援軍
長い回廊を抜けて、中庭に出たところで、川畑はそこにあった石像を片っ端から氷結させた。
「川畑くん、上!」
中庭を囲む建物の壁面に飾られていたガーゴイル擬きが黒く姿を変え飛びかかってきたのを、撃ち落とす。
「向こうの屋根にも」
「カップ!城の防衛の司令中枢はどこだ」
「妖精王さまです。でも王の間の玉座からならなんとかできるかも」
「案内しろ」
屋根を越えて来た魔獣をまとめて爆散させて、川畑は先を急いだ。
「うちのじいちゃんが戻ってきました」
「城門を閉めろ!」
「矢はこれで全部か?」
「ありったけ、城壁の上に運んでくれ」
「城壁を越しそうな奴を優先で倒せ。手数が足りん。雑魚は放置しろ」
絶望的な状況のなかで、ランバー守備兵は奮闘していた。
「クリス、お前は城壁に上がるな」
「平気です!僕も戦えます」
弓を背負い、矢束を持って上がってきた若い見習いは、バスキンをキラキラした目で見た。
「隊長は昔、僕らを助けてくれた死の騎士様なんでしょ。だったらこれくらいなんでもないです」
「なに?」
「僕、聖都の北の村で邪教の死霊使いから救われました。僕は死の騎士様に憧れて兵士に志願したんです」
「確かにその事件の後始末にはいったが、俺は死の騎士では……」
「兜とか変えてたけど隊長のその鎧、死の騎士様が着けてた物ですよね。その手甲の傷覚えてます!秘密なら黙ってます。僕も一緒に戦わせてください」
「待て、クリス……」
誤解を解こうとしたバスキンの背後でロビンスが叫んだ。
「バスキン隊長!飛ぶ奴が来ました!!」
「撃ち落とせ!絶対に中に入れるな」
クリスは弓を構えた。
「やった!当たった!」
「油断するな。死んでないぞ!」
翼を射られた魔獣は、半分墜落するようにして、襲いかかってきた。バスキンが魔獣を切り捨てると、魔獣は黒い霞となって消えた。黒い霞が触れたとき、バスキンの手甲は淡く輝いた。
「やっぱり!」
顔を輝かせた少年兵を、訳のわからない思いで見返したバスキンは、すぐに今の問題に集中することにした。
「クリス、矢の補充係をしろ。姿勢を低くして城壁から顔を出すな。森番衆にも忘れずに補給するんだぞ」
「はい、隊長!」
バスキンは圧倒的な戦力差の防衛戦に歯噛みをしながら、城壁にとりついた魔獣の群れを睨み付けた。
王の間は名前から想像するよりもずっと簡素な部屋だった。
見かけた魔獣を駆逐しながら、カップの案内で部屋にたどり着いた川畑は、"玉座"に駆け寄った。それは玉子を斜めに切ったような形で、中に人が座れそうな窪みがあった。
「座ればいいのか?」
川畑は窪みに腰を下ろしたが、なにも起こらなかった。
「おーさま、からだがぼくらとちがうからダメなのかも」
川畑は眉根を寄せた。
「あっ、それじゃあ私なら大丈夫かしら。体は精霊なんでしょ」
ノリコの言葉に川畑とカップは顔を見合わせた。
丸い蕾型の玉座にすっぽり入ったノリコは、目を閉じた。
「なにかがいろいろ同時に見える感じ。あ、今、人がちらっと見えた気がするけど、同じ光景に集中できない」
ノリコは目を開けて、玉座から出た。
「見えるし、感覚としては感じるんだけど、全部同時過ぎてどうしていいかわからなくなるの」
「そうか……同じ光景が見えないとアドバイスも難しいしな」
難しい顔をする川畑の耳を、肩の上からカップがつついた。
「おーさま、ぼくたちとしてるみたいに、おめめとおみみ、おなじにしたら?」
川畑は数拍考えてから、ノリコをちらりと見た。
「えーと、その精霊の体の知覚の情報を魔法で俺が共有してもいいか?」
「そんなことできるの?」
「うまくいけば、玉座での操作を補佐できると思う」
「じゃあ、お願い。どうすればいい?」
「普通に立って、えーと、顔あげて、目を閉じて……」
向かい合って立った川畑に、大きな両手を頬から耳にかけられて、顔を固定されたノリコは、必死で雑念を振り払って目を閉じた。
