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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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魔獣の主

『なるほど。確かにそいつが怪しいな』


 テーブルの上にちょこんと座っていたチミは、俺の話を一通り聞くと、三角形の耳の先の巻きひげをフルフル震わせ、もっともらしいことを言って頷いた。


『一日でよくそれだけ調べてきたものだ。お疲れ様。待ってろ。今、食事を温めてきてやる』


 ポンと机から飛び降りたチミの背に、俺は声をかけた。


「ティーラは?」

『こんな夜更けに帰ってきて何を言っている。シシィと一緒に先に休ませた』


 使用人とは? と、思わなくもなかったが、まあ、彼女はシシィの侍女としてここにきているので、俺の世話は仕事に入らないというのは頷けた。……だったら、そこでチミが鍋の中身を器に移しているのは正しいのかというところに、疲れた頭が向いた時点で俺は部屋に漂う奇っ怪な匂いに気がついた。


「なんだこの刺激臭は」

『キーマカレー。温玉付き』


 チミはいつの間にか大きくなっていて、背中から生えた鞭のような二本の触手を器用に使って、器とパンをテーブルに並べた。こいつの用意する飯はいつも不可思議な代物だが、今日のはその中でもかなり冒険している。


「卵が妙な固まり方を……」

『茹でるときの温度管理でそうできる。今度作らせてやろう』

「ぐぬう」

『ほら、チーズが固まる前に食え。スパイスがいっぱいで辛いから、卵を崩してパンと一緒に食うといいぞ』


 テーブルに両の前足を揃え、その上にちょこんと頭を乗せている魔獣にあーだこーだ世話を焼かれながら、謎の煮込み料理を食べる。辛いし匂いも強いが、不思議にうまい。

 最初は不気味に思っていたのに、食い始めたら食欲が湧いてきて、つい食が進む。なんでこんなにコイツの作る飯は悪魔的なんだ。……そもそも材料が魔の森に湧く得体のしれない動植物だからな。これも何が入っているかしれたものではないのが怖い。


「チミ」

『にゃ?』

「おかわり」

『サラダも食えよ』

「生の草は腹を壊しそうだ」

『大丈夫。十分に浄化した水で洗っている』


 チミの触手の先がほの白く光る。この魔獣は俺がうっかり使ってしまった浄化魔法を覚えて、家事で使いまくっている。

 いや、確かに便利だが! 神殿の承認や信仰とは無関係に使えはするが! だが、しかし……!!

