祝勝の裏方
「いやっほーっ!」
「きゃぁ、速い~!アキラ、止めて、止めてー!!」
「勇者様、危ないーっ」
山頂の洞窟で見つけた大盾を使った3人乗りのソリは、真っ白な斜面を爆走していた。
「これなら道がなくても村まであっという間だぜ!」
「ああっ、勇者様!そこ、先がない!!」
「きゃ~っ!」
急に途切れて、スキーのジャンプ台のようになっていた段差から放り出されて、勇者達は宙に舞った。
「死ぬかと思ったわ」
「せっかくの大盾がぼろぼろだ」
「んなに愚痴んなよ、パピ子。悪いのは、この岩だ」
「……これ、あんたが上の洞窟内吹き飛ばした時の岩じゃない?」
ロッテは雪に半ば以上埋まった2つの大岩を見上げた。
「アキラ、あの岩の間にできた隙間で、少し休憩しましょう。盾も直さなきゃいけないし」
「ちっ、しょうがねーな」
勇者達は雪に足をとられながら岩の方へ向かった。
「村は無事のようですね」
大盾を抱え直したパピシウスは、麓の様子を見てほっと胸を撫で下ろした。まばらな林の向こうに小さな村の姿が見えた。
「この岩のお陰で、村の方にはあまり雪が流れなかったみたいだ」
「なんだ。じゃぁ、村が無事なの実質、俺のおかげじゃん」
「雪崩が起きたのも、あんたのせいでしょ!」
「怪物は倒したし、盾は手に入ったし、みんな無事で結果オーライだ」
「それはそうだけど……なんか納得いかないわね」
「俺は神に愛された強運の持ち主なんだよ」
勇者アキラはロッテのおでこをつついた。
「勇者様!ちょっと来てください。岩の崩れたところに箱みたいなものがあります!」
「あ!アキラ、あそこ!村から誰か登って来るわ。迎えに来てくれたんじゃない?おーい、ここよー」
「お前ら、勝手に色々すんなよ……って、おおっ!こりゃすげぇ!」
岩の間から見つかった箱の中身を見て、アキラは己の強運を確信した。
城の大臣は、勇者がパルム山から持ち帰ったものを見て興奮ぎみに絶賛した。
「なんとこれはまた、素晴らしい鎧ですな。気品のあるフォルムに優美な装飾。光沢のある白い素材は驚くほど薄く軽いのに、十分に固い。しかも普通の鉄と異なり、熱や冷気にあてられてもあまり熱くなったり凍てついたりしないとは!まさに、精霊の守護の力で作られた鎧かと!さすが神に遣わされし勇者様」
誉めちぎる大臣に向かって、アキラは渋い顔をした。
「うーん、そうなんだけどな……これ大きすぎんだよ。鍛冶屋とかでサイズ調整できない?」
「さて、それは……。そもそもこの素材は鍛冶屋が扱う金物なのでしょうか?」
「村の鍛冶屋じゃわからないって言うからさ。ミスリルだかアダマンタイトだか知らないけど、王都なら分かる奴いるんじゃないの?」
「は、はあ。あたってみます」
それにしても、と大臣は首をひねった。
「見たところ、勇者様のお付きの騎士殿にちょうどの大きさに思えますが?」
アキラは渋面をさらにしかめた。
祝勝会のために身支度をしながら、騎士パピシウスは何度も自問した問いを口に出した。
「本当にいいのかな。自分が貰っちゃって」
「いいんじゃないのか?サイズもちょうどだし」
パルム山で見つけた鎧は、まるでパピシウスを採寸してあつらえたかのように、体にぴったりだった。
「勇者様ならともかく、自分がこんな素晴らしい鎧に相応しいとはとれも思えない」
若い騎士は眉を下げて情けない顔をした。
「お前自身が勇者の鎧で盾なんだろう?」
「そ、そうか。足手まといにならず精進せよという精霊様の思し召しか」
「そう思い詰めずとも……」
ハーゲンは最後にマントの飾り金具を確認してから、羽飾りがつけられた冑を騎士に渡した。
「似合っているぞ」
「……ありがとう」
はにかんで笑う彼を見て、川畑は、妖精王がくれた鎧からひっぺがした装飾を流用して、賢者にそれっぽく造ってもらった甲斐があったな、と思った。
「(体型の3Dデータから起こしてるから、フォルムがバッチリだ。流石、モルル)」
帰ったら小さな賢者にケーキでも食わせてやろうと考えながら、川畑は騎士をパーティーに送り出した。
長い金色の髪をすっきりと編んで背に流した精悍な若者は、その白い鎧を着るとおとぎ話に出てくる妖精の守護騎士そのものだった。
「やだ。パピィちゃん、めちゃくちゃカッコイイじゃない」
「うーん……まぁ色物の女装騎士連れてるよりはコッチのが様になるかな?おい!パピ子、調子乗ってないでちゃんと後ろついてこいよ。ロッテ、いつまで見とれてるんだ。お前は俺のパートナーだろうが」
「ハイハイ、妬かないの、天才魔法剣士様。どのみちフルプレートメイルは魔法の邪魔になるから着れないんでしょ。次に探しに行く妖精王の剣が大本命なんだから鎧は気持ちよくパピィちゃんに譲っちゃいなさい。神様だって、もしアキラに着せる気ならアキラのサイズに合わせた黒いの寄越すわよ。あんた黒い服ばっかり着てるじゃない」
「うるさい。いいだろ、黒い方がカッコいいじゃないか」
いつも通りぐだぐだと口論する二人について、パピシウスはパーティー会場に入った。
祝勝会が始まり、皆に披露する武勇伝に熱が入ってくると、勇者はいつもの調子を取り戻した。いつの間にかパピシウスは、雪崩から村を救った守り岩の精霊の加護を与えられた騎士とやらにされていた。
彼は、支度部屋を出るときに馭者の青年にかけられた言葉を思い出した。
「これまで女物の服だのなんだの、さんざん似合わないものを着せられてきたんだろ。どうせお前の本質なんか見ちゃくれない奴らに、俺は勇者に媚びる女の役じゃなくて、勇者を守る騎士の役をやるんだって見せつけて来いよ。その方が俺は輝くぞ、ってな」
彼は少しでも小柄に見せようと背をこごめるのを止めた。雪を止めて村を守った大岩のように、勇者を守る気概を込めてしっかりと立ち、背筋を伸ばして胸を張った。
彼はこれまでになく多くの人に好意的な視線を向けられ、話しかけられた。十代半ばの多感な時期を、勇者に仕える"女騎士"として色物扱いされるか、腫れ物のように忌避されてきた彼にとっては、それは戸惑うけれども、大変幸福な経験だった。