顔の前に体温と呼気の気配を感じて、思わず目を開けると、川畑の顔が間近にあって息が止まった。
「目を閉じて」
低い声でささやくように繰り返されて、ノリコはあわてて目を閉じたが、呼吸の仕方がわからなくなった。
額があたり、大混乱中の頭にするりとなにかが入り込んだ感じがして、内側から撫でられたように体がぞくぞくした。
「んぁ……は……」
一瞬、視界が真っ白になって、詰めていた息が漏れた。
「さぁ、これでもう一度やってみて」
ノリコはくたりと力の抜けた身体を、丸い玉座に沈めた。
チカチカと同時に浮かぶ光景が、今度はあっという間に画面分割されて、ノリコの意識が向いた対象だけがクローズアップされた。
「あ、凄い。いい感じ」
魔獣の視野なのか光景は激しく動き、ノリコは酔いそうになった。
「1つの光景に集中するのをいったん止して。全体の配置を意識してみて。全体マップ表示ができるかやってみる」
川畑の指示通りにすると、目の前に城と周辺の光景が広がり、各魔獣がどこにいるかの光点が表示された。
「分かりやすくなったけど、魔法のわりにずいぶんファンタジーじゃない表示になったわ」
「すまん。UIは俺が処理してる。赤い表示が暴走中の魔獣だ。こちらで制御できるようになったら、緑で表示する。灰色は未起動のガーディアンだ」
灰色の点がどんどん赤くなって、町に向かっているのを見て、ノリコは焦った。
「どうすれば、緑にできるの?」
「わからん。なにかここからコントロールできそうな感じはしないか?」
ノリコは集中した。
「(全部を一度には無理だわ。まず1つを止められないかやってみよう)」
意識を向けると、町の周辺がクローズアップされた。町に急接近する一体を選ぶと、風を切って飛行する感覚とその視野が感じられた。
その魔獣は、上空から急降下した。
落下のトラウマでノリコは身がすくみそうになったが、魔獣の向かう先に、別の魔獣と戦う女の子がいるのに気がついた。ノリコを助けてくれたピンクブロンドの女の子だ。彼女の前には騎士がいて、魔獣の接近を防いでいたが、二人ともこちらには気付いていなかった。
「止まってぇぇえ!!」
ノリコは強く祈った。
壁面を登ってきたムカデのような魔獣に向かって、ロッテは火球を放った。魔獣は上半身を仰け反らせたが、落ちることなく、再び城壁にとりついて襲ってきた。
「こいつ外殻硬い!」
風の刃に切り換えたが、ムカデモドキの細い足を数本切り飛ばせただけだった。
「ロッテ、下がれ」
キチキチと牙を鳴らすムカデモドキとロッテの間に、ロビンスが割り込んだ。彼の大剣がムカデモドキの頭部を叩き切る。
黒い霞が散って、ほっとした瞬間、その霞の後の胴体から、新しい頭が生えた。
「くそっ」
ロビンスが悪態をついて、ムカデモドキにもう一撃加えた時、ロッテが悲鳴を上げた。
「上に!」
ロビンスが降り仰ぐと、頭上で巨大な魔獣が翼を大きく広げた。
「のりこ!そのままつかめ!!」
ロッテとロビンスの頭上に迫った魔獣は、そのまま、彼らを襲おうとしていたムカデモドキを、その鋭い爪で掴んで、城壁から引き剥がした。
「やった!できたわ」
ノリコは緑になった光点を見て叫んだ。
ロッテとロビンスの目の前で、翼の魔獣はみるみるうちに、大きな白い翼を持った鳥頭人身の姿に変わった。風変わりな兜のような鳥頭を振ると、白い鳥人はムカデモドキを遠くに放り投げた。
「よし、のりこ。そいつでその城壁周りの黒いのを蹴散らせるかやってみろ」
「はい」
「思ったより町に向かっている魔獣が多くて早い。俺はいったん町に増援を運ぶ。少しの間ここを離れるが、感覚のリンクは続けるから、呼ばれればすぐに戻る。いいな」
「わかった。一緒に早く町を助けよう」
「カップ、この部屋の警戒頼むぞ」
「はい、おーさま、いってらっしゃいませ」
「すぐ戻る」
川畑は、ボーデン領に転移した。
「パピシウス!出発できるか」
「あっ!ハーゲンさん。全員、行けます」
鍛練用の広場に集結していた男達は、突然出現した川畑の姿を見て目を剥いた。
