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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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魔術師の塔も一歩入ればさほど厳格ではない

 魔術師の塔は、王立の研究機関である。一般的に世間の人が抱いているイメージは、世捨て人の魔術師が陰気な塔で古い文献や古代の遺物を研究しているところというもので……実態もおおむねそんな感じだった。


「だから、うちではそんな個人の依頼は受けていないんですよ。弱ったなぁ」


 魔術師の塔の魔術師見習い……実質雑用係は、面倒な客の応対に困っていた。

 相手は黒外套をまとった胡散臭い男だった。どこの誰だかもわからぬ輩だが、高位貴族からの紹介状を見せられれば、無碍に追い返すわけにもいかない。しかし、突然持ち込まれた前例のない案件をさっとさばけるほど、この見習いは器用ではなかった。そもそも、そんなに要領が良ければこんな受付係など押し付けられてはいない。


「とにかく、魔術師ってのは基本的にこの塔で研究している学究の徒なんですよ。怪しい獣の出る森に行って、えーっとなんでしたっけ? 変動……」

「変動魔力源」

「その何とやらを調べようなんて物好きは居ません。獣の駆除ならそこの警備兵か傭兵に依頼してください」

「だが、魔力の異常について調査ができるのは魔術師だけだろう」

「それはそうですけど……」


 魔術師の中にも変わり種はいる。フィールドワークができそうな魔術師もいないわけではなかったが、こういう時に限って出払っていて連絡がつかなかった。


「それじゃあ、一応、承ってはおきますけどね。すぐに人は出せないと思いますよ。そこのところはご承知おきください」


 黒外套の依頼人は不満そうだったが、それ以上文句は言わず「できるだけ早く」とだけ念押しして立ち去った。




「三位師長、これどうしましょう? 大公様の紹介状付きなんですけど」

「そういうのこそアルバートに回せ……っと、奴は休暇中か」


 雑用係の上長にあたる魔術師は、長い髭を撫でながら唸った。ちょっとした貴族程度の頼みなら放置で構わないが、相手が大公ともなると、何もしないというわけには行かない。

 かと言って自分は担当したくない。偉い貴族絡みの場合、自分の下にいる奴にやらせて、何かあった時に責任を取らされるのも困る。魔術絡みの相談事など何があるかわかったものではない。

 誰かに押し付けるにしても、魔術師の塔にいる魔術師にも色々階位や派閥があるので、面倒事を押し付けやすい孤立した相手というのは限られている。

 その中でも一番有能で、元の身分のせいで各所に無理がきき、かつ現在の塔内での身分は低くて孤立しているのがアルバートという魔術師だった。しかし間の悪いことに、ここしばらく彼は私用とやらで休暇中である。連絡先さえわかれば、緊急案件につき休暇取り消しとでも伝えて仕事を押し付けることができるが、現在の居場所が不明ではそれもできない。


「他にハズレ組というと……そうだ。アイツはどうだ。ルーズだかルーザーだか言うなんか陰気な奴がいただろう」

「ここの魔術師で陽気な人はあまりいませんが……ルーサーさんかな? よく体調不良で休む人。確かここしばらくも来てなかったような気がします」

「サボりだろう。かまわんこの案件はそいつに回せ。新規の重要案件があるから出てこいと使いを出せ」

「はあい」


 上長指示が出たので、その通りにすれば一段落と、一息ついていた雑用係に、また守衛から来客の知らせが入った。


「なんなんだよ、今日は」


 ツイていないと、ぼやきながら、応接室というには殺風景な来客用の小部屋に向かう。

 扉を開けたところで彼は、今日の自分は運が良いと確信した。




 今度の客は若くて綺麗なお嬢さんだった。見たところ、どこかの下級貴族のご令嬢か、偉い貴族家の侍女……あるいはその両方だろう。

 控えめで上品な服装だが、華がある。清楚で知的だが気取った様子はなく、冷たい感じもしない。魔術師の卵にとっては好みど真ん中だが、出会えるチャンスが限りなく低いタイプの娘である。

 さっき応対する羽目になった愛想のない黒外套の大男とは雲泥の差だ。しかも、あちらは厄介な案件を持ち込んできたが、彼女の用件は簡単だった。


「すみません。単に書状を1通お届けに上がっただけですのにお時間を取らせてしまって」

「いえいえ、ちょうど時間が空いたところだったのでお気遣いなく。……こちら、個人宛ではないようですが中をあらためても?」

「はい。かまいません」


 彼女が持ってきたのは、塔の魔術師の休暇延長願いだった。署名はアルバート。先ほど話題に上がっていた魔術師だ。これから自分が面倒事を押し付けなければいけないルーサーという陰気な魔術師よりも、多少は話しかけやすそうなタイプだった気がする。

