随伴者
森永アキハルは、昔から妄想がたくましい方だった。
アニメやコミックのヒーローに憧れ、ある日突然美少女が降ってきたり、異世界転生したり、ナゾの能力に目覚めたりして、ハーレム状態で大活躍する自分の姿を想いながら、味気ない日々を送っていた。
だから、王城に召喚され「勇者様」と呼ばれたときは、人生勝った!と思った。親は煩わしいだけだったし、高校は不本意な進学先で、中学時代の友人との縁も切れていたから、日本に未練はなかった。
名前もそれっぽく"アキラ"と名乗って彼は"勇者様"になった。
「(ハズレ召喚とか、不遇スタートって訳じゃないんだけどな)」
言葉はそれなりに通じた。国王はじめ城の人は皆、彼をもてなし、彼の要望をよくきいてくれた。しかも説明された"神託"による魔王討伐までの筋書きは、彼が妄想していたストーリーそのままだった。特に小説やマンガを書いたりしていた訳でもなく、頭のなかで考えていただけの話だったので、それを国王から告げられたときに、ここが自分の妄想が具現化した世界だと確信した。
「(ただ、なんかこう"残念"なんだよな、ここ)」
"ステータス"画面が出てきたり、レベルが表示されたりすることはなかったが、彼はあまり数字に興味はなかったし、ゲームは親がやらせてくれなかったので、"ゲームっぽさ"がないことは別にどうでも良かった。しかし、部屋が暗かったり、ベッドが硬かったり、風呂やトイレがお粗末過ぎるのにはまいった。ウォシュレットは仕方ないにしてもトイレットペーパーもないなんて、許しがたかった。
食事や服もとにかくひどいもので、あれこれ注文を付けて、最近ようやくましなものが出てくるようになった。
「(報酬もらってもいいくらい、現代知識チートで指導してやってるよな、俺。この世界の文化を相当引き上げてるよ」
森永は馬車の向かいに座っているパートナーのロッテを見た。
「(女の子の格好なんてブランド立ち上げたら相当儲かるんじゃね?)」
魔法使いの彼女は、紹介されたときには、くそダサいローブを着ていた。今は、彼があれこれ要望を出して作らせた可愛い服を着ている。ピンク色の髪をして、顔立ちの整った彼女はゲームやアニメのコスプレっぽいカッコがとてもよく似合った。どんなきわどいカッコでも、勇者様のご要望だから……で通ってしまうので、彼はかなり調子に乗っていた。
「なによ、アキラ。ひとのことジロジロ見ながら気持ちの悪い笑い方しないで」
「うるせぇ。お前、ホント性格はクズイな」
「あーあ、勇者様っていうから、どんなにカッコいい男性かと思えば、こんなエロガキなんだもの。やんなっちゃう」
「同い年なのにガキっていうな!それとも、やっぱりお前、歳ごまかしてんのか」
「わ、私はちゃんと16歳よ!」
「どうだか。ちぇっ、俺はもっと年下の清楚な感じの子が良かったな。神託で選ばれたっていうけど、思ってたのとぜんぜん違うし。詐欺じゃん」
「清楚じゃないって、こんなカッコさせてるのあんたじゃないの、この変態!それに詐欺っていうなら、私じゃなくて、こいつでしょ!」
ロッテは、自分の隣で居心地悪そうにしていた騎士を指差した。
「これのどこが"女騎士"なのよ」
長い金髪を2本のおさげにして、かわいいリボンを結んだその騎士は、綺麗な青い目を気弱そうに伏せた。
「仕方ないだろ!本人が言い張るんだから!」
「自分は勇者殿をお守りするために選ばれた騎士で……女です」
身長180cmを越える筋肉隆々の体を縮めるようにしながら、小さな声でそう言いはる騎士を見て、勇者アキラと魔法使いロッテはため息をついた。
「パピ子、いいからお前ちょっと馭者台に行ってろよ。お前がいると狭いんだよ」
"女騎士"はしゅんとして、馬車の扉を開けると、それでも流石の身ごなしで馭者台に移って行った。
その姿を見送りながらアキラはうんざりした顔をした。
「(たしかに、"盾役のガーディアン"、"金髪碧眼の従順な女騎士"、"気弱で訳ありの男の娘"……欲しい要素のパーツはあってるんだよ。なぜ全部足した!?)」
扉が開いたときの風で乱れたミニスカートの裾を気にしているロッテを見て、アキラは、アレに比べたらマシといういつも通りの結論に達した。
「ロッテ。お前、こっちに座れよ」
「え……やん」
生意気女の手を引いて、アキラは勇者の特権を満喫する事にした。
「すみません。お邪魔します」
「どうぞ」
脇によってくれた馭者に恐縮しながら、騎士パピシウスは馭者台に座った。
