嘘つきな魔法使い
忘れている方もいると思いますが……
ハーゲンは川畑の現地名です。
「あら、ハーゲンどうしたの。こんなところで。あなたと聖都で会うとは思わなかったわ」
「お久しぶりです、ロッテさん。……俺の名前ご存知だったんですね」
「バカにしてるの?当たり前でしょ。あんだけ一緒にいたのよ」
隣でパピシウスが首をすくめるのを見て、ロッテとハーゲンはいろいろ察した。
「まぁ、アキラなんかはあんたの存在すら認識してなかったぽいけど。しょうがないわね男って。手の届く範囲の身の回りって意識しないんだから」
「イタミイリマス」
「それで要件は?あんた、帝国の皇子様に無礼打ちにされかかったところを、騎士団長の嘆願で一命をとりとめたけど、皇子の後宮に放り込まれて、残虐な刑罰に日夜さらされてるって、城の侍女から聞いたけど……元気そうじゃない」
「……聞き捨てならない流言飛語が気になるが、とりあえず要件は"聖女"の件です」
「こんな道端で立ち話することではないわね」
「食事は?あちらの店に個室を用意してあります」
「案内してちょうだい」
貴族女性らしく、つんと命じたロッテに、ハーゲンは思わず侍従長に叩き込まれたとおりのマナーで従った。
「やだ、あんた本当になにがあったの?立ち居振舞いが完璧すぎて気持ち悪いわ」
「あー……ある意味、残虐な刑罰にあってきました」
ぼそりと答えたハーゲンを、ロッテは可哀想なものをみる目付きで見た。
「なるほどね。それで殿下のお供で聖都に来たってわけか。あんたも苦労してるわね」
不注意で皇子の天幕に近寄り過ぎて、護衛に捕まったところを、居合わせた騎士団長に助けられたが、そのまま皇子に仕える羽目になった、という大分事実をマイルドにした説明をロッテは信じてくれた。
「それであんたが、というか皇子殿下が、聖女の行方を探してるっていうならちょうどいいわ。情報横流ししてあげるから、私たちよりも先に聖女を確保してちょうだい」
「それはありがたい話だが、そちらから切り出されるとは思わなかった」
ロッテの真意を図りかねて、ハーゲンはいぶかしげに僅かに首をかしげた。
「そもそもこの聖女の一件が胡散臭いのよ。神託だのなんだのいって、気に入った子を強引に引き込もうとしているとしか思えない。そりゃ私やパピィちゃんは、何年も前からそのつもりで準備して心構えもできてるし、実家に保障も出てるけどさ。そうじゃない若い子が、突然わけもわからずに、世界のために勇者に全部差し出せって言われて納得できるわけないじゃん」
ハーゲンは黙ってロッテを見つめた。
「それに、聖女と一緒に追われてる子がいるんだけど……それ、私の妹なのよ」
「えっ!?そうなんですか?全然そんなこと勇者様には言ってなかったじゃないですか!」
「パピィちゃんちょっと黙ってて」
食事の手を止めたパピシウスをロッテは睨み付けた。
「ミルカっていうんだけど、トロい妹でさ。私と違って全然魔術の才能はなかったんだけど、回復魔法だけは上手でね。昔、たまたま出会った旅の人だかなんだかに影響されて、聖職に憧れちゃったらしくて、よく聖堂に奉仕に行ってたの。そこでいろいろ教わったのが高じて、猛勉強してとうとう大聖堂の附属修学院にまで入っちゃってさ。今じゃ準学士だって……本当、小さい頃は出来の悪いトロい妹だったのよ……」
ロッテは視線をテーブルに落とした。
「それがここまで頑張った挙げ句、聖女のついでで道を曲げられるなんて、悔しいじゃない!」
キッと睨み上げたきつい目付きはいつも通りの勝ち気なロッテだったが、少し姉の顔をしていた。
「待てよ……妹さん、何歳だ?」
「今年で15よ」
「えっ!?それで修学院準学士って天才じゃないですか!さすが魔法伯の血筋」
「パピィちゃんは黙ってて」
「ええっ、いつもそれは酷いですよ~」
漫才をしている二人を他所に、ハーゲンは引っ掛かった記憶を手繰り寄せた。魔法伯爵家、回復魔法……。