「魔獣の襲撃を受けている町を救う。これから魔獣の群れの真ん中に放り込むから、黒いのは全部倒してくれ」
「ハーゲンさんも黒いですよ」
「パピシウス、落下に備えよ」
「うひゃあっ」
パピシウスの足元に黒い穴が開いて、彼が穴に落ちたのを見て、周囲の男達はざわついた。
「ハーゲン、これはどういうことか後で説明していただきますよ」
「侍従長、先生方をお借りします。全員、落下に備えよ」
黒い穴が直径を広げて、広場に集まっていた男達を飲み込んだ。
「侍従長はどうします?」
「私は奥様をお守りします」
「わかりました。では失礼します」
川畑が転移しようとしたとき、一人の少女が駆け寄ってきた。
「私も行きます。連れていってください」
「ミルカ」
「私は回復魔法使いです。町が襲われているなら、お役にたてます」
川畑は少し迷ってから、うなずいた。
「よし。来てくれ」
ミルカが差し出した手を、川畑は侍従長の視線を気にしながら、エスコート時の正しい姿勢で受けた。
「必ず帰りなさい。これは貴方が書いたものでしょう」
侍従長は川畑にパピシウスの手紙を渡した。
「そうです。……パピシウスは必ず来させますよ」
川畑は苦笑して、手紙を侍従長に返した。
「よし。私はこれを貴方から受け取りましたぞ」
「は?」
「貴方が魔物だが精霊だか知りませんが、自分からした契約は守りなさい」
侍従長はいつも通りの顔で言った。
「ちくしょう、覚えてやがれ!」
川畑がミルカを連れて消えると、侍従長は満足そうに微笑んで、"この手紙を持参した男は、本件解決後に好きにしていい"と書かれた手紙を丁寧に畳んで懐に仕舞い、優雅な足取りで館に戻った。
「ミルカ!」
「お姉ちゃん!怪我はない!?」
「私は大丈夫。下に怪我をした兵士さんがいるから看てあげて」
「わかった」
ミルカは急いで城壁の裏手の階段を下りた。
「ハーゲン、彼らはなんだ」
城門の屋上に現れた川畑をを見て、バスキンが駆け寄ってきた。
「説明はパピシウスに聞いてください。勇者の供をしていた騎士です。白い鎧を着ています」
川畑は、眼下の乱戦を指差した。
「これから聖堂騎士隊を呼びます。どこに配置するのがいいですか?」
「騎士隊を呼ぶって、どういうことだ」
「人の居場所を一瞬で変える魔法があると思ってください。聖都で待機中の騎士を、そこで戦ってる人達みたいに連れてきますから、どこに出現させればいいか指定してください」
「無茶苦茶な話だな!」
バスキンはやけくそになって叫んだが、騎士の配置を指示した。
「待ってください。専門用語が多い。あなたを向こうに連れていきますから、直接指示してください」
「なんだと」
「ロビンスさん!バスキンさんを一時お借りします」
「バカ野郎、この状況で指揮官どこに連れていく気だ」
「頑張ってください。先任士官」
川畑はバスキンを連れて聖都に転移した。
『のりこ、コントロールはつらくないか』
『大丈夫。でもまだ最初の一体しかちゃんと操作できないの。他のも止めようとしてるんだけど、同時に何体も操れなくて』
『味方が攻撃している奴の動きを、一時妨害するだけでもいい。無理せず続けてくれ』
『森から出た魔物が空を飛んで、あの町以外の方向へ行くのが見えたわ。それからこれを見て。森から大きなのが数体、町に向かっている』
『わかった。何とかする』
「バスキンさん、騎士の配置は完了しましたか」
「行けるぞ」
「聖堂騎士団長様、ご協力ありがとうございます」
「うちのソルを助けてくれたのは君だな。こちらこそ礼を言わねばならん」
聖堂騎士団長は、川畑の肩に手を置いた。
「精霊の加護があらんことを」
川畑は一礼した。
「飛行ができる魔獣がこちらにも来る可能性があります。聖都の守りをお願いします」
「うむ」
「転移先の安全を確認してくるので、今しばらくお待ち下さい」
道の具合を見てくるような口調で、元従者は姿を消した。