 あ、この辛くて濃い味の間にさっぱりした味はいいな。


『オイルとビネガーと塩は好みで追加を』

「では、もう少しビネガーを」

『レモンとワインビネガーどっちがいい?』

「レモンというのはこの前輪切りになって蜂蜜に浸かっていたやつか……ビネガーじゃないワインが欲しいな」

『あー、はいはい。でもこの飯なら、こっちの酒のほうがワインよりもあうと思う』

「なんだこれ」

『蒸留酒の炭酸水(ソーダ)割りレモン風味』

炭酸水ソーダ……?」

『森の奥で湧いてた』

「またそれか」

『レモンの木の近くだ』


 疲れた頭では突っ込む気にもなれないあれやこれやは、酒が入ると気にならなくなった。



 飯が終わると、チミは本格的に俺を質問攻めにしてきた。

 今日、調べてきた話ならば全部覚えているから多少酔っていたところで教えることは造作もないが、王都の地図や王侯貴族の家系図や関係図まで描けと言われたのには閉口した。


「そんなものがそらで詳細に書けるわけないだろう。俺の頭は王城の書庫じゃないんだ」

『じゃあそれはあとでそこに行って見てくる』

「はぁっ? どうやって」

『そうだな。一度つれて行ってくれ。そうしたらあとは勝手に自分で行くから』


 魔物は、中の人間に招き入れられないと境界を越えられないという伝承があったが、その類いかと聞いたら、生き血を吸う悪霊と一緒にするなと憤慨された。


『この身体だと感覚は鈍いし、動きにくいし、ろくに魔法も使えないので大人しくしているのに』

「好き放題にしているように見えるが……」

『基本的に俺は非常に理性的で、与えられた状況には従順だ。問題解決には前向きだし、寝食を共にする相手ができた場合、生活改善もきちんとする』


 とても善良な存在なので信用していいぞと言われたが、ハイそうですかと返せるわけがなかった。


「犯人探しは俺がやる。お前は家で大人しくしていろ」

『それは、まあ、お前が主体であることに異存はないが』


 チミは皿を洗い終わると、小さな姿に戻って、俺の足元にやってきた。


『お前に何かあると大変だから無理はするなよ。何かあったら相談しろ。必要ならいつでも駆けつけて助けてやるから』


 ちょこんと座った小さな魔獣が、耳の先の巻きひげを震わせると、空中に突然銀色の腕輪が現れて、俺の手元に落ちてきた。


『お前は人を頼るのが下手そうだから、それを貸してやろう』


 銀の腕輪には見たことのない鮮やかな青い筋が描かれていて、チミの目と同じ色の宝石がはまっていた。


『それをつけていれば、お前はお前の意思で、俺の助けを使える』

「お前の助け? 魔獣の能力か?」

『どちらかと言うと本来の俺由来の力だな。この魔獣の身体では制約が多くて十分にお前を支援できないが、それをつけていてくれればできることは増える。気休め程度の加護や御利益があるお守りだと思って身につけてくれ』


 チミは座っている俺の膝の上に飛び乗ってきた。


『それはそれとして捜査計画の詳細を教えろ。少人数での作戦行動において事前のブリーフィングは非常に重要だ。お前の計画に沿って、その腕輪でできることは順次解説してやる。自分が与えられて取りうる手段の仕様をよく理解して、目的に向けて適切に行動できるように努めよう』


 ちんまいのがまるで軍属の将校のようななことを言い始めたのがあまりに生意気だったので、俺はつい最近の習慣に従ってチミをクニクニと揉んでしまった。耳の付け根や喉元をうまい具合にくすぐってやるとこのケダモノは人語が話せなくなって、弱々しくもがくただの小動物になる。


「お前が手助けしてくれるというのなら、まぁ、それがお前の善意であれば受け取っておこう。だが、お前が悪しき存在で邪悪な意図のもとに俺をお前の思惑で動かそうとしているのなら、俺はそんな企みには乗らんからな」

『……み……にゃ………』

「いいか。どちらが主人かということは理解しておけ。元のお前が何者であれ、今のお前と俺の関係においては俺が主人だ」

「ん………んんん」


 ピクピク震えている小さな獣の仔の身体をギュッと両手で包むように押さえ込んで、よく言い聞かせてやる。チミは尻尾をブンブン振って抗議したが、聖魔法の発動はできないように魔力の流れをこちらで制御しているので大きな姿には戻れず、力では俺に対抗できないことから、そのうち諦めた。

 俺はぐったりしたチミをほろ酔い気分で徹底的になぶり倒してやったあとで、奴に絶対服従を誓わせた。


「よし、ではお前が言うところの、この作戦行動の最終目的はなんだか言え」


 俺の手から解放された黒い魔獣はブルリと一度身体を震わせてから、忌々しそうにこちらを睨みつつ、それでも従順に答えた。


『邪神が降臨してこの世界を破滅させるのを防ぐ。お前が追う敵は邪神の依代と成りかねん魔術師だ。そいつをこの魔の森に誘い込んでここで倒す』

「それでお前の目的は? 世界を救うことでお前になんの利がある」


 黒い魔獣の緑色の眼が薄暗い部屋の中で光った。


『女子供を無事に家に返してやれる』


 いいだろう。

 俺は銀の腕輪を腕にはめた。

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