薬屋の賓客
薬屋と雑貨屋が混ざったような店を訪れると、明かり取りの窓から光が差し込むだけの薄暗い店内から、狭いカウンターの奥に案内された。
沢山の棚が並んだ脇を抜け、古びた扉の奥の部屋に通される。
川畑はここの店の入り口の扉から、真鍮の小板が剥がされているのに気付いていた。"局"は何年も前にここから手を引いている。
「店主が残っていてくれて、良かった」
初老の店主は、上の物を退けてから、椅子をすすめてくれた。
「お役に立てて幸いだ。兄さんこそよく来てくれた。シャリーの嬢ちゃんを助けてやってくれ」
「まずはもう少し詳しく事情を教えてくれないか?他でもいろいろ耳にしたんだが、錯綜していてな」
老店主は声を落とした。
「それがな。大きな声ではいえんのだが、王都からやって来た勇者様が、嬢ちゃんを無理やり連れていこうとしたらしい。それで大聖堂の人が嬢ちゃんのお兄さんを呼んだところ、勇者様が突然、そのお兄さんを邪教徒?だのなんのといい初めたそうでね。実際、何年も昔に一時、怪しい奴に絡まれたことはあったらしいが、今は全然身に覚えのない話だってんで、言いがかりだと言ったんだが、勇者様はこれは神託だから間違いないの一点張り。勇者様と一緒に来た兵士に捕まったところで、呼ばれた聖堂騎士様方が止めにはいったのは良かったんだが、その中に嬢ちゃんとお兄さんの間のご兄弟がいてね。なにやら強烈な皮肉を勇者様に言っちゃったらしくて……」
店主は一度言葉を切って肩をすくめた。
「怒った勇者様がその聖堂騎士様まで捉えて無体を働こうとしたから、その場にいた騎士様方はみんな怒っちゃって、乱闘になったそうでさ」
店主はひとつため息をついた。
「そのどさくさに大聖堂の方が嬢ちゃんとお兄さん達を逃がしてくれてね。なんとか裏手から逃げたところで嬢ちゃんがこの店のことを思い出してくれたそうで。……兄さんが昔、嬢ちゃんに何かあったらここを頼れって言ったんだって?」
店主は8の字のマークが入ったコインを指で弾いた。
「それでシャリー達は?」
川畑はコインを受け取って、代わりに金袋を置いた。
「もちろん、お助けしましたよ。……兄さん、これ帝国金貨じゃないですかこんなには受けとれません。うちで手配したのは、馬と食料と雑貨が少々だけでさ」
「では、要るだけとってくれ」
「晩節ぐらい正直に生きたい年寄りに酷いことを言う人だ」
老店主はぼやきながら金貨を1枚取った。
「行く先に心当たりは?」
「あえて聞きませんでした。知らなきゃ何されたって答えられない」
「重ねて感謝する。善き店主に妖精の守りがあることを祈っておこう。店主、キャンディをひと瓶くれ」
川畑は金貨をもう1枚店主に渡した。
「兄さん」
店を出ていこうとする彼を店主は呼び止めた。
「兄さんがただのお人じゃないことは僅かながら知ってます」
川畑は肩越しに店主の方を見た。
「でも勇者様相手でなんとかなるんですかい?」
心配そうな店主に向かって、川畑は一言言った。
「知ったことか」
『どーだった?おーさま』
『ボクらのいったとおりでしょ』
『そうだな。君らを疑ったわけではないが、あまりに勇者の行動があり得なかったので、ちょっと確認したかったんだ』
それと10人以上の妖精が口々に喋る話から要点を時系列で整理するのが難しかったというのもある、と川畑はひとりごちた。
『諸君らのお陰で、シャリー達は無事に人目につかずに聖都を出れた。ありがとう』
妖精達は、"人払い"や"迷い"を弱い力ながら駆使して、シャリー達の逃亡に協力したという。追っ手の多くはうっかり溝に脚を突っ込んだり、急に崩れて転がった果物の山に滑って転んだり、散々だったらしい。
やりきって誇らしげな顔の妖精騎士達を、川畑は労った。
『今は厄払いの樹達が一緒にいるんだな?』
『そーだよ。かくればしょについたら、ひとりがしらせにもどるって』
川畑は妖精達を連れて、裏路地を足早に抜けた。
『勇者はどうしてる?』
