテンがいたでしょう、あの人が関わると、大概めちゃくちゃになりますからね。せめて何の目的で来ていたのかぐらい調べておかないと」

「キャプテンって、あの高笑いしてた海賊コスプレ親父か?」

「はい。高笑いする海賊コスプレ親父です。時空を渡って、あっちこっちの異界で無茶するんで、困ってるんです」

「取り締まれよ」

「取り締まってますよ。でも、我が強い人なんで、規則とか守らないんです」

「なんて迷惑な」

「とにかく、やりたいようにやる人なんで、なにがしたいのか知るのが、重要です。さあ、行きましょう」

いざ!人魚の入り江へ!

ビシッと、帽子の男が指差した方向とは無関係に、川畑は穴に落ちた。

ただし、この時点でキャプテンは当初の目的を忘れている。

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