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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第5章 魔王の倒し方

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天上人の従者

『』は妖精用の会話のため、一般人には聞こえません。

風呂あがりに、冷蔵庫からドライジンジャエールの緑色のビンを出して、グッと飲む。日に干しておいた布団は、もう洗ったシーツを掛けて、畳の部屋に敷いてある。

「あー、日常、最高」

機嫌よく歯磨きをして、川畑は布団に倒れこんだ。

「おやすみなさい」

夢も見ずにぐっすり寝て、二度寝も楽しんだ。


ドイツメーカーのインスタントコーヒーを入れて、新聞がわりに備忘録を再確認する。

「さて、仕方がないから仕事にいくか」

シワをとった白いシャツに、モスグリーンの胴着、ダークグレーの上着の取り合わせは、すべて王国風の仕立てで襟元がつまったカッチリした装いだ。服を用意してくれた侍従長殿に敬意を表して、同じように前髪をあげて整える。毛が短いのであまり変わり映えはしないが、多少野暮ったさはマシになる気が自分ではした。




転移すると、留守番のカップとキャップが飛び付いてきた。

『おかえりなさい、おーさま。おへやには、だれもきてないよ』

『ひとり、ちかくまできたけど、あしのこゆびぶつけてかえったよ』

『にんげんはくらいとみえないのに、あかりもつけずに、てんじょううらなんかとおっちゃダメだよね』

『留守番ありがとう。今日はどこのポケットがいい?』

好きなところに潜り込んだ妖精達を連れて、川畑は仕事に出た。


『起きろ!ろくでなし』

『おはよう、我が君。今日も素晴らしい朝だね。……もっと近くに来て起こしてくれよ』

『寝言言ってないで、さっさと水を浴びて来い。今朝は朝食から予定が詰まっているから急げ』

『君が洗ってくれたらうれしい』

『ど阿呆。入浴介助と夜伽と着付けと調理は専門職の領分だと、何度言ったら分かるんだ。俺は事務方の訓練しか受けとらん』

『礼儀作法を習ってきたと言う割には、扱いがひどい気がする』

『人前での言動は気を使ってやっているだろうが。お前も"我が君"だの"魂の主"だのという不審な戯言を迂闊に漏らすな。節度ある距離を保て。俺が"主"だというなら言いつけはちゃんと守れ。わかったな。俺はお前に触ることはもちろん、本来、許可がないとこっちから話しかけることはできない身分だからな』


「直答許す。朝の挨拶はそなたからせよ」

大きなベットの上で恨みがましい顔をする皇子に向かって、川畑はお手本通りのきれいな礼をした。

「お早う御座います、殿下。準備が整っておりますので、お出ましくださいませ」

「うむ。あいわかった」

しぶしぶベットを降りた皇子のために、寝室の扉を開けながら一言言い添えた。

『午前中の予定がすべて順調に片付いたら、午後に空き時間が作れる。一緒に出掛けたいところがあるから付き合ってくれ』

皇子はあっさり機嫌を直し、湯殿番に連れられて、水を浴びに行った。




川畑は見事な存在感の無さを発揮して、皇子の家臣団に埋没した。1人だけ王国風の出で立ちなのにも関わらず、まったく目立たなかった。皇子と会見した王国貴族は、そもそも自国の召し使いの存在を意識したことがない者達であったし、たまに皇子が小声で彼と会話しているのを見ても、ああ通訳かと思ったあとは、気にならなくなるのが常だった。

帝国の者達も、最初はどうなることやらと警戒していたが、蓋を開けてみれば、皇子はいたって大人しく彼を迎え、彼もきちんとした態度で務めたので、拍子抜けした。護衛官の一部は警戒を解かなかったが、皇子の厳命が下ったため、絡むことはしなくなった。

実際、彼は部屋の隅に立っていると、いるのかいないのかわからないほど静かだったし、邪魔にならなかった。

むしろ、彼が側に控えるようになってから、皇子は気まぐれやむら気を起こすことが減り、決められた予定をよくこなすようになったので、家臣団は大助かりだった。王国の騎士団や内務官とのやり取りもスムーズになり、トラブルがないせいで関係者一同の負荷が下がっていた。