田園の中をのどかに走る馬車の馭者台は気持ち良く、沈んだ気持ちの自分にはふさわしくない気がした。
「重くないですか?」
あまり話したことがない馭者の青年から、そう声をかけられたとき、パピシウスは心を見透かされた気がして、少し動揺した。
「いえ、自分はこのお役目の重要性はよくわかっていますから……」
「でも、冑は脱いでいるといってもフルアーマーでは重いでしょう」
「あ、え?アーマー……ああ」
パピシウスは勘違いに気づいて赤面した。幸い隣の相手は前を向いており、こちらの様子は見ていない。
「自分はいつでも勇者殿をお守りしなければいけないので」
「今回はいつもより長丁場です。今のうちに略装にしておいた方がいいですよ。幸いこの街道沿いは、治安がいいですから、フルアーマーじゃないと対処できないような敵は出ません」
「はあ」
「それより、いつでも万全の体調でいたほうが、いざというとき動けますよ」
「なるほど。……では、昼の休憩のときに略装にします」
「狭いと着替えづらいですか?」
「いえ、男性の隣で着替える訳にはその……」
ずっと前を見ていた馭者の青年は、はじめてパピシウスの方を見た。
「徹底してますね」
「上から厳しく言われているので」
「それは大変だ」
至極、真面目にそう言ってくれた彼に、パピシウスはつい愚痴をこぼしてしまった。
「……本当はこんなの嫌なんです。そりゃ、3年前に選ばれたときは、同い年の従騎士の中では、一番細くて背も小さくて女顔だったけど、それから必死で鍛えたら、成長しすぎちゃって……いくら勇者のお供は若い女しかなれないからって、こんな体格なのに、髪を伸ばして"女騎士"って無理があるでしょう?」
パピシウスはおさげの先をつまんだ。
「朝、髪を編んでリボンを結ぶとき、自分が何をやっているのかわからなくなって、死にたくなるんです」
馭者の青年は、パピシウスをときどき横目で見ながら黙って馬を御していた。パピシウスはポツポツと語りたいだけ語り、あとは黙って馬の背を見ていた。
少しばかりそうしていたあとで、馭者の青年がいつもとは少し違う口調で口を開いた。
「昔、読んだ物語に、髪を伸ばすことで力を貯めていた英雄がいた。その髪も英雄として戦うための力の1つなんじゃないだろうか」
「戦うための力……」
「後ろで1つに編んだ方が似合うんじゃないか?力を1つにまとめる感じで」
「そうかな。でも、あまり器用じゃないので、後ろではうまく編めないと思う」
「やってやろうか」
断る間もなく、馭者の青年は手綱をパピシウスに渡して、彼の髪をほどいた。
「そのまま前を向いていていいぞ」
青年は、身を乗り出して彼の髪を手ですいた。気にしたこともなかったが、おそらくパピシウスと同じくらいか少し上程度の歳なのだろう。なんだか急に相手が近い存在になった気がして、パピシウスは少し緊張した。
「きれいな髪だな。量も多いし。手触りがいい」
「そ、そうかな」
パピシウスは姿勢を正した。伸ばした髪をバカにされたことは多いけれど、誉められたことはなかった。
「できた」
丁寧に編んだ髪をリボンで留めると、青年はもう片方のリボンをパピシウスに手渡した。
「これなら朝二度も死にたくならないな」
青年の柔らかい口調に、パピシウスは胸が痛くなった。
「その……よければ、明日からも髪を編んでもらえないだろうか。そうしたら……一度も死にたくならないないと思う」
青年の胸元で身を屈め、小さな声でおずおずと頼んだ。
「かまわないが」
青年は、後ろで編んだ髪を、パピシウスのうなじから首筋に添わせて、前に垂らした。パピシウスの目の前で赤いリボンがゆらゆら揺れた。
「ふむ」
うつむいた顔を至近距離からのぞき込まれて、パピシウスは動揺した。
「そうか。妖精王だ」
「な、何が?」
「その色。妖精王の色なんだ」
「妖精王……?」
「この世界のすべての妖精の王で、日輪を司る。太陽の金の髪に、青空色の目。そして妖精王の力は赤い炎なんだ。そのリボンがちょうどその色だったんで思い出した」
「妖精王の力の色……」
「君ならきっと妖精王の騎士が似合うんだろうな。妖精王の騎士のマントは赤いんだ」
ひどく真面目に、実感のこもった口調で言われて、パピシウスは戸惑った。どことなく憧れが含まれているような眼差しで見つめられたのが恥ずかしくて、視線を手元に落とした。
「……このリボン、妖精王の騎士のマントの色なのか」
嫌だった赤いリボンが、なんだか少し良いものに思えた。




