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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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幸運の偽女神は自動調整で微笑む

 青空に向かってそびえる白い石造りの鐘楼は、たいそう立派だった。古くて角ばっていて装飾が多く……ようするに隣にある神殿の聖堂本体と同じく、権威的で手と金がかかっていた。隣を歩く神殿の案内役の解説が非常に誇らしげなのもわかる見栄えである。


「あれなる聖なる鐘は世界に2つとないまさに至宝。妙なる響きはまさに至福。お近くでお見せしたいのは山々ですが、鐘楼は一般の立ち入りは禁じられておりまして、神殿の者も日頃は立ち入りません」

「まぁ。毎日、定時に鳴らすわけではないのですか」

「鐘は年始、建国祭、それから聖堂で行われる特別な行事の時にのみ鳴らされます」

「そうなんですね」

「残念ながら年内に予定はないのですが、大変に美しい響きですので、是非とも新年祭にはご予定を合わせてお聞きになることをお勧めします。聖なる鐘の音を聞くだけでも悪しきものは祓われ、良きことが訪れると言われておりますから」


 それなら毎日鳴らせばいいのにとはツッコまず、川畑はティーラの偽体がオート反応でにこやかにそつなく対応するのに任せた。


 朝からはしゃいでいたノリコが、さすがにこれ以上連続で偽体に接続していると、向こうの実生活に支障が出そうだというので、川畑はあとを引き継いでいた。


『接続機構はだいたいわかっているから、偽体の制御権限を認証してくれたらオートでは対処できないことがあっても俺がなんとかしておくよ。のりこはまだ本採用の時空監査官じゃなくて学生なんだから実生活は大事にしないと』

『ありがとう。じゃぁ、お願いするね…………変なことはしちゃダメだよ』

『誓って真面目に努める』


 釘を差されていたので、川畑は余計なことは極力せずに、"侍女ティーラ"の偽体で、粛々と王都での用事を片付けていた。

 神殿で呪いの解呪に関する細々とした段取りを調整するのは非常に面倒な手続きだった。が、そういうのは川畑が得意とするところだったので、送迎馬車の手配まで含めても、本来の予定より随分と早く終わった。



 よければ新年祭でも案内するなどと言い出したクドめに親切な案内役に、さっさと笑顔で別れを告げたあと、川畑はティーラを神殿から王城へ向かわせた。

 王城のある区画に向かって真っ直ぐに伸びる大路は、ここが大きな街なのだなと思わせる広さだ。軍事パレードでもするためなのだろうか、現代日本なら片側4車線、中央分離帯に緑地つきの道路でも作れそうな道幅がある。両側に並ぶ屋敷も立派で一区画が大きい。神殿はその中でも目立つ一等地で王城にも近い場所にあったので、もう一度馬車に乗る必要はなさそうだった。


『城下町の道は曲がりくねっているもんだと思っていたけど、あれは群雄割拠の地方の城塞の発想か』


 ここまで外敵が攻め込んで来てここで戦闘が起こることを想定していなさそうな道を、散歩気分で歩いていく。王城区域で大路は終わり、そのまま王城前広場に繋がっている。特に凱旋門の類があるわけでもなく、道と広場で大差はないが、広場の中央には噴水でも出そうな彫像のある丸い池があった。

 なにかのシンボルっぽい女性像数体が輪になって並んでいる。囲んでいる真ん中に立つ細い円柱には翼っぽい装飾。……それなりに曰くはあるのだろうが、芸術に関心のない川畑にとっては、地方都市の駅前のロータリーのオブジェの類にしか見えなかった。


『あの羽根っぽい飾りの中央にある石はなかなかいいが……』


 むしろその先にある奇妙な塔のほうが興味深かった。


『あれが"魔術師の塔"か……灯台みたいだな』


 先程の神殿の鐘楼と同じぐらいか、やや高い塔は、尖った鱗屋根のある円筒形で、黒っぽい石造り。神殿の鐘楼と比べて装飾は少なく、途中の階には、ごく小さな窓しか設けられておらず、陰鬱な印象だった。天辺の三角屋根の下には、大きな開口部があり、その中に透明度の高い巨大な石がある。水晶のようだが、だとしたら規格外の大きさだ。

 川畑はそれが石の場合の重量や建築構造上の物理的問題点を考えるのを早々に止めた。自分が無意識にでもそれをやりだすと、この手の世界の設定に致命的な影響を与えて、看過できないダメージを引き起こすのは、すでに学習済みだ。川畑は"変なもの"を見かけたときは意識的にツッコミにストップをかけることにしていた。

 代わりに彼は、魔法使いの弟子としての視点で、塔とその最上階の石を慎重に検証し始めた。


『偽体経由だと精密な構造解析はできないけれど、見た感じ塔全体になにか防御系の魔法がかかっているな』


 鞄の端から、猫の方の偽体の頭をちょっと出して、そちらの感覚器官でも確認してみる。


反射(リフレクト)かな? 面白いなぁ。後で詳しく調べてみよう』


 三角形の耳の先の巻きひげを震わせながら、黒い鼻先をピスピスさせていた仔猫の頭を、ティーラは鞄の奥に押し戻した。偽体の自動反応の判断だ。どうやら、王城区域への魔獣の持ち込みがバレるリスクは避けたいらしい。

