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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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清潔さは大事、精密さも大事

 早朝。森の見回りを終えて帰ってくると、納屋の脇に奇妙なものが新設されていた。

 ……チミの仕業だ。

 石の上に設えられた台座に大きな酒樽を切ったものが載せられている。ノコや金槌が入った道具箱がまだ脇にあるところをみると、できあがったばかりなのだろう。


「チミ。貴様、さては大きくなっていたな」


 道具箱の隣にいたチミは、昨日と同じ小さな姿で、しらばっくれて顔を洗っていたが、この工作をするには、あの触手の生えたでかい姿になる必要があったに違いない。


「なんだこれは」

『浴槽』

「はあ? 風呂だと? バカか、こんなところで」

『清潔は大事だ』

「清拭で十分だろう。汚れが酷いときは水も浴びてる」

『湯のがいい』

「なんでそういう贅沢を知ってるんだよ。湯を沸かして運ぶ下働きがいる屋敷じゃないんだぞ」


 黒いケダモノはバカを見る目で俺を見た。


『水温の調整は基礎だろう』

「魔法で沸かせと?」

『氷塊を出現させる魔法に疑問を持たないなら、適温の湯を樽に一杯出すぐらいできるだろう』

「適温……」

『39度。もちろん維持』

「なんで40度じゃないんだ。一度刻みか。なんなんだ、そのこだわりは」

『45度は熱すぎて、35度はぬるすぎる。40度というとそのぐらい幅があっていいと気を抜くだろう』

「ド畜生」


 魔術師の尊厳をかけて歯を食いしばって入れた風呂は、女子供に好評だった。


 §§§


 なんだかんだ文句を言いながら、ちゃんとやれるのは偉いなぁ……と、川畑は魔導書を読みながら珈琲を一口飲んだ。

 なかなか美味い。

 頑張ってくれる"飼い主"のアルのために設計中の魔法定義を再チェックする。

 以前行った神界構造のある世界で実装されていた術式の構造を応用して、特定の個人にのみ権限を承認して使用可能にさせるオリジナル魔法だ。世界への影響度が限定的なので、紛れ込ませるのが楽で、ローカルで運用しやすい。


「あとは承認方法だけど、なにか装身具に仕込んで身につけさせるか……師匠の工房にいい感じの素材あったかな」


 同一世界に川畑本人がいれば直接同期を取って干渉することも楽なのだが、魔獣の偽体経由のアクセスだとそれも難しい。魔獣のアクセスリソースのかなりの部分を対ノリコに使っている現状では、個体認証はモノでやる方法が楽そうだった。


 ノリコとリモートで雑談しながらのコーヒーブレイクという贅沢を楽しんだ川畑は、カップを片付けてから、魔女の城の地下工房に降りた。


「これでいいか」


 銀色の腕輪を手に取る。

 中世世界でも悪目立ちしないシンプルで古典的なデザインだが、ちょっぴりSFチックな青いラインが入っているあたりが川畑好みだ。

 フリーサイズかどうかを自分でもはめて確かめてみる。ランドルフ環のように切れ目のある輪は柔らかく手首に沿う。大丈夫そうだ。

 データクリスタルの結晶をちょっと足して、必要な構造を仕込む。師匠ほどうまくはいかないが腕輪本体の金属にも魔術紋を刻んでいく。まだ不慣れなので集中力のいる精密作業だ。


『(川畑くん、お風呂覗いちゃダメだよ)』


 川畑は腕輪を作業台に放り出して両手を上げた。


『(大丈夫。今、猫は昼寝させてる)』

『(そうなんだ。お風呂すごいね。ここにあるとは思ってなかったから嬉しい)』

『(露天だし酒樽だけどね。縁のヤスリがけが不十分かもしれないから、気を付けて)』

『(ヤスリがけまでしてくれたの? あ、言われてみれば滑らかかも)』


 猫なのにどうやったのかという質問が来る前に川畑はそっけなく答えた。


『(そんなにきちんとはやってない。でも、怪我をさせるわけにいかないから)』

『(わあ、アルさんって意外に気のつく人なんだ。見直しちゃった。あとでお礼言っておくね)』


 常識的判断に基づけば、仔猫が大工仕事をするとノリコが考えるわけがなかった。


『(……ああ。お湯の温度がイマイチだったら奴に文句も言っておいて。火傷したり風邪引いたりするといけない)』

『(ふふ、シシィちゃんのこと気遣ってくれてありがとう。これから入れてあげるところだけど、とっても喜んでるよ)』


 川畑は作業の続きをするために、腕輪を手に取った。


 やる気は大分削がれていたが、それでもなんとか一通り作業を終えると、できあがったものを精査して、ゲートキーパーにダブルチェックさせた。


 ノリコと自由に会話できる今の状況は大変楽しいが、因果の蓄積が時空転移の制約として今後どの程度影響があるかわからない。それに、時空監査局の偽体の連続運用が、正規職員としてではない状態で生活しているノリコに、どの程度の悪影響を及ぼすかがわからない。

 この森での生活は早めに終わらせた方が良い。


「事件自体は静観するつもりだったけど、ちょっとテコ入れするか」


 川畑はできあがった腕輪をポンと放り上げた。

 腕輪はキラリと光って空中に空いた穴に吸い込まれて消えた。

「あ、いたいた。チミ、最後はお前の番だぞ」

ふぎゃっ!?

「清潔は大事なんだろう。じゃぶじゃぶ洗ってやる」

ふぎゃーっ!


この生活は早めに終わらせた方が良い。(by 川畑)

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