「バスキン殿、彼の言う"転移先"とは、魔獣が溢れている乱戦地帯ではないのか?安全とは……」
「さ、さぁ?」
偉い人二人が顔を見合わせていると、すぐに川畑は帰って来た。
「お待たせしました」
川畑が騎士隊を転移させようとしたとき、彼のもとに駆け寄ってくる者がいた。
「待ってくれ!私もいく」
「殿下!?」
「妖精の依頼だ。帝国の皇族、いや"妖精の子"として座して待つわけにいかぬ」
「しかし……」
渋る川畑に皇子は無駄にかっこいい笑顔を向けた。
『愛馬をおいて戦場に出る奴があるか』
『バカ野郎、シャリーはどうする』
「私も連れてって!」
「シャリー?」
皇子の後から来て声を上げたのは、帝国風のドレスを着たシャリーだった。
「私の妖精の騎士たちもみな一緒にご協力します。連れていってください」
『われらテンプルナイツ。姫とともにまいります』
集結した聖都妖精騎士団とシャリーを見て、川畑は難しい顔をした。
シャリーは川畑を見上げた。
「ただ守られているのは嫌なの。できることをさせて」
川畑は引き結んでた口元を少し緩めて苦笑した。
『わかった』
「殿下とシャリーは俺の隣へ。護衛官の方々はそこにできるだけ固まってください」
川畑は整列した騎士隊に向かって声を張った。
「この後、転移の魔術を発動します。移動時に落ちる感じがしますが、焦らないでください。3、2、1、発動」
騎士隊とともに転移したバスキンは、騎士隊全体が氷のドームで覆われているのに気がついた。しかも、でこぼこの草地だったはずなのに、足元は草一本なく整地されている。
「バスキンさん、騎士隊への指示をお願いします。準備でき次第、ドームを消します」
バスキンは手をあげて騎士隊の各隊長に指示を送った。転移でざわついていた騎士隊が整列した。
「いいぞ」
「開けます」
氷のドームが一瞬で消えて、上空にいた何体かの魔獣に氷の槍が突き刺さった。
「バスキンさんは元の城門に」
彼が言い終わると同時に、バスキンは城門の上に戻ってきていた。
「この後、大型の魔獣がやって来ます。今のうちに備えてください」
「皇子殿下は」
「城壁内に転移させました」
「お前はどうする」
「これからエルフェンの里に行きます。森からの魔獣の出現を止めるのに協力してもらいます」
川畑は「念のため着ていくか」と呟いて、どこからか革手袋を取り出してはめた。
「大型種出ました!」
「なんだアレは!?」
「でかいぞ!」
見張りが叫び、下の騎士達がざわめく。
丘の向こうからは巨大な多頭の魔獣が姿を見せていた。
『のりこ、大型種が町の近くまで来た。今コントロールできている奴で足止めしてくれ』
『やってみる』
「バスキンさん、今、飛んでいった白いのは味方です。あちらは攻撃しないように指示をお願いします」
川畑はそう言い残して、皇子とシャリーを転移させた地点に転移した。
「巨人が来る。飛べるか」
「いつでもいいぞ」
皇子は豪奢な上着を脱ぎ捨てた。
「シャリーはまず聖堂に行ってミルカを手伝ってくれ。後でキャップを行かせる。キャップを通じて俺からの指示を伝えるから、妖精達の指揮をとってくれ」
「はい」
「彼女の護衛はうちの部下に任せろ」
皇子は、忠実な護衛官たちに指示を出しながら、手早く着ているものを脱ぎ捨てた。護衛官たちは何が起こっているかわからず戸惑っていたが、たとえ奇行に走っても皇子の命令は絶対なので、裸になった皇子に敬礼した。
「行くぞ」
皇子は黒い天馬に変身した。
川畑はまっすぐに立って胸を張った。
「着装!」
両手をグッと握りしめると、手袋から黒いエフェクトが出て、川畑の全身を覆った。細い緑色の光が体の線に沿って走り、線で区切られた形に白い装甲が出現する。川畑が手を開くと、装甲が大きく展開して身体に張り付き、もう一度手を握りしめた時、掛け金をかけるように大きな音を立てて、装甲の隙間が閉じた。
賢者モル謹製の改造鎧に身を包んだ川畑は、天馬に乗って空へ飛び立った。




