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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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ギャップ萌えは惚れた贔屓目が8割

 一旦下落しきった俺の評価は、食事どきには回復していた。


 食事の支度をするにあたって、俺が畑から採ってきた食材と、調理場で使った魔法が非常に好評を得たのだ。

 最初は新しく来た侍女に、見慣れぬ野菜や、魔法制御の"冷蔵庫"だの"オーブン"だのといったチミ製の謎道具をどう説明したものかと悩んだのだが、意外にも俺が魔術師だからというだけであっさり納得してくれた。それどころか、この勘のいい侍女は使い方を簡単に説明しただけでこれらの食材や道具を俺よりもよほど有効に使い始めた。


「素性や原理がわからなくても、どういうものかがわかれば、使うのは誰にだってできますよ」

「しかし、こういう不可解なものを受け入れるのは抵抗がないか?」

「便利なのは良いことです」

「魔術を恐ろしいとは感じないのか」

「魔法については、以前、少しだけ基礎を学ばせていただいたことがあります。自分で自在に使えるわけではありませんが、一見、不可思議に見えても、よく発展した高度な技術なのだなと理解できたので、魔術自体を恐ろしいとは思いません」


 彼女は何でもないことのようにサラリと言って微笑んだが、女の身で魔術を学び、その理解に至るというのは只者ではない。


「(一体どこからこんな女を見つけてきたんだ)」


 流石、大公の孫ともなると人脈が違うということか、と俺は友人のことを少し見直した。



 §§§



「チミ〜、チーミーちゃん。ご飯ですよー」


 ノリコは小皿を手に、仔猫を探して家の周囲をぐるりと見て回った。昼に家の主人につまみ出されたあと、夕食が終わる頃になっても戻ってこないので心配になったのだ。


「あ、居た」


 小さな黒猫は納屋の隅で丸くなっていた。


「チミちゃん」


 ノリコは仔猫に近づきすぎない位置で立ち止まり、その場にしゃがんでそっと声をかけた。仔猫はピクリと片耳を動かし、恐る恐るといった様子で顔を上げた。


「ご飯ですよ」


 小皿を置くと、仔猫は小皿とノリコの顔を交互に見てから静かに起き上がり、なんとも遠慮がちに近づいてきた。


「人と同じメニューを何でも食べるって聞いたから……これは食べられそう? 念のため薄味にはしてみたのだけれど」


 仔猫はノリコが差し出した小皿の端っこを小さな舌でちろりと舐めた。それから二、三度瞬きしてちょっと首を傾げ、ノリコを上目遣いでチラリと見上げてから、黙々と皿の中身を食べ始めた。


 仔猫の体格に見合うサイズの小皿の中身はすぐになくなった。ノリコがじっと見つめる前で、仔猫は猫そのものの仕草で顔を洗い始めた。

 ノリコは一度周囲を見回して人がいないのを確認してから、ごく小さな声でそっと猫に話しかけた。


「川畑くん?」


 仔猫の耳がピクリと動く。


「川畑くん……よね?」


 仔猫は目を泳がせて、まるでしらばっくれようかどうしようか迷っているみたいに、猫っぽく左右の前足や腹の匂いをスンスン嗅ぐフリをしてから、横目でそぉーっとノリコの様子を伺った。


「そうやって"僕はただの仔猫です"って態度で通すつもりなら、撫でちゃう」


 ノリコは人差し指を突きつけると、びっくり目玉で硬直した仔猫の小さな額や耳の付け根を指でクルクルとさすった。仔猫は抵抗せずにうっとりと目を細めた。ノリコはあくまで猫で通そうとする相手にすこしじれて、そのまま細い指先を首筋や喉元の和毛に滑り込ませて、柔らかい部分をふにふにと揉んだ。

 そうしていると相手があまりに仔猫っぽい反応をするので、ノリコはだんだん当初の目的を忘れて"仔猫を愛でる"行為に熱中し始めてしまった。



『すまん! 降参! それはダメ』


 急に耳元で川畑の声がして、仔猫のお腹に顔を埋めて猫吸いを堪能していