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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第5章 魔王の倒し方

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失いし勇者

川畑はノリコのいる王の間に転移しようとしたが、できなかった。慌てて、妖精王の城内で覚えていたはずの転移先を探すが、すべて転移不能になっていた。

「嘘だろ。やめてくれよ。何で……」

『おーさま……たすけ…て』

雪割草(モデスタ)!どうした!しっかりしろ』

川畑の手の中で、ほっそりした可憐な妖精は、苦しそうに身をよじり、薄れて消えた。

『カップ!キャップ!!』

感覚同調していたはずのカップから返事はなく、キャップのかすれた声だけが帰って来た。


『おーさま、シャリーはぶじ。でもボク、もう……』

『キャァァッップ!』


川畑はランバーの聖堂に転移した。

同時に飛行魔法が解けて、翼が消失する。妖精王の魔法の鎧が消え、学生服に戻った川畑は、シャリーの前に着地した。

「シャリー!キャップは!?」

シャリーは眼を潤ませて、川畑に両手を差し出した。

「妖精達がみんな消えてしまったの。キャップは最後まで残っていたんだけど……」

シャリーの手の中には、黄色いビー玉のような小球があった。

川畑が手に取ろうとすると、小さな球は融けるように消えた。


「回復魔法も使えません」

シャリーの隣でミルカも泣きそうに声を震わせた。

「私の変身も精霊魔法もすべて使えない。まるで世界から精霊の魔力が無くなってしまったかのようだ」

深刻な顔で皇子がそう言ったとき、聖堂の扉が開いてバスキンがやって来た。

「どうなっているんだ。味方の聖獣がみな石化してしまった。ロッテ殿は魔力が消えたと言っているが……ハーゲン!また、お前が何かやったのか!?」

川畑は険しい表情で拳を握りしめた。

バスキンは、ハーゲンだったはずの男の雰囲気の変化に戸惑った。彼は異形の白い甲冑から、襟の高い黒い服を着た姿に戻っていたが、むしろ世界を拒んでいるような異質さは増していた。


「魔王に妖精王の城を奪われた。奴は世界の理を書き換えようとしている」

「なんと言うことだ……お前の魔法での移動もできないのか?」

「妖精王の城への転移はすべて不可能だった」

バスキンは連れてきた森番衆のソウの方を振り返った。

「迷落の森の迷宮には、妖精王の城に続く扉があったな?」

ソウは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「勇者が間違った扉の開け方をして、もうあの扉は使えない。万一使えたとしても、我々には妖精王の城へのカギがない」

「そうだ。勇者殿は?彼は今どうしている?」

バスキンは何かの救いの糸口を見つけようとするように、辺りを見回した。

「勇者は魔王に取り込まれた」

川畑の言葉に、周囲の人々に絶望的な沈黙が広がった。


「いいえ。勇者はここにいます」


静まり返った聖堂に、シャリーの声が響いた。

「あなたは、精霊界に赴き、妖精女王の炎の試練を乗り越え、常闇の洞窟から剣を持ち帰り、妖精王に認められた妖精王の騎士です。妖精王と妖精女王の不在に精霊界とすべての妖精の命運を託されたのでしょう?」

「シャリー……」

「キャップが教えてくれました」

シャリーは一度川畑の握りしめた手に目を落としてから、改めて川畑をまっすぐに見上げた。

「精霊王よ。あなたこそが、この世界を救う勇者です」


"こちらをお持ちください。世界が危機に落ちいったとき、それを救う者に渡すよう定められております"


