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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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関わり合いたいかと放置して良いかは別

「川畑さん、かわいい仔猫ちゃんライフはお楽しみいただいていますか?」

「言い方……」


 茫漠とした殺風景な真っ白い空間で、川畑は持っていた大剣を下ろし、振り返って顔をしかめてみせた。斜め後ろに現れた帽子の男はいつも通りふわふわ浮いた状態で呑気にニコニコしていた。


「今日はまた随分なんにもないところにいますね」

「トレーニング用の空間だから、余分なものは設定してないんだよ」

「ほほう。差し入れの日用品、持ってきちゃいましたけどよかったです?」

「それは問題ない。ここで受け取る……よりも部屋に戻ったほうがいいか」


 川畑は剣を虚空に片付け、帽子の男ごと自室に転移した。


「川畑さん、また上達しましたか? なんか転移に伴う感覚の揺れが全然なかったんですが」

「トレーニングルームと物置は従属時空として部屋のある時空構造体に併設してるから行き来が簡単なんだ」

「独立した小時空を自作してるんですっけ。つくづく適正の高い人ですね~。はい、洗剤と珈琲、それからカレー粉と……」


 調達してもらった日用消耗品を棚にしまいながら、川畑は帽子の男に気になっていたことを尋ねてみた。


「カレーのルーって、パッケージ剥いたらあっちの世界に持ち込み可能かな」

「限りなくグレーでアウトっぽい気がしますね。そもそも猫が食べるんですか? カレー」

「俺が向こうで食うわけじゃない。子ども向けメニューのレパートリーにそんなに詳しくないんだよ」

「なんで飼い猫が献立に悩んでるんですか。エプロンして台所に立つ化け猫でもあるまいに」


 言葉にするとシュールな状況に、川畑は眉を寄せて唸った。


「ちょっと献立の幅を広げるために簡単な香辛料ぐらいはどうだろう?」

「意外に食い下がりますね。ハーブ類ならいけそうな気もしますが」

「ハーブか……ミントは生態系を破壊しそうだな」


 それに食いでがない。

 できれば料理の幅が広がるものがいい。


「唐辛子は?」

「うーん。局の担当にお願いしてみます」

「猛禽類の魔獣出して、"鷹の爪"ってオチは禁止だぞ」

「伝えておきます」


 帰ろうとしかけた帽子の男を、川畑は「そうだ。もう一件!」と呼び止めた。


「例の案件なんだが、邪神の信者の捜査って進んでいるのか?」

「さー、どうなんでしょう? 私は基本的に部外者なんで内部情報は詳しくはわからないんですよ」

「時空監査局では誰が犯人かはもう当然わかっているんだろ? さっさと解決してしまえばいいのに」

「うーん。そのあたりが難しいところでして……基本的に直接介入は嫌うんですよね」


 キャプテンのようなフリーの時空犯罪者は個別に捜査官を配属して直接対応するが、"邪神"のように世界自身に他世界から影響力の強い存在が偶発的に関わる案件の場合、その影響を受けた"信者"の処理は現地世界住民のルールにできるだけ任せたいというのが局の方針なのだそうだ。


