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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第5章 魔王の倒し方

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居候

「どう?順調?」

 賢者モル・ル・タールは、慣れた様子で履き物を脱いで畳に上がった。

「まぁまぁかな」

 川畑は顔も上げずに答えた。

「なにやってるの?勉強?」

「これでも学生なんでな。もとの生活に復帰したとき、学業まるごと忘れてると人生がやばい」

「お前が学生とか全然実感ないわぁ。そんだけ生活力あったらなにやったって生きていけるんじゃないか?」

 モルは川畑の隣に座って、座卓の上に広げられた教科書と問題集を覗き込んだ。

「どうしたの、これ」

「時空監査局員のDに調達してもらった。世界史の内容はちょっと怪しかったが、数学と物理は受験レベルなら世界間誤差が無さそうだったんで使ってる」

 社会復帰したときも翻訳さんが使えるままだったら、外国語は楽勝なんだが、なくなったら悲惨だから、英語もやっているという川畑の頭を、モルはわしゃわしゃ撫でた。

「えらい、えらい。勉強熱心な子はこの賢者様が手伝ってやってもよいぞ」

「あ、それじゃあ。練習台頼む」

 川畑はモルの方を見ると、膝立ちで手を伸ばしていた小柄な体を、そのまま軽々と膝の間に抱え込んだ。

「にゃ、にゃにをする!?」

 後ろから頭を両手で掴まれて、モルはあわてた。

「サイドの編み込みとかやってみたいんで試させてくれ」

「それ勉強関係なくない!?お前、私のこと、賢者じゃなくてモルモットだと思ってるだろ!」

「毛並みいいなぁ、柔らかくてふわふわだ」

「毛並みいうな!」


 モルはしばらくじたばたしたが、じきに諦めて、されるがままになった。髪を手ですかれながら編まれるのは、結構気持ちが良かったのだ。

「何でまた編み込みなんか練習する気に?」

「勇者の護衛騎士の髪を結ってやる約束をしたんだが、後ろで三つ編みするだけだと、サイドが緩んできちゃうんだよ。朝の短時間でできてまとまりのいい方法がないもんかと思ってな」

「へー、その女、お前に朝から髪を結わせるんだ」

 モルはちょっとムッとした声でそう言うと、口を尖らせた。

「いや、男なんだが……」

「ふぁっ!?」

「訳ありで、女装を強要されてる可哀想な奴でな。歳は俺と同じか一個下ぐらいなんだが、水溜まりに落ちた仔犬みたいな顔して落ち込んでたから、ちょっと慰めたら、妙になつかれた」

「お前それ……まさかこんな感じ(・・・・・・)で扱ってるのか?」

 モルは膝の間に抱え込まれたまま、おそるおそる尋ねた。

「大丈夫。相手はどうも箱入り娘レベルの倫理感で教育されてるみたいなんで、できるだけ丁寧に扱ってる。といっても、相手は俺よりがたいのいい男で女には見えないし、俺も女の子の扱い方なんてわからんから、適当だけど……雜にはしてないぞ」

 これはダメだ。突っ込みどころが多すぎる、とモルは脱力した。

「あんまり構いすぎるなよ」

「わかってる。……お、これいい感じだな。モルル、もう一回やらせてくれ」

「何回でも好きにしろ」

 耳の後ろを優しく撫でるように髪をほどかれながら、モルは目を閉じた。

 実験台のモルモットを雜に扱っているつもりでこの有り様の男が、丁寧に慰めたという箱入り娘に、モルはちょっと同情した。




「なんです?それ」

 帽子の男は、川畑の膝の上で丸まって寝ているモルを指差した。

「うちの大家、兼、家庭教師、兼、ペットの小動物」

「非常にコメントに困りますが、とりあえず気にしないことにします」

 帽子の男は座卓の正面に正座したぐらいの高さに半透明の体を沈めた。

「あちらの状況はどうですか?」

「勇者の御一行はそこそこ順調に行事をこなしてるよ。今は男爵家で腕自慢の食客達と勝ち抜き戦やってる」

「見なくていいんですか?」

「城で騎士団を相手にやったのと同じだろうから、いいかな」

「強いんですか?」

「強いよ。強化された身体能力と高威力の攻撃魔法と速効性の回復魔法でゴリ押しだから、まぁ無敵」

「へー。それでなんで魔王に負けるんでしょうね?」

「魔王も同スペックだったらキツいだろうな」

「そりゃそうか。で、このあとの予定は?」

「雪山で冬眠中の害獣を倒す。そこの巣穴にいい防具があるそうなんでそれ目当てらしい」

「またそんな、寝た子を起こすようなことを……ところでなんでそんなところに防具が?」

「昔、害獣にやられた奴の防具」

「あー……そんなの使うんですか?」

「俺は使わない」

 帽子の男は、そうでしょうねと首をふった。


「それが終わったらそろそろ伝説の剣を探しに出るんじゃないかな?」

「なるほど。防具の次は武器というわけですね」

「全行程付き合うの面倒だから、中抜きでぼちぼち同行する程度にしておく予定だけど、魔王まではまだしばらくかかりそうだ。そっちは?」

「すみません。基本的に担当が違うんで、情報にアクセスできなくて進んでないです。下っぱの権限じゃ物資の調達がせいぜいですね。はい、今週の食材と生活雑貨」

「ありがとう。支払いはいつも通り、提出文書の代筆でいいか」

「助かります。それにしても、どうしましょうね。立ち入り制限があるせいで私はあちらの世界に行けないし、本業でキャプテンも探さなきゃいけないし、あまり協力できそうになくて」