川畑の脳裏に、エルフェンの長老の言葉がよみがえった。

川畑は、長老から渡された包みを取り出した。中には虹色に輝く石が入っていた。


「カギだ……」

ソウは、それが常闇の洞窟で見たのと全く同じものであることを直感した。

「模様があるはずだ。模様を確認させてくれ!」

川畑から虹色の石板を受け取ったソウは、その表裏を確認した。

「間違いない。これは妖精王の城の広間に行くためのカギだ。だが……」

ソウは喜びの声をあげかけていたバスキンに首を降った。

「このカギを使える門までいくすべがない。これは常闇の洞窟という精霊の墓所から妖精王の城に行くためのカギなんだ」


川畑は目を閉じた。

「そこなら行ける。カギをくれ」

ソウは川畑にカギを渡しながら、警告した。

「ただカギがあるだけではダメだ。正しい方法で開けないと、開かないようになっている。教えてくれた妖精がまだあそこにいるかどうかわからない」

川畑はカギとソウの手を一緒に握って、引き寄せた。

「君は一度正しく開けた。手順を覚えているか」

ソウはうなずいた。

「教えてくれ」

一緒に行く、という言葉をソウは飲み込んだ。おそらく極限状態で自分は彼の足手まといになることがわかったのだ。ソウはとても悔しかったが、自分が自分の実力を見誤らない程度には鍛練を積めていたことに感謝した。

「手順を覚えろ。指で壁の4つの窪みを叩く。位置、順序、強さ、タイミング、すべて教えたとおりにやってくれ」

ソウは門の構造と、カギを開ける手順を説明し、川畑と手を合わせて解錠タップの練習をした。

3回目で川畑はソウの動きを完全に再現し「覚えた」といってうなずいた。


バスキンは、静かにたたずむ男の全身から発せられる異様な威圧感や殺気がさらに増したのを感じた。

黒衣の青年は誰にも声をかけず、人々から一歩離れた。彼の足元から円形の黒い平面が現れて、高速で上昇した。黒い円と同時に彼の姿が消えたとき、人々は、自分が息をつめていたことに気づいた。




暗視補正が入ったので、川畑は自分が常闇の洞窟跡地に転移できたのがわかった。

地面に転がっている刀掛けを横目に見て、妖精王の私室から押収していた剣を転移で空中から取り出す。白木の鞘に入った直刃の刀剣は、彼が以前、それを抜いたときと同じように手に馴染んだ。

月が消えた夜の国の闇の中で、彼の目は妖精の炎と同じ緑色に光った。


川畑は刀剣を腰に差し、まっすぐに門のある石壁の前に行って、教えられた通りの方法で解錠した。

虹色の石板が消えると、冷たい石壁に、暗い色合いの重厚な木の大扉が現れた。ノブのない両開きの扉は、押しても開かなかった。


川畑は迷わず消防用手斧(マスターキー)を取り出して、扉を叩き割った。マスターキーの赤い刃でバラバラに砕かれた大扉の残骸は、川畑の一蹴りで枠から外れた。

川畑は扉の破片を踏み越えて、闇の中から、妖精王の城だったところに入った。


黒い石でできた大伽藍だった太陽の間は、真っ白な空間に変わっていた。

「やれやれ、どんな化け物がやって来たかと思えば……」

白い空間の中央には、大きな花の蕾のようなオブジェがあり、その前に黒い鎧姿の男が立っていた。

「学生服とはね。お前、日本人か」

「"日本"を知っているのか?」

「もちろんだ。私も日本人だったからな」

「"私"と言うほどの自我と記憶が残っているのか」

ゆっくり歩を進めながら低く呟いた川畑の前で、黒い鎧の男は哄笑した。

「むしろ自我と記憶だけが残っていたのだ。妻を失ったとき、体は捨て、魂は引き裂いて世界に捧げたからな」

黒い鎧の男は、自分の身体を確かめるように、胸に手をあてた。

「だが、彼女はこの世界によみがえり、私もまた体と生命の炎を手にいれた」


「死の精霊……」

川畑は赤刃の手斧を突きつけた。

「ロッテという女を知っているか?」

「誰だ、それは」


川畑は死の精霊に向かって手斧を投げつけた。死の精霊は易々と手斧を払いのけた。

川畑は手斧を投げると同時に、一気に距離を詰めて腰の刀剣を抜き放った。手斧に気を取られていた相手は、死角からの攻撃に、反応が遅れたが、ぎりぎりで身を仰け反らせて、刃を避けた。

