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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第5章 魔王の倒し方

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雪割草の守護者

パルム山の中腹の村で、川畑は馬車の屋根に積もった雪を落としながら、山頂を見上げた。昨日出発した勇者は、順調ならそろそろ目的の怪物の巣穴に到着するころだろう。

男爵家で食客相手に無双して、十分に歓待を受け、賑やかな商都で観光もできた勇者は、ここ数日かなり上機嫌で、用意された防寒装備にも文句も言わず、意気揚々と雪山を登っていった。


馬車の車輪の傷みを修繕し終えて、村人にもらったカンジキもどきを試していると、無事に元通りの大きさになったカップが、見知らぬ妖精を連れて来た。

『おーさま、ここの妖精()が、やまがあぶないからにげてっていってる!』

『どういうことだ』

川畑は、ほっそりした白い妖精に事情を聞いた。要約すると、勇者が山頂付近で怪獣と戦って、雪崩が起きそうということらしい。

『すぐに行く。案内しろ。カップ、視覚同調(目を借りるぞ)上昇(翔べ)

川畑は、いつもの隠密行動セットを雪目対策バージョンで発動しながら、まっしぐらに飛んでいくカップにあわせて氷盾を上昇させた。

リンクしたカップの視覚で、視野の通り具合を確認してから、拡大させた氷盾の上に転移する。

『カップ、聴覚同調(耳すませてろ)。山の様子見ながら、お前はここで待機』

村と山頂の間の尾根筋をざっくり確認する。あわてて飛んできた白い妖精に危険そうな辺りを指させる。

『一旦、あの尾根の大岩の上に降りる。キャップ来い』

頭に乗ったキャップごと、転移する。見晴らしのいい位置に露出した尖った大岩に氷雪の足場を作って降り、妖精が指した方角に目を凝らす。雪解けには遠い山は、どこも雪が厚く積もっていた。


突然、山頂左手の雲がかかった付近で閃光が走った。

光が見えた辺りと、村の位置関係を確認する。なだらかな尾根とまばらな林を間に挟んでおり、谷筋はわずかにずれている。これなら少々崩れても村が雪に呑まれることは無さそうだ。

そう思ったとき、山頂左手の雲が赤く染まって、派手な雪煙が上がった。爆発音と何かの咆哮が轟く。

『キャップ、視覚、聴覚同調(耳目そらすな)。俺の直上、カップと同じ高さまで上昇(翔べ)

川畑は雲の奥を睨んだ。

『カップ、キャップ、重低音に集中(轟きを聞け)

山の稜線がゆっくりと崩れていく。

川畑は3点で拾った音で、それ(・・)を感じた。

山頂の一角を吹き飛ばすほどの攻撃魔法によって、村を直撃するコースの大雪崩が発生しようとしていた。


「(あの野郎。よりによってこっちに向かって、ぶっぱなしやがったな)」

もうもうと上がる雪煙の中から、いくつもの巨大な岩塊がスローモーションのように転がり落ちてくる。まるで山がうめく声のように、大量の雪が軋んでずれる音が低く響く。

川畑は目を閉じた。

カップとキャップの視界を統合して広角視野で俯瞰する。

山の南斜面全面が危険だった。

川畑は村を救う方策を必死に考えた。

『ここにいたらしんじゃうわ!すぐににげて』

ようやく追い付いたらしい妖精が襟の端を引っ張るのに気づいて、川畑は目を開いた。

内気そうな白い妖精は、川畑と目が合うと、びくりと怯えた。それでも泣きそうな声で、早く逃げてと懇願した。

『お前、名前は?』

内気な花(モデスタ)

『モデスタ、教えてくれ。この山で人がいるのはあの村だけか?』

『やまのむこうがわにもひとがいる。でもこちらがわは、いまはあのむらだけ』

『よし。おいで、雪割草(モデスタ)。一緒に雪を割るぞ』


川畑はモデスタを外套の胸ポケットに入れると、足元の大岩の直径を確認した。

「(こんな規模のは試したことはないが……)」

帆船だって飛ぶのだからと、ためらいをのみ込む。目標地点を3点視野でしっかり見定めながら、左手を足元にかざした。

開け(イフタフヤー)ゴマ(シムシム)

大岩を動かして穴を開く呪文を唱える。

巨岩の下にゆっくりと黒い穴が広がり、それが十分な直径に達したとき、川畑をのせたまま、岩は穴に落ちた。




「剣でも斧でも、上から振り下ろされる力は強い。お前のように上背のある奴が体重をのせて振り下ろす刃を迂闊に真っ正面から受ければ、当然、受けた刃が折られる。だがな……」

頬骨の高い痩せぎすの男は、川畑に大降りのロングソードを大上段から振り下ろすように命じた。

「落ちてくるだけの大きな力は、適切な一点でずらせば、逸らせることができる」

振り下ろされたロングソードは、男が抜きはななった細身の木刀に、軽々と打ち払われた。


「全体の力の流れを見極めろ。大切なのはどこにどう力を加えるかだ」


「うまいことやれば、相手は勝手に転がってくれるわい」

妖怪じみたシワだらけの顔をいっそうしわくちゃにして、小柄なじいさんは笑った。投げられて、地面に這いつくばった川畑は、黙って立ち上がったが、気がつけば、訳もわからぬままに、また投げられていた。