 川畑は自分の興味をこの偽体で確認するのは諦めて、本来の用事を順に片付けることにした。



 §§§



「やあ、すると君がくだんの侍女さんか」


「なるほど美人だ」と爽やかな笑顔でぬけぬけとぬかしたその男はティーラを騎士団の応接用らしい一室に案内した。王城区域にあるこの騎士団の建屋は全体的に良い造りで、応接室もちょっとした貴族の屋敷の一室のようだった。

 貴族的な部屋に似合う貴族的な顔のこの銀髪の男の名はヒューイ・カッセル。川畑猫の"飼い主"であるアルバートの旧友だという。今回の誘拐未遂事件の捜査のリーダーをやらされているらしい。女性の扱いに手慣れた風で、キザめの言葉は使うが嫌らしさや下心は感じられない。妻帯者で子持ちだと聞いているので、そのためかもしれない。

 だが川畑は、ここに案内されるまでに、ティーラとして、若い騎士や兵士達から散々無遠慮な視線を浴びてきたので、いささか神経質になっていた。


 基本的には騎士団での応対は良かったといえる。あえていうと……こちらが若くて美人な女だと、これほど対応が違うものかと呆れるぐらい良過ぎた。そして、コンプライアンスという言葉を知らない野郎連中がかけてくる露骨な誘いの言葉や、あからさまな視線は、川畑にはどうにも気色悪かった。そしてそれが、自分が代わると言っていなければ、大事なノリコ相手に投げかけられていたかと思うと、無性に腹が立った。


 そういうわけで、ヒューイから他愛ない世間話をふられたときも、川畑は若干冷静さを欠いていた。


「どうだい、あいつ……えーっと、アルは」

「どう……と言いますと?」

「いや、君から見てさ。どんな感じだい?」

「特にお変わりなくお過ごしになっていらっしゃるかと」

「うーん、そういうことではなくてさ。ほら、あいつはなかなかいい男じゃないか。そこんとこ君はどう思っているのかな〜っと……」


 何を言っているんだこいつは。


 もしも川畑が、ティーラの表情を自動反応オンリーに設定したままでなかったら、偽体はものすごい顔をしていたに違いなかった。

 幸いその場はオートの無難な返事で何事もなくかわしたものの、その後の軽いやりとりで、どうやらこのヒューイという男はティーラをアルバートの嫁にしたがっているらしいと察した時点で、川畑は彼を敵認定した。


 というわけで。

 日頃、傍観者に徹するのが得意な彼にしては珍しく……アルバートからの手紙を届けるだけの単なるお使いだったのにもかかわらず、川畑はつい余計な口を挟んでしまった。


「実はそのお渡しした手紙とは別に、内密にお伝えしたいことがあります」

「え、なんだい?」

「はい。紙面に残したくないので口頭でと……」


 ティーラが声を落とすと、善人のヒューイは真面目な顔で身を乗り出した。


「聞かせてくれ」

「はい。これまで、"じきに騎士団は捜査を打ち切る"と噂を流していただいておりますが、その噂、事実にしてください」

「なんだって!?」

「しっ、お声が高うございます」

「しかし、それでは折角、絞り込み中の犯人を取り逃がしてしまうではないか」

「目星はついても決め手にかけて捕まえられないのが実情でございましょう」

「うむむ……アルバートの奴、そこまでお見通しか」

「穴の中のネズミを誘い出すには十分に安心させる必要があります」

「だが、完全に捜査打ち切りまでやる必要があるのか? ……ただでさえ弱腰だの間抜けだの言われて肩身が狭いんだが」

(そし)りたい者は何をしても謗るものです」


 ティーラはニッコリ微笑んだ。


「アホでもマヌケでも好きなように言わせておきなさい。浅薄な噂を好む輩を気にする必要はありません」

「浅薄な輩はともかく、ものすごく厳しい祖父がなんと思うか……」

「気にしなければどうということはありません」


 ティーラは女神の微笑で押し切った。


「これは戦略なのですから大丈夫。結果が出たときに、わかる方はわかってくださいます。今は存分にマヌケに徹してください」


 これを普段の俺のツラで言ったら殴られてたな……美人は得だと、川畑は侍女の偽体を操りながら独りごちた。


「では、こちらの手紙は全部偽装か?」

「いいえ。そちらも重要なプランです。必ず全部暗記して、手紙自体は慎重に廃棄してください」

「ええ?」

「そして適切な時期が来次第、即座に実行に移れるように水面下で準備を進めておいてください」

「適切な時期って、いつだ。アルからまた連絡があるのか?」

「いいえ。そこは機を見てご自分で判断を願います」

「うええ!?」

「あなたならできる。そう信じたからこそこの手紙を託されたのだと、私は思いますよ」

「むむむ……」


 この"言伝"の件はくれぐれも内密に願いますと念押ししてから、川畑はティーラを次の目的地に向かわせた。


珍しい川畑やきもち回

"彼氏ヅラすんな"、"男の嫉妬はみっともない"などの大量のセルフツッコミと、それを上回る量の言い訳と自己弁護を、頭の中で延々とグルグル回してます。

あかんやっちゃなぁ。


それはそれとして、外見がノリコさん系美人の中身川畑は悪辣……。

可哀想なヒューイさん。

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