死の精霊の兜の正面が、真っ二つに割れた。……兜の下から現れたのは、勇者アキラの顔だった。


「その体の持ち主はどうした」

「この体は元々私の物だ。私が捨てた体を勝手に使っていた奴ならば、飲み込んだ。小者だが我が欠けた力の足しにはなるだろう」

川畑は連続して激しく斬り込んだ。死の精霊は自らも剣を抜き応戦した。


「一度は体を捨て、永遠の闇に記憶を封じた者が、今さら甦ってこの世界をどうするつもりだ」

「もう一度やり直す。彼女が愛し、作り上げた世界を、私は改変し、手放してしまった。永続と発展を求めて死と再生を組み込んだのは間違いだった。すべてを消して外部からの干渉で生じた歪みを排し、あるべき姿に作り直す」

二人は言葉の合間に幾つもの剣撃の応酬を重ねた。

「そのあるべき姿に、人の営みはあるのか」

「死する存在など不要だ。世界は再び永遠を取り戻し、私は彼女と共に、死に別たれることなき幸いを生きるのだ」

「手前勝手な箱庭遊びがしたいなら、どっかよそで一人でやれ!この世界にはもう、お前の手から離れた"人間"が生きている。ここはもうお前だけの箱庭じゃないんだ」

川畑はこの世界の人々から教わった技の限りを尽くして戦った。相手の剣を受け流し、隙をつき、先を読み、相手の次の手筋を狭めながら攻撃した。

にもかかわらず、彼の攻撃は届かなかった。

死の騎士はまるで川畑の攻撃も防御もすべて見透かしているかのようだった。気がつけば川畑の攻撃は受け流され、隙に見せかけて誘い込まれ、手筋を狭められて打たされた挙げ句にカウンターを入れられていた。

「バカめ。私はこの世界の主だ。お前が何を言い、何をしようと、私には勝てん」


魔法は世界の定義から失われていて使えなかった。動きはすべてトレースされた。

「さぁ、次は何をする?お前が何をしようとも、そっくり真似して返してやろう」

死の騎士はあがく川畑を嘲笑った。


川畑の剣が折れた。

折れた刃先をつまんで、死の騎士は勝ち誇った笑みを浮かべた。

「どうした。もう終わりか」

川畑は慎重に数歩下がって、折れた剣を鞘に納めてから、両手を顔の高さまで挙げて、なにもない手の平を見せた。

「降参か」

「いや。……素手で勝負だ」

死の騎士は己の剣を納めた。拳での殴り合いなどしても、全身鎧を着た死の騎士にダメージが通る訳がなかった。

「いいだろう。条件をのんでやる」

そう騎士が答えると、川畑はすかさずうなずいて「では条件はこうだ」と両手をあげ、少しうつむいたまま言った。


「剣は使わない。俺は素手で勝負する。お前は忠実に俺と同じ動きをする。道具を使う場合は、俺が指定する仕様、性能及び効果の道具を2名分お前が用意し、お前も俺と同様に使用する。ただしお前は服装を俺と同じにする必要はない。勝負する時間は俺が決めた曲が1曲、始まってから終わるまで。その曲が終わったとき立っていた者が勝者。俺が負けたら、俺は大人しく元通りに戻ってここから去る。お前が負けたら、お前も大人しく元通りに常闇に戻る。使用する曲は日本で何度もTV放映されたぐらい有名で、子供でも知っているものとする」


川畑は立て板に水で、ずらずら条件を並べて「わかったな、精霊。約束だぞ」と締めた。


死の精霊は疑い深そうに川畑を見たが、特にひどい条件はなかったので了承した。

「いいだろう。約束しよう。では、かかってくるがいい」

川畑は顔を上げた。

「焦るなよ。まず準備だ。約束通り道具を用意してくれ」

「何だ?」

川畑の口角が少し上がった。


「グランドピアノ」

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