 魔術師見習いの雑用係は、ちょっと考えてみた。無断でよく休むダメそうなルーサー魔術師に無理やりこの大公様関連の重大案件を任せてヘマがあった場合、三位師長は知らぬ存ぜぬを決め込んで、ルーサーと彼に責任をなすりつけるだろう。あの老人はそういう責任逃れが得意で、それで長年あの中途半端に偉い地位にいる。

 ここは、命令に従いながらも、ちょっとだけ賢く立ち回ったほうが、うまい具合にことが収まる気がした。


「この差出人は今は貴女のいらっしゃるお屋敷に?」

「いえ、私のお仕えしているところではありません。さる御方の郊外の別邸のようなところにいらっしゃいます」

「なるほど。それは困ったなぁ」

「あの……何か?」


 人が良くて優しそうなお嬢さんが心配そうに小首を傾げたところで、魔術師見習いは釣り針に手応えを感じた釣り人のように慎重に身を乗り出した。


「実は是非とも彼に調査していただきたい急ぎの案件がさるお偉い方から依頼されておりまして……すぐにでも戻ってきていただきたかったのですが、こちらから連絡も取りづらい郊外にいるとなると……ああ、弱ったなぁ」


 見習いの述懐はいささか猿芝居めいていたが、良家の子女は心から心配そうに顔を曇らせた。


「それはいけませんわね。何かお力になれると良いのですけれど」


 魔術師見習いは「ヨシ!」と心の中で喝采した。


「貴女からであれば彼に連絡がつけられるのなら、是非お伝え願いたいのですが」

「私でご協力できることでしたらお伺いしますわ」


「実は……」と見習いは先ほどの依頼をかなり内容を伏せた状態でかいつまんで説明した。魔力源がどうのという話をしても一般人の女性にはまったくわからないだろうと思ったからだ。

 ところが意外なことに、この娘は驚くべき理解力を示し、素人がしがちなバカな質問を一つもせずに、彼の話に適切な相槌を打ってきた。流石に全部は解さないようだったが、それでも彼女はちゃんと要点を読み取ったらしい。


「それは大変ですわね。確かに急を要する重要案件ですわ」


 その上で彼女は「もしよろしければ」と切り出した。


「何か資料があるのでしたら、ご説明いただくか、お預かりさせていただければ、アルバート様にお伝えいたしますが……」


 魔術師見習いは携えたままだった先ほどの依頼の資料を試しに彼女に見せてみた。

 彼女は手早くそれに目を通すと、この魔術師の塔には、この問題に関連する分野の先行研究文献はあるかと尋ねた。


「ここには王城以上の書庫がありますが、塔に所属する魔術師以外が本を持ち出すのは禁じられています」

「原本がお借りできないようでしたら、私がこちらで要約の写しを作成させていただきます」


 上流階級の子女なら読み書きの教育を受けているのは当たり前だが、魔術師の塔で扱う専門性の高い文書の概要を書き出すなどと言い出す女なんて見たことがない!

 できるわけがないだろうと思いながら、見習いはちょっと気になることを確認してみた。


「ええっと、それはアルバート師の役に立ちたいため?」

「いいえ。あなたが今抱えておられるこの重大なトラブルを解決するためです。私にできることがあるならできるだけのお力添えはさせていただきたいのです」


 素晴らしい美人から真剣な口調で、"あなたの力になりたい"と聞こえるお願いをされて、日頃、雑用を押し付けられてばかりの見習いは非常にいい気分になった。

 彼は彼女を魔術師の塔の書庫に案内した。


 本を選んでやり、自分にわかる範囲で説明をしてやると、彼女はパラパラとページを捲って、読んでいるとは思えない様子で軽く眺めた結果、やはり自分には難しい内容だと降参した。


「そうでしょうね。ここにあるのはどれも専門的な研究資料ですから」

「身のほど知らずでしたわ。素人の思いつきではどうにもなりませんね。お時間をいただきご迷惑をおかけして申し訳ありません。ありがとうございました」


 恐縮し詫びと礼を言いつつ書庫から退出しようとした彼女を見習いは呼び止めた。


「ああ、すいません。一応規則なので、その鞄の中をあらためてもよろしいですか? 疑うわけではないのですが形だけお願いします。不正な持ち出しがあるといけないので煩いんですよ」

「ええ、かまいませんよ」


 彼女が開けてみせた鞄の中は空っぽで何も入っていなかった。見習いは問題ないと告げて、彼女を塔の出口まで見送った。

この場合、持ち出しよりも持ち込みの方がたちが悪い。

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