「相手が大きいとか、力が強いというのは、負ける理由にはならん」

腹のたつニタニタ笑いを浮かべながら、妖怪じじいは、なんとか投げかえそうと奮闘する川畑の脇に、一歩踏み込んだ。あっという間に川畑はまた投げられていた。

「止まっとるもんを動かしたり、持ち上げたするのは骨だが、自分から動こうとしとるもんを転がすなら、そんなに力は要らん。相手の力がかかる向きだけ、ちっとばかりずらしてやればよい」




崩れ出した南東の山頂付近と村との間、尾根というほどでもないなだらかな起伏の端のやや東側に、川畑の乗った大岩は出現して、雪に深く突き刺さった。大岩が落ちた衝撃で付近の雪が震え、崩れ落ち始める。


川畑は大岩から大地に力を広げ、大地から積雪のなかに、固い氷の棘をスパイクのように斜めに伸ばした。起伏に沿って並んだ棘は、雪が滑り落ち始める方向を東側に逸らせた。

山頂方向から落ちてくる大量の雪は、東側の谷に向かって落ち始めた雪の層の上に乗り上げて、その向かう方向をわずかに変えた。


『カップ、キャップ、光点(マーカー)の位置まで前進。下を見ろ』

上空からの視野を調整して最適化する。雪崩に半分埋まりながら押し流されてくるいくつもの岩塊を、川畑は慎重に狙った。それぞれの重心を見極め、岩塊の回転に合わせて、外縁部に小さな氷礫を高速で当てる。同時に逆側の雪を吹き飛ばすようにして誘導すれば、岩塊はゆるゆると回りながら、東へと転がり始めた。


「あとは力技か」

波を割く船の舳先に立つように、川畑は大岩の上に立って、迫り来る雪の壁を見上げた。


大岩の前に大きな壁のような氷盾が何枚も縦に並んで出現した。その列を頂点として、川畑の両サイドに巨大な氷柱が次々と立ち上がり、逆V字型に並んだ。

雪崩の最前列に当たると前方の氷盾は砕けて消えたが、すぐに新たな氷盾が現れて雪崩を2手に割り続けた。氷盾に割かれた雪は並んだ氷柱に沿って押し広げられ、大半は東の谷筋へ、一部は起伏を乗り越えて勢いを落としながら、西の谷筋に雪崩落ちていった。


村までの間に広がるまばらな林では、雪中から白銀に光る木が何本も立ち上がり、一斉に同じ形の枝を広げていた。木と木の間には氷の蔦が伸び、互いに絡んでいる。

大岩から村側に向かって落ちた雪は、大きなネットのように拡がった林を押し流すほどの力はなかった。




『すごい……ゆきがわれていく』

モデスタは、大きな力の渦の中心にいた。

展開された強すぎる精霊力のせいで、周囲の光景は揺らめき、雪と氷がキラキラと輝きながら、渦を巻き、収束され、砕け散り、分断され続けていた。

荒れ狂う激しい力の攻防の中にいるにも関わらず、モデスタのいる胸ポケットの中は暖かく安全で心地よかった。


まもってくれているんだ。


モデスタはポケットの中から、守護者を見上げた。その顔は冷たく強ばっているように見えた。

また1つ氷盾が砕けて、守護者はついに片膝を着いた。モデスタはポケットの中で守護者の胸にすがり付いた。無力なモデスタに、彼は「一緒に雪を割ろう」と言ってくれたのに、モデスタはずっとただ守られていただけだった。


だからわたしのちからもつかってください。


モデスタは彼の胸に、雪解けを祝福する生命の力を贈った。"おーさま"と呼ばれていた守護者は、片手でそっとモデスタのいるポケットを覆って、ゆっくりと立ち上がった。


そのとき不意に氷盾が立て続けに割れて、暗い影がさした。

『にげて!』

巨大な岩塊が目の前に迫っていた。

思わずモデスタは目をつぶった。

岩と岩とがぶつかる大きな音がしたが、覚悟した衝撃は感じなかった。


『ありがとう、モデスタ。止めれなければ、逃げればいいのを思い出したよ』

手の隙間から見上げると、モデスタの守護者は優しく微笑んでいた。ポケットから顔を出して外を見ると、前方で大きな岩が2つゆっくりと倒れるのが見えた。どうやら滑落してきた岩塊がぶつかる瞬間に、足場の大岩の上から後方へ跳んだらしい。

彼は足場にしていた小さな氷盾から、新しく生やした氷柱の上に降りた。

『ああ、これはいいな。あの岩2つが盾の代わりになってくれる。もっと早くこうすれば良かった』

余裕を取り戻した守護者から再び力が湧き出した。両脇の崩れかけていた氷柱列が新たに立ち並ぶ。彼の周囲で小さな氷片がキラキラと舞った。

『あと少しだ。一緒に頑張ろう』

『はい!』

雪割草(モデスタ)は彼の胸で誇らしく咲いた。



その日、パルム山の南東で大規模な雪崩が発生したが、山の南側の中腹にある村に被害はなかった。

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