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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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効率的な業務連絡目的だと報告書には書いておこう

 ここの森やアルバートが異世界ナイズされているのは、時空監査局の調整のせいだと川畑が説明すると、ノリコは拍子抜けしたような顔をした。


「そうなんだ。緊急対応もできる業務用偽体なんて支給されたから、危険な任務なのかと思っちゃった」

『業務用偽体? 何が違うんだ』


 聞けば、時空監査局が局員に支給する偽体にも色々と種類やスペックのランクがあり、今までノリコが使ってきたのは学習・研修用の偽体らしい。


「運用上の一番わかりやすい差異はスリープモードがないことかな」


 スリープモード機能は、就寝時間帯に偽体が能動的活動を行わない待機状態に入り、一日単位の記憶の更新と人格のすり合わせを本体と行う機能だ。偽体にコピーされた記憶と人格が独立して活動し、本人の記憶との齟齬が起こりにくく認識への負荷が低いというメリットがあるが、偽体側に無防備な時間帯ができる。夜襲などの緊急対応が必要な任務には不向きだ。

 それに……。


『子供の夜泣きやトイレに対応できないからじゃないか?』

「あっ、そういうことか……川畑くん、もしかしてこれまであの子の夜泣きやトイレの面倒見てたの?」

『……そんなに何度もではないよ』

「やってたんだ」

『そんなに手間のかかる子じゃないから大したことはしていない』


 川畑猫はついっと視線を逸らせ、一度尻尾を一往復揺らしてから、何もなかったかのように話題を偽体に戻した。


『スリープモードでの更新がないということは、その偽体はリモートのリアルタイム操作なのか?』

「ううん。私自身は学校に行かなくちゃいけないから、それは無理だよ。本体が寝たきりになっちゃったら家族に心配かけちゃうもの」


 そういえば普通はマルチタスクで偽体と本体を同時に活動させるのは無理なんだったと川畑は納得した。


『では、複製体での更新なし運用? ……のりこ本人じゃないノリコが増えるのは嫌なんだけど』


 ボソボソと遠慮がちにそう呟いた川畑猫の丸まった背中をノリコは優しく撫でた。


「大丈夫。私も自分じゃないワタシが川畑くんと一緒にいるのは嫌だったから、そういうのは断ったの」


 だから今回は随時更新型の半自動制御なのだとノリコは説明した。長距離移動や家事労働などのこちらの世界での単純作業は偽体に基本で設定されている基礎知能がこちらの世界基準で不自然でない行動をオートで行い、重要でイレギュラーな事態が発生したときのみ本体の判断を仰ぐ設定になってるらしい。


『ということは、今は仮想人格のオートで会話してるのか』

「そんなわけないよ。川畑くんとの会話は最優先で全部本人対応にしてる」


 この世界に本来いない異世界人が操っている魔法生物と会話するなんていうイレギュラーは、オートじゃ無理というのはもっともだと川畑は得心した。


『だったら、こんなに長々と話をしていては本体が大変だろう』

「リアルタイムってわけでもなくて、圧縮して送られてくるから、意外と大丈夫なの。ほら、倍速視聴のもっと密度が高いやつというか……走馬灯とか白昼夢みたいな感じ? 長いとちょっとくらっとするけれど、少しならそんなに気にならないかな」

『それは心身にかなり負担をかけてるんじゃないか? すまん。なんかダラダラと話し込んでしまって。本来の仕事に戻ったほうがいい。もう切り上げよう』

「いいよ。今日は休日で予定もないし。ほら、ここに来る初日は絶対にいろいろあるから暇な時間帯に合わせてもらってるの」


 ノリコは黙り込もうとする川畑を必死で引き留めた。川畑に会いたくて仕事を受けたのに、仕事を優先されては本末転倒だ。

 両脇を抱えられて前足をモミモミされながら、川畑猫は困ったような顔でノリコを見上げた。彼とてもノリコと話していたいのは山々だが、それで彼女に負担はかけたくない。

 彼女の安全と健康のためなら自分のことはいくらでも犠牲にできるのが川畑という男であった。


「ね。久しぶりなんだから、もう少しお話しようよ」


 そして、ノリコのお願いに極めて弱いのも川畑という()であった。

 彼は葛藤した。


『うーん…………じゃあ、こうしよう』


 仔猫の身体を頭の上に乗せて目を瞑って、とお願いされて、ノリコは戸惑った。


 普段のノリコ本人ならば、学校で友人にそんなことを言われても「なあにそれ」と笑って流して取り合わなかっただろう。彼女は奇異なものに対する耐性は高かったが、己が奇異なことをするのは好まず、比較的慎重に振る舞う習慣があった。

 しかし彼女は今、緊急対応に秀でた業務用偽体を使用していた。通常よりも一瞬の判断が行動に反映されやすい構造のこのシステムは、ノリコの"つい魔が差した"判断をことごとく行動に移してしまっていた。

 魔法を学びに学園に通っていた時に男性形の偽体に入っていた時も日頃より活動的で強い判断をしがちになっていたが、同様に今のノリコはいささか衝動的な傾向があった。


 そして何よりノリコは川畑の頼みにハチャメチャに弱かった。


 彼女は詳細も聞かずに、仔猫をむんずと掴んで、自分の頭の上に乗せ、目を瞑った。

 なんだか両耳を細いこよりみたいなものでくすぐられたみたいな感じがして頭がほんわり温かくなり、目の奥が数回チカチカした。


『よし。これでいいだろう』


 さっきまでよりもクリアに川畑の声が聞こえた。いや、正確には音声や知覚ではなく、直接認識に川畑の言葉が入ってきたみたいだった。

 ノリコはこれと同じ感覚に覚えがあった。


『思考の相互通信? あの妖精さんのいる世界でやったみたいな』

『そう。その偽体を中継器にして、本体ののりこと声を介さずに話せるようにした』

『えっ!? 考えてることが全部筒抜けになっちゃうの?』


 それは困る! と焦るノリコを、川畑はそれは大丈夫だとなだめた。


『普通の会話やチャットと一緒で、意図的に発信した言葉しか伝わらないから安心して』


 視覚映像も送ろうと思えば送れるけれど、発信の意図がない場合の"覗き行為"はできないようになっているから気にしなくていいと言われて、ノリコはホッとした。

 川畑のことは好きだが、だからこそ自分の日常の生活と思考を全部見られてしまうのは嫌だ。


『これで、君が偽体のオート反応で仕事をしているときでも、最小限の負荷で本体の君と会話できるはずだ。状況や周囲の光景なんかの周辺情報全部カットして言葉だけ圧縮して送るからデータ効率がいい』


 たしかに、音で発声していたらそれなりに時間がかかりそうな内容が瞬時に伝わった。

 ノリコはそっと目を開けてみた。


『ねぇ、これは猫をずっと頭に乗せていないとダメなの?』

『あ、すまない。今、降りる』


 仔猫はぴょんとノリコの頭から飛び降りて、ニャアと一声鳴いて家の方へ歩いていった。


『少々なら距離は気にせず話せる』


 まるでイヤホンでもしているように、川畑の発言は仔猫の現在位置とは無関係に伝わった。


『少々ってどれくらい? 仔猫が見えてない状態でもいいの?』

『ノリコが話したいって思って呼んでくれたら、俺はどこにいても応えるよ』


 ピンと立てた長い尻尾を優雅に一振りして、黒猫は家の中に入っていった。

話し放題プラン(違法魔改造)

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