「(あっ、あの子か)」
ハーゲンは、馬の脚の怪我を治してくれた女の子がいたことを思い出した。
「(顔は全然思い出せんが、あの魔法は凄かった)」
「わかった。妹さんはこちらで安全に保護することを約束する。情勢が落ち着いたら修学院に戻って勉学できるよう取り計らおう」
「ありがとう」
「わ、ロッテさんがお礼を言った」
「パピィ!あんた、私をなんだと思ってんのよ!」
投げつけられた銀器をパピシウスは危ういところで受け止めた。
「あ!それじゃあ、ついでといってはなんですが、もう一人お願いしてもいいですか?」
食事を平らげたパピシウスは、罪のない笑顔で元気よく言った。
「聖女と呼ばれている子と、その兄は助けるつもりだが……」
「はい。ですからついでにもう一人、勇者様が捕まえちゃった聖堂騎士さんを助けてあげて欲しいんです。なんか、聞いたところ大したことしてないのに、縛られちゃって、可哀想なんです。あれは"騎士"にしていい扱いじゃない」
「ああ、確かアキラに向かって、下衆って罵ったって言ってたわね」
「普段のロッテさんの方がよほど酷いことを言ってます」
「パピィちゃん、あんた口利かない方が長生きできるタイプだわ」
「正直は美徳です」
「真実は時に人を傷つけるのよ」
間抜けなやり取りをしている二人に、ハーゲンは尋ねた。
「捕まっている聖堂騎士がいるのか?」
「ええ。今夜、先行している勇者の隊に移送予定よ。ああーっと、言ってなかったわね。アキラは今、出先から直接次の目的地に移動中で、私達は聖女探索のために、こっちでお留守番になったの。その騎士は邪神教徒との関連をアキラが直々に取り調べるから連れて行くって言ってたけど、どう考えてもそんなの建前ね。その騎士さん、女性で美人なのよ。あいつ、ゲスの国からゲスを広めに来たみたいな顔してたわ」
おそらく同国人の同年代男子としては、女性からの批判は耳に痛かった。
「移送時間と見張りは?」
「移送命令は帰ってから私が出すから、調節できるわよ。見張りは……そうね、移送の手はずや今後の予定を説明するからっていって、全員、一部屋に集めるわ。騎士が捕まっている部屋は教えておくから、その間に何とかしてちょうだい。できる?」
冷静にうなずいたハーゲンを見て、ロッテは面白そうに笑った。
「ふーん、それでうなずいちゃうんだ。あんたこの数日で、エスコートマナー以外に何を仕込まれたの?それとも元々そっちが地?」
ハーゲンがいぶかしげに眉をひそめると、ロッテはわざとらしく口元を隠しながら、目を細めた。
「いやぁね、気づいてる?あなた、ここに入ってから、口調と表情が私の知ってるハーゲンと別人よ。目が怖いわ」
「えっ!?そうですか?僕には同じに見えますけど……あ、よく見ると結構タレ目ですね」
「パピィ、お黙り」
「僕は犬じゃないですよ~」
眉を下げるパピシウスと、目元を揉んでいるハーゲンを見て、ロッテはため息をついた。
「ねぇ、パピィちゃんには内緒にしとくから、最後に本当のところを教えて欲しいんだけど」
大方の打ち合わせが終わり、パピシウスがはばかりで中座した時、ロッテは声をひそめて真剣な表情で尋ねた。
「あんた王城で、色香に迷って人目はばからず殿下を押し倒したって本当?」
ハーゲンは盛大に噴いた。
「侍女の間では、殿下があんたに一目惚れした派と人気を二分してるんで、この機会に確認しておきたいの。廊下で殿下があんたにすがり付いた説と、あんたが殿下を組み敷いた節がどっちも目撃証言の信憑性が高いんだけど」
頭を抱えてうずくまったハーゲンに、ロッテは止めを指した。
「お互い運命の恋に落ちた説は、ないわよね?パピィちゃんが可哀想よ。あの子、あなたと付き合いだしてからキレイになったんだから」
ハーゲンはうめいた。
「どうしてそんな誤解が……俺は異性にしか興味はない」