「あと、今回はそれほど大きな世界でもないので対応が雑なところはあるかもしれないです」


 森の魔獣のいい加減さを思うと納得できる話だな、と川畑は思った。


「いい加減でなければ、川畑さんみたいな身元の不確かな臨時雇いを突っ込めないですしねー」

「説得力がある説明だな、おい」


 しかし、だとすると余計にノリコを本件に噛ませておくのはリスクが高い。


「つまり、現地の人間が解決すればいいんだな」

「そうですね。そのための協力を多少するというのが、我々の正しいあり方です」

「よし。わかった」

「大丈夫ですか?」

「もちろんだ。そもそも今回、俺本体はあっちの世界に行ってもいない」

「そういえばそうですね」


 くれぐれも無茶はしないでくれと念を押す帽子の男に、川畑は自分は裏方仕事が得意なタイプだから表にはでないと保証した。


 §§§


『というわけで、お前がんばれ』

「まず何がどういうわけなのか説明する気があるなら言ってみろ。このケダモノ」


 話があると言って魔獣(チミ)に呼び出された"飼い主"は、物置小屋の木箱に座って不機嫌そうに腕を組んだ。


『説明するとお前の判断の独立性が失われるから、説明しない』

「よし、わかった。俺はお前の指図を受けるつもりはない。以上だ」


 立ち上がって母屋に帰ろうとしかけた男の足元で、魔獣は緑色の眼を瞬かせた。


『参考までに聞かせてほしいんだが、お前、事件が解決するまでずっとここに籠もっている気か?』

「それは……そう依頼されているからな」

『犯人探しを手伝ってくれと頼まれてもいるんじゃないのか?』

「…………そういうのは騎士団の仕事だ。俺はもう騎士じゃない」


 小さな黒い魔獣はちんまりと前足を揃えて行儀よく座ったまま、不思議そうな顔で男を見上げた。


『森の中の小屋で女児と一緒にかわいい侍女さんに世話してもらってぐうたら過ごすのが仕事の職業ってなんだ?』


 男は一瞬、物凄い形相で魔獣に怒鳴り返そうとし、それから怒鳴り返すに足る適切な言葉が見つからずに、深々とため息をついて再び木箱に腰を下ろした。


「俺は魔術師だ。魔術師として生きることに決めたんだ。そして、お前は知らんだろうが、魔術師というのは世俗には関わらないものなんだ」

『魔術師の仕事は魔法を使うか、魔術の基礎研究か、知識を人の生活に役立てることだろう。お前はどれも自分からやっていない』

「ケダモノのお前にはわからん人の世の決まり事というのがあるんだ」

『確かにこの世界のことは詳しくないが……お前ができることをやっていないのはなんとなくわかる』


 小さな魔獣は身軽にポンと跳んで、物置に積まれた雑貨の上に上がり、座っている男の眼をすぐ隣からのぞき込んだ。


『いいご身分だな』


 男は魔獣を払い落とした。

 魔獣は綺麗に身体をひねって少し離れたところに着地した。


『なぜ、シシィの解呪をやらない?』

「呪いを解くのは聖魔法だ。俺はもう聖騎士の身分は返上している。今の俺が聖魔法を使用するのは、神殿の権威を蔑ろにする不道徳な行為にあたるんだ。貴族相手にそんなことをしては逆に罪に問われかねん」

『神などいないのに面倒だな』


 すました顔で尻尾を揺らしている黒い獣の仔を、男は睨んだ。


「ケダモノに信仰と道徳を説くつもりはないが、ひどい言いざまだ」

『人の信仰心を蔑ろにする気はないが、信じてもいない権威に服従する必要がある立場には同情する』

「腹の立つケダモノめ」

『弁が立つ相手に人はよく敵意を抱く』

「知っているなら黙れよ」

『いつもはそうしている』


 魔獣は小さな牙の並ぶ赤い口を開いて「にゃ〜ぉ」と鳴いた。


「化け物め」

『呪いのせいだ』

「何?」

『弱体化の呪いの方は、お前のおかげで自力で解けるようになったんだがな』


 黒い魔獣の輪郭が揺らぎ、トロリと震えて、その姿が大きくなる。男は"高位の聖魔法"を自力で発動し自分よりも大きくなった禍々しい姿の大型四足獣を前に、眉間にしわを寄せた。


「"弱体化の呪いの方は"と前置きするということは、他の呪いが重複しているということか。その姿そのものが呪いのせいだとでも言う気か?」


 漆黒の魔獣は緑色に妖しく光る目を細めた。


『早く犯人を探し出してくれ』


 お前にやる気がないのなら……と魔獣は長い尻尾を揺らしながら、囁くように続けた。


『やってもいいなら、自分で狩り出してきた方が手っ取り早そうなのだが……どうする?』




 翌日、魔術師アルバート・ローエンハイムは、古巣の騎士団にいる友人を訪ねた。


川畑「俺は裏方仕事が得意なタイプだから」

アル「こんな奴を王都に野放しにできるか」


元聖騎士様、苦渋の決断w

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