『なんだかね~、だれかがね~、くるってきいてね~、いそいでね~、でかけたよ~』
『バカだなぁ、おうじさまだよ!』
『ゆーしゃはおーじキライなんだって!』
『なるほど。どこに行ったかわかるか?』
『3にんついてる。まえにおーさまがおおあばれしたむらのほうにいったみたい』
『ついってったこ、ゆーしゃに、"うっかりヒジをぶつけるノロイ"をかけるってはりきってた』
『ひとりは"とがったこいしをふむノロイ"かけるっていってたよ』
『もうひとりは、ねるときにブヨをよぶっていってた』
『……そうか』
地味な嫌がらせのプロ達は、無邪気に自分が得意なあの手この手を自慢し合った。
『おーさま、このこがおしらせしたいことがあるって』
カップが連れてきた妖精は、この近くの街道でエルフェンの郷の者を見たと話した。
『みちにまよってたみたい。ゆーしゃがいったほうにいったとおもうよ』
川畑はエルフェンの郷を思い出した。郷の人々は皆、美しく穏和で聡明な感じだった。
今のとちくるった行動をしている勇者に会えば、うまくなだめて、気を逸らせてくれるかもしれない。
『よし。だれかそのエルフェンの人が勇者に会えるようにしてこい』
『は~い。ボクがね~、いってくる~』
川畑は、ふよふよ飛んでいった妖精に、若干の不安を感じたが、さほど重要な役でもないので、そのまま忘れた。
「アキラ、あんたちょっと目を離した隙にもめ事起こして、バカじゃないの。パピィちゃんと買い物から帰ったら、王城騎士隊と聖堂騎士団とが大乱闘してて目を疑ったわ。聖女とかどうでもいいじゃない。あんた回復魔法得意なんだから」
「うるせーなー。剣を手に入れるためには妖精と話ができる奴が仲間に必要なんだって説明しただろ」
「それだけ?……だいたい、本当に妖精なんているのかしら?死霊よりはそっちのがましだけど」
ロッテは山奥の廃村で、一軒の崩れかけた家を調べようとする勇者の後ろをこわごわついて歩いていた。
「ねー、こんな辛気くさいところ早く帰りましょうよ。誰もいないじゃない」
「廃村になってるのは想定外だけど、この世界が俺の考えた世界なら、確かここの村長の家の地下の隠し部屋にあれがあるはずなんだよね」
「またその妄想?こんな小さな村の家に隠し部屋なんてあるわけないじゃない」
アキラは地下室に下りていき、うっかりヒジをぶつけて悪態をつきながら、壁を探った。
「あった」
「ウソ……」
「見ろよ、ロッテ。これが暗黒水晶球だ」
聖女捜索に出した兵から、この森の川沿いにある洞窟で行きだおれていた娘を発見したと報告があった。聖女ではないが、勇者に会いに来たといっている美女だそうなので、勇者は会うことにした。
「俺に会いたがってって、いったい……って、うおおっ!エルフ!?」
連れてこられたのは、王国人とは明らかに異なる姿の美女だった。王国風よりも繊細で優美な長衣に、特徴的な耳。細く括れた腰まで伸びる長い髪には飾り紐を編み込んでおり、額には細い銀のサークレットをはめていた。その姿は、アキラが"エルフ"といわれて思い付くイメージそのものだった。ただ一点、想像以上だったのは……。
「で、でけぇ」
清楚な衣装を裏切る超ド級のダイナマイトボディだった。
「ああっ!あなた様は!」
アキラ達に気づくと、彼女はその美しい顔をパッと輝かせ、感極まった声をあげて駆け寄った。
「お会いしたかったです!白騎士様」
とんでもない美女にいきなり抱きつかれて、パピシウスは目を白黒させた。
「え!?そっち?」
勇者は、隣で鎧に押し付けられてむっちりとたわんだ大質量に目を奪われながら叫んだ。
彼女はエッセルと名乗った。エルフェンの郷の巫女だという。なぜかパピシウスに面識があると思い込んでいる様子の彼女は、彼の手をとって、うっとりと顔を見つめていた。
「想像していたとおり。いえ、想像以上にお美しい方でいらっしゃいますのね」
"純潔の乙女"教育のせいで、完全無菌培養で育ったパピシウスは、「ずっとお慕い申しておりました」だの「1日たりとも忘れたことはありません」だのと猛アプローチを受ける想定外の事態に、すっかりフリーズした。