その日、午後の空いた時間に、王都の聖堂に詣りたいという皇子の要望は、あっさりと通った。急なことのため聖堂に配慮して、最小限の人数で静かに行きたいという提案も、護衛官が渋い顔をしただけで了承された。

とにかく、これまでのように勝手に抜け出されたり、その時の思い付きで急に言い出されるより、家臣団にとっては、よほどありがたかったのだ。




『なぜ聖堂に行きたいんだい?』

長袖の白い長衣を着て、じゃらじゃらした光り物を減らした参拝用の出で立ちの皇子は、お忍び用の小さな馬車の中で川畑に尋ねた。

『聖堂の奥の一般立ち入りが禁止の区画にある絵や資料が専門家の解説付きで見たい。お前とならいれてもらえるだろう。この世界の神と精霊と妖精の扱いが今一つわからなくてな。勇者関連は神という語がよく出てくるんだが、聖堂や人々の信仰の中心は精霊で、実在しているのは妖精だ。伝承の解説でも聞けば少しは分かるかと思って』

『そういうことなら、私が教えられることは多いぞ』

皇子は身を乗り出した。

『精霊と妖精は私の専門分野だ。帝国は王国と違って古い信仰体系がそのまま残っているからな。皇族は祭司も兼ねるし、皇帝は儀礼上精霊と同一視されることもある』

川畑はある可能性に思い至った。

『あれ?じゃぁ、精霊界帰りで精霊魔法が使えるお前って、もしかして有力な皇帝候補?』

『私が妖精女王の城に行っていたことを知っているのは極少数だし、国内での政治的実績と後ろ楯が足りないから皇太子ではないが、これでも結構重要人物だぞ』

皇子はにまにまと笑った。


王都の聖堂は、それほど大きくはないが風格のある佇まいだった。

通された貴賓室の存在が、なるほど王都の聖堂だと思わせた。

『公式行事以外で聖堂に参拝したと言ったら爺やは喜ぶだろうな。妖精王に敬意が足りないと普段からガミガミ言われてる。これが妖精王の城に乗り込んだ男ですと、我が君を紹介したら、うちの爺やは卒倒するよ』

『妖精王とは和解してる。なんか甲冑とかもらったし』

『……そういえば、勇者の護衛とかいう若造が、分不相応な鎧を身に付けていたが、あれはなんだ?装飾部分だけは本物だが、鎧本体はまるっきりいい加減な偽物だった』

川畑はばつが悪そうに目をそらした。

『あー、あれは妖精王からもらった鎧を改造したときに余ったパーツを使って、知り合いの賢者にそれっぽく作ってもらったんだが……やっぱり偽物って分かるか?一応、大聖堂に飾ってあった騎士像は参考にしたつもりなんだけど』

『日頃、罰当たりといわれている私でも血の気が引くようなことをさらっと言うな。妖精王から下賜されたものをばらして、象徴的な紋様を偽物に張り付けて、精霊の遺物と偽証するなんて、よくそんな冒涜的なことが思い付けたな』

