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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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むしり取られた称号だが昔取った杵柄

 誘拐未遂犯の捜査の進捗を聞くと、旧友のヒューイ・カッセルはやつれた顔をさらに曇らせた。


 当日から消息を絶っている使用人が一人いて、そいつが怪しいと目星をつけたのはいいが、その先の足取りどころか、その男が雇われる前の経歴すら追えない状況で手詰まりらしい。


「そいつ、真っ黒に怪しいんだが経歴が真っ白なんだ」


 俺は真っ黒で怪しい魔獣のことを思い浮かべた。もし奴が消息を絶っているというその男だとしたら、その経歴には非常に興味はあるが、その潜伏先を調査することは犯人探しにつながらない。


「そいつにこだわらず、別の視点から洗い直した方がいいんじゃないか?」

「どういうことだ」

「もしかすると、その行方不明の使用人とやらも事件に巻き込まれて真犯人によって何らかの被害を被って消息がわからなくなっているのかもしれない」


 事件の背景に政治的な思惑があるのであれば、行方不明の男の経歴がたどれないのも、本人が消したのではなく、消されたという可能性も出てくる。

 どうにも怪しい魔獣の顔を思い浮かべながら、そんな仮説を並べると、ヒューイは「もう少し詳しく」と食いついてきた。


「全体の見直しをはかる。手伝ってくれないか。お前の見識が欲しい」

「俺など頼らずとも、お前がちゃんと飯を食って一眠りすれば、十分いい判断はできると思うがな」


 俺の腕を掴んで、隊長用の執務室に引っ張り込もうとしていたヒューイは、信じられないものを見る目つきで俺の顔を見た。


「まさか、お前に働き過ぎの不摂生を咎められて、飯を食えと言われる日が来るとは思わなかった」


 そういえば騎士団時代も魔術師になってからも、ヒューイから生活改善をギャンギャン口うるさく言われることはあっても、逆はなかった気がする。


「よく見るとやたらに血行と肌艶がいいな……」


 指摘されて、このところ美味い飯を食って欠かさず入浴する生活をおくっていたことに気づく。……魔獣恐るべし。


「最近、生活が健康なんだ……お前の送ってくれた侍女が有能だったんでな」

「そんなにか!? お前の生活習慣を改善するとは凄まじいな」

「やかましい。とにかくお前はまず何か食え。最後に温かい飯を食ったのはいつだ」

「3日、家に帰っていない」


 俺は執務室に入るなり、奴の副官(騎士時代から見知っている後輩だった)に、ヒューイは半日帰宅すると告げ、ここまでの資料を持ってこさせた。


「おい……お前……そこまで本格的に手伝ってくれるのか」

「どうせ進展は見込めない状況で手詰まりだったのだろう。お前のかわりに書類に埋もれて、それっぽくここに座っていてやるから、一度、家に帰って、飯食って風呂入って嫁と子供の顔を見て生き返ってこい。話はそれからだ」


 何かあったら伝令を走らせるから、とっとといけ! と追い払い資料に目を通し始める。

 赤毛の副官は何がおかしいのかニコニコしながら言われたとおりに資料を机に積み上げた。


「殿下の副官役を務めさせていただくことになる日が来るとは思いませんでした。カッセル隊長に妬まれますね」

「殿下と呼ぶな。俺は俗世の身分は捨てた魔術師で、今は椅子に座っているデコイだ」


 簡単な幻覚魔法でヒューイっぽい外見に偽装する。奴の銀髪はよく目立つので、遠目に窓からちょっと見た程度なら、執務室にいるのは奴だと思うだろう。


「うわぁ、"月光"カラーの"暁光"様だぁ」

「やかましい。二度とその恥ずかしい二つ名を口に出すな」


 その昔、騎士団の若手のツートップとして俺とヒューイを"暁光"、"月光"と冷やかす者がいたのは確かだが、この年になって今更そんな呼び名で呼ばれてはかなわない。



 ヒューイの奴が、非公式とは言え俺を代理に任命していってくれたおかげで、副官は実によく補佐してくれた。本来なら部外秘であろう捜査資料を全部出してくれたうえに、文書に落とせない話まで補足で教えてくれたほどだ。


「だいたい状況はわかった」


 明らかに、被害者である公爵家が必要な情報を十分に出しておらず、魔術師の塔と神殿の協力がまったく得られず、おそらく王家から圧力がかかっている状況だ。これはヒューイが可哀想過ぎる。


「何かお気づきになったことはありますか?」

「君も大変だな」

「ありがとうございます。こうして近しくお言葉を交わせる機会を得られただけでも光栄です」


 微妙に会話が噛み合わなくて話が進めづらいが、咎めすぎても相手が萎縮しそうなので、軽く流して、書くものを用意させた。


「追加で確認した方がいい点を書き出しておく。ヒューイが帰ってくるまでに、人員の割り当てのあてをつけておけ」


 話を聞き出すならこの人物からという目安と、その際に相手の口が軽くなるコツと必要になる費用も書いておく。


「うわぁ、なんでこんなこと知ってるんですか」

「記憶して、このメモは焼け」

「了解です。殿下」

「その敬称で呼ぶな。貴様の記憶力はあてにならんな。ヒューイに記憶させろ。いいな」

「はっ!」


 イマイチ頼りない赤毛の副官は俺の書いた走り書きのメモをありがたそうにおしいただいて丁寧に畳んで懐にしまった。


 書いたものを残すことに若干の不安を感じたので、その後は書記官を一人呼んで、手紙を何通か口述筆記させた。


「進展に合わせて、必要なタイミングで出すようにヒューイに伝えろ」

「こんな書状が必要なタイミングっていつなんですか!?」

「アイツならわかる」


 その他にもいくつか細々した指示を出して、ついでに神殿に解呪のできる神官の手配を依頼するよう頼んでおく。


「ご自分ではなさらないのですか?」

「俺はすでに神に仕える身ではない」

「失礼しました」


 他の経過報告は不要だが、解呪の受け入れ準備が整ったら連絡するようにと指示を出して、ヒューイが帰ってきそうな時間の直前に騎士団をあとにした。

 ひと休みして頭の冴えたあいつなら、あれだけ残しておけば一人で十分にうまく進められるだろう。それができるから奴に隊長の座を託したのだ。

 それにあれであいつは大公の孫だ。一介の騎士とはいえ、日ごろ使いたがらないコネをちゃんと使えば、それなりに高位の貴族からも話は引き出せる立場にいる。



 それでも捜査の手を入れにくそうな部分を補ってやるために、俺は魔術師の塔に向かった。


『敵は邪神に魂を売った魔術師だ』


 魔獣の言葉が、俺の中で一つの確信を生みつつあった。

魔獣に変えられちゃった元の人は時空監査局が手配して派遣しているので、身元を洗おうとするとある程度から先が白紙です。

今、魔獣をやっている川畑の言動がおかしいのとは完全に無関係だけれど、合わせ技で怪しさ大爆発なのは御愛嬌。

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