「それじゃ、あなた、その白騎士様との約束に従ってエルフェンの郷で勇者が来るのを待ってたけど、なかなか来ないから勝手に探しに来ちゃったのね?」
エッセルの要領を得ない話を擦り合わせた結果、なんとかパピシウスに関する誤解は解けたものの、その頃には男どもはすっかり使い物にならない有り様になっていた。
1人冷静なロッテは、若干の頭痛を覚えながら、エッセルから聞き出した内容を再確認した。
「しかも、郷の偉い人には無断で、祠に奉られてた大事なものも持ってきちゃったと」
「こ、これは私が大切に守るように言いつかっていたものですから、郷を出るからといって目を離すわけにはいきません!ですから、こうして肌身離さず持ち歩いて……」
エッセルは肩から細い紐で斜めにかけていたポーチを両手で握りしめた。
「守れって、何から?」
「ええっと、郷に侵入して盗み出そうとする怪しい悪者?とかかな?あとは祠に小動物が入って荒らさないようにとか、埃が積もらないようにとか……」
「バぁカくわっ!あんたわぁっ!!」
ロッテは、エッセルの鼻先に指を突きつけて叫んだ。
「人が辿り着くのも困難な安全な隠れ里の奥地の祠に隠されていた宝物を、ホイホイ持ち歩いてなにやっとんじゃ~っ!」
「ふええっ?ダメだったんですか~?」
ロッテは頭を抱えた。
神秘的かつ衝撃的な見た目とはうらはらに、エッセルはかなりポンコツだった。
「まぁ、いいじゃないか。そんなに怒らなくても。俺のために、わざわざ来てくれたんだし」
勇者は涙ぐむ美女の肩を抱き寄せた。
「ありがとうございます。勇者様~」
「よしよし。おこりんぼロッテのことは気にしなくていいからな」
「アキラー!」
攻撃魔法が発動しかけて大気がバチバチいい始めたところで、我に返ったパピシウスが止めに入り、なんとか大惨事は免れた。
エッセルがポーチにいれていたのは、手に収まるほどの大きさの虹色の石板だった。磨かれた面は虹色が不規則に渦を巻き、ゆらゆら揺らいでいた。
「界渡りの石です」
「これで妖精王に会いに行けるのか」
「はい。妖精王様のおわします精霊界とこちらの世をつなぐ石です。私の役目は郷に勇者様が剣を探しにいらっしゃったら、丁寧にお迎えして、精霊界につながる門にご案内することでした。その門の鍵がこの石で……あれ?」
エッセルは首をかしげた。
「なんか嫌な予感しかしないので聞きたくないんだけど、どうしたの?」
ロッテの問いに、エッセルは目をぱちくりさせてから、照れ笑いした。
「えへへ、鍵だけあっても門がないとご案内できないですね」
ロッテは、こんな間抜けに大事な役目を任せた奴を呪った。
「あ!でもでも!大丈夫ですぅ。迷落の森の洞窟の奥にいけば、精霊界の常闇の洞窟につながる門があったはずです」
「常闇の洞窟?ずいぶん暗そうなところね」
「精霊界の夜の国にあって、えーと、永遠の闇と静寂で精霊の死を弔う墓所……とかなんとか?」
「ナイス!それだ」
アキラはエッセルに後ろから抱きつきながら、歓声をあげた。
「"死の精霊の墓所"。精霊や妖精王をも切るという最強の剣のありかだよ。やったぜ。途中の試練&お使いイベントすっ飛ばしでいただきだ!お前、最高だぜ、エッセル」
「ひゃ、ひゃいぃ」
運が回ってきた、とアキラはほくそえんだ。
聖女達をゲットし損ねたのはガッカリだが、それは部下の王城兵に探させとけばいい。とりあえずこのチョロエロフと、捕まえた"氷の騎士"とかいうテンプレくっころさんでしばらくは十分楽しめる。
「(となると、ガミガミ女と色物は要らないな)」
聖女捜索でも任せて、おいていけばいいか。
「ようし、次の目的地は常闇の洞窟だ。まずは行くぜ迷落の森!エッセル、案内しろ」
「ひゃ、ひゃうぅ……わかりましたから離してください、勇者さまぁ」
この先のお楽しみをあれこれ想像しながら、アキラはみかねたロッテが切れるまで、エッセルにセクハラを続けた。