『偽証はしてないぞ。置いといたら勝手に拾って持って帰って誤解しただけで……なぁ、カップ、キャップ』

妖精王の側近の妖精達はポケットから顔を出して、元気よく答えた。

『おーさまがぶれいなのは、しかたがないって、妖精王様もいってました』

『ゴーガンフソンはなおらないって』

川畑は顔から火が出るかと思った。


案内役の祭司に続いて、回廊を歩く間、妖精達はポケットから出て、川畑の肩や頭に乗って、傲岸不遜なおーさまのこと好きだよ、などと言って彼を慰めた。

『前々から、気になっていたんだけど、その高位の妖精達は?』

『妖精王の近習だ。今は俺についていてくれる。高位とか見て分かるのか?』

『そりゃあ、精霊界でもないのにこれだけはっきりと声が聞こえるなんて、よほど力のある存在だとしか思えない。目を凝らすと青と黄色の輝きまで見えるよ』

『あれ?お前でもその程度にしか見えてないのか』

意外そうにそう尋ねた川畑を、皇子は怪訝そうに見返した。

『俺には向こうで見るのと同じように、妖精はみんなちっこい人の姿で見えてるから、お前もそうかと思った』

『みんな?』

『こっちの地元の妖精。王都は少ないけれど、そこら辺の野山でもちょくちょく挨拶されるぞ』

皇子は思わず出そうになった変な声を飲み込んだ。

『それは……噂に高い聖女の域を越えるではないか』

『聖女?』

『王国の聖都には、妖精の加護を受けた聖女がいるという話だ。彼女の周囲には常に妖精がいて、彼女は妖精の姿を見て、友のように語らうという。聖女に会うことも、私の今回の王国訪問の目的の1つだ』

カップとキャップは顔を見合わせた。

『シャリーかな?』

『シャリーかな?でもシャリーはみんなのプリンセスだよ。せいじょじゃないよ』

『でも、あそこにいる妖精()たちはみんな、おーさまのめいれいどおりずっとシャリーをまもってるよ』

今度こそ皇子の喉の奥から変な声が出た。皇子は激しくむせた。

「殿下、いかがなさいましたか」

皇子は何でもないといって駆け寄った護衛を下がらせた。

『妖精が守っている聖女は、我が君の大切なお方ということか?』

『もし、その聖女がシャリーのことならそうだな』

皇子は唾を飲み込んだ。彼は川畑が"大切な女性"を助けるために、妖精王の城に乗り込んだのは知っていたが、ずっと蚊帳の外に置かれていたので、ノリコには会っていなかった。


皇子は出迎えた祭司長に挨拶をし、礼拝室で定型通り精霊と妖精の王に祈りを捧げた。

ながながとした祈りの口上は、仰々しくて、実際に妖精女王に寵愛を受けた"妖精の子"だった身としては、これまで馬鹿馬鹿しく感じていた。目に見えない崇拝対象というのは、結局のところ自分の目には見える存在だと思っていたのだ。同じように話し、飲み食いをする存在ならば、妖精王といえども単に行き来がしにくいだけの異国の王と何が違うのか。精霊界がこの世と隔絶した世界だと知っているからこそ、現実における影響力はないと思っていた。帝国皇家にしろ、王国の聖堂にしろ、精霊界という人が触れにくい神秘を権威に利用しているだけではないかと、斜に構えていたのだ。

だが今、彼の後ろで静かに控えている男は、街や野山に棲む人の目には見えぬ妖精を臣従させているという。それがどれ程の脅威かは、自分でも皇室直属の内偵や精霊魔法を使う身としてよくわかった。

思い出されたのは妖精王の城で、妖精王と対等に語らい、自分をとるに足らないもののように扱った彼の姿だった。直接見てはいないが、彼は戦って妖精王を下したという。彼にとって妖精王からの贈り物は、下賜ではなく、単なる敗者からの貢ぎ物なのだ。

礼拝が終わり、改めて彼を見て、皇子は彼の姿が初めて会ったときからまったく老いていないことに気づいて愕然とした。ここにいるのは人の姿をしてはいるが、この世の理を超えた力を持つ何かなのだ。


『我が君。我が君のお力を他のものに明かしてはならないのでしょうか?』

『それは困る』

『そのお力にふさわしい身分を得た方が聖女様を守るのには役に立つのでは?』

『俺はシャリーに幸せになってもらうために、勇者に呼応して出現する魔王を倒さねばならん。勇者の行動がわからず、魔王の出現状況が特定できない間はできるだけ身辺を自由にしておきたい』

まさに今、その自由を脅かして、邪魔をしているのが自分だと気づいて、皇子は冷や汗をかいた。

だとしても、これほどの重要人物をこのまま王国に放置して帰る訳にもいかない。

『我が君のお望み、できる限り叶えさせていただきます。何なりとお申し付けくださいませ』

『今は情報がほしい。精霊信仰について教えてくれ』

聖堂の奥殿に案内されながら、皇子は伝承と信仰について説明を始めた。

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皇子様、意外?と察しが良くて頭もいいよね 冷や汗かけるのは有能勢
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