「それは仕方がない。今のところは物資調達だけでも十分ありがたいから気にすんな」

 いそいそと卵と牛乳を冷蔵庫にしまいながら、川畑は機嫌良く答えた。

「洗剤切れかけてたからありがたい。お、このルー好きな奴だ。今日はカレー作ろ」

「なんというか、川畑さん、こんなとこでも普通に生活してますね」

「お前が日用品仕入れてくれるし、電化製品使えるからな。なんとここコンセントに電気配線ちゃんとあるんだぞ」

 川畑は自慢げに胸を張った。

「は?そういえば冷蔵庫とか洗濯機とか使ってますけど、電気どうしてるんです?」

「あっちに太陽電池パネルがある。そこで寝てる大家がもともと大量のAV機器やパソコンを動かしたくて設置した奴だから容量あるぞ」

「はぁ」

「ファンタジー光源でも、パネル周りの設定が現実物理準拠なら、ちゃんと発電してくれるのありがたいよなー。あの辺りの変換で、随分異界の世界設定方法について勉強させてもらった」

 座布団の上に丸くなって寝ている賢者にタオルケットをかけながら、川畑は、先生スゴいんだぞといった。

「あー……普通にしてる裏側が、川畑さんでした」

 帽子の男はがくりと頭を垂れた。




 いくつかの連絡事項の交換と打ち合わせを終えて、帽子の男が帰ったあと、川畑はカレーを作った。

「モルル、モルル。起きろ。メシだぞ」

 賢者を起こして、一緒にカレーを食べる。モルは「からい」といいながらも、もくもくとカレーを食べた。

「(Dもモノが食えたら一緒に食事ができるのにな)」

 川畑は少し残念に想いながら、風呂に湯を張った。


「ほれ、お前用にイチゴ味の歯みがき粉買ってきてもらったから、ちゃんと歯磨きしろ」

 風呂と歯磨きを終えたあと、川畑に髪を拭かれながら、モルがポツリといった。

「お前、いつか帰るのか」

 川畑はどきりとした。帰る、帰るといいながら、そういえば自分はここの生活に馴染んでいる。

「……帰る。帰る方法を見つけて、ちゃんと帰るよ」

「そうか」

「すまない。それまではしばらく世話になる。悪いな。随分、迷惑をかけてる」

 何でも話が通じるせいで、気軽に話せることから、大分、遠慮なく振る舞ってきた自覚はある。寛容にしてくれてはいるが、人間嫌いで辺境に一人で閉じ籠っていた賢者には、煩わしいことだろう。

「でも、お前がいてくれて助かってる」

「物とか知識とか?」

 振り替えってこちらを見上げたモルの頭を撫でる。

「いや、気分的に」

 モルは何か言いたげに口をむにむにさせた。

 言葉が足らなかったかな、と反省して、川畑はもう少し付け足した。

「自分でいられる時間を共有してくれる相手が、そばにいてくれるのはうれしい」

 人嫌いの賢者には、あまり共感してもらえなかったらしく、モルはプイッとそっぽを向いた。川畑は苦笑した。

「じゃぁ、送ろうか」

「……いい。今日はここの布団で寝る」

「おい」

「そばにいて欲しいんだろ」

「いや、お前、寝相悪いから」

「うるさいな!お前だってよく寝返りうって、ひとのこと潰しかけるだろ」

「布団が気に入ったなら買えよ。ちょいちょい、なんだかんだ言って泊まっていきゃがって、ここに二人は狭いんだよ。モルモットは巣に帰れ」

「今からうちのベッドに戻っても寒いからやだ」

「お前、体温高いし代謝いいからすぐ暖まるだろ」

「朝方、寒いんだもん」

「人を湯タンポがわりにするな」

「やーだー暖かいお布団で寝るー」

「くそう、俺はこの布団で寝たくてここに帰ってきてるんだぞ。譲らんからな。お前、はしっこで寝ろ」

 川畑はぶつくさいいながら、明かりを消した。

「お休み」

「お休みなさい」

 いつも通りの挨拶を交わして横になる。

「(こいつなりに気を使ってくれているんだろうな)」

 意地になったように左腕にしがみついてくる小動物の高い体温や早い心音を感じながら、川畑はちょっとだけ感謝の気持ちを込めて、右手でその小さな背中をトントンとあやした。モルの肩がピクリと跳ねたが、そのまま撫でてやるとおとなしく体を預けてきた。

「(そんなに気を使わせるほど、弱音が顔に出たかな。いかんな。明日からもうちょっとしゃんとしよう)」

「ありがとう」

 小さく呟くようにそれだけ言って、川畑は眠った。

「もう、ずっとここにいてよ」

って言わなかったのは、賢者痛恨のミス。

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もるちゃん切ないな〜 言えなかったかー
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