「あら、だってあなた、私が際どい格好してても全然色目使わなかったじゃない。女の子には興味ないんだと思ってたわ」
「俺は同い年か1、2歳年下がいいんだ」
「16歳じゃ子供過ぎるってこと?」
「何いってんだ、リア家の次女は19歳だろ。年上じゃねーか」
「ぎゃー、何でそれを!?っていうか、あんたそれで18歳以下???」
双方厳しい痛み分けの結果、ロッテはいかがわしい噂の火消しをし、ハーゲンはロッテの実年齢についての秘密を守るという事で決着がついた。
ハーゲンと別れて、ロッテとパピシウスは聖都に残した王都兵が泊まっている宿に向かった。元は大聖堂の宿坊に泊まっていたのだが、聖堂騎士団と揉めたので、宿替えしたのだ。
宿に戻ったとたん、ロッテは王都兵に謝罪された。
「申し訳ありません!捕縛していた聖堂騎士に逃げられました」
「えっ?」
「目を離したほんのわずかの隙に、縄を解いて窓から逃げたようです。外部からの手引きがあったのかどうかは、わかっていません」
「いつ!?いつ逃げられたの」
「つ、ついさきほどです。半刻と経っていません」
ロッテ達がハーゲンと食事をしていたときだ。
「なんてこと……」
ロッテは頭の中が真っ白になったが、ふと良いことを思い付いた。
「ことは我々の判断に余ります。私達は勇者様にこのことをお知らせに参ります。あなた方は一旦王都に戻って、城の判断を仰いでください。帝国の皇子が来ていらっしゃる状況でこれ以上、聖堂騎士団と我々が対立するのはよくありません。邪神教徒の探索と聖女救出は、一時大聖堂に任せます。他の皆にも説明しますから、皆を角部屋に集めてください。パピィ、全員が集まったら、勇者様が次の目的地に向かったことと、私が今言った話をしてちょうだい。その間に、私は捉えていた騎士が逃げた部屋を調べてみます」
失態をおかした兵士達は、難しい局面で責任を逃れて王都に戻れることにほっとした。
ロッテは宿の2階の部屋で、裏通りに向かって開いた窓の外を眺めながら夜風にあたっていた。静かすぎて自分の胸の音ばかりが聞こえる。
突然、背後で部屋の扉が開いた。
「可哀想な美女を助けてくれって言われたんだけど、どこにいるかな?」
ロッテはイライラしながら振り返った。そこには白シャツに地味な普通のベストとズボンという、さっき別れた時の格好そのままのハーゲンがいた。
「今、可哀想な目に逢わされた、いたいけな美女ならここにいるわよ」
「新手の詐欺か?」
ロッテはやけくそ気味に、椅子にドスンと座った。
「お探しの美女なら自分で勝手に逃げたわ。残念ね。囚われの姫を救う王子様にはなり損ねちゃったわよ。っていうか、あんたなんの工夫もなく、そのまんまその格好で出入口から来るって素人にもほどがあるでしょ」
ハーゲンは自分の服装を見直した。
「一応、目立たない地味な服だと思うんだが、不味かったか?素人にあまり高度な要求をされても困るぞ」
「こんな田舎者の抜け作を買い被った自分が恥ずかしいわ。とりあえず、誰かに見つからないうちにさっさと帰って」
ロッテは立ち上がって、ハーゲンを出口に追いたてた。ハーゲンは背中をぎゅうぎゅう押されながら、肩越しにロッテを見下ろした。
「なによ」
ロッテはハーゲンの顔を見上げた。
なるほど、タレ目だからこの角度だと少し流し目っぽく見えるわね。
なんとなくそう考えたとき、ハーゲンは不意に、ロッテがこれまで見たことのない表情を浮かべた。
「拐っていってやろうか?」
ロッテは赤面した。
「さっさと帰れバカ」
「大丈夫、あんたに手を出す気は全然な……」
みなまで言わせず、追い出した。
一息付くと、窓から表通りの雑踏が微かに聞こえて来た。
「私だけ一人で心配してドキドキしてバカみたい……」
ロッテは窓を閉めて、皆のいる角部屋に向かった。
まさかのロッテ回。
姉さん、騙されちゃダメです。
その自称素人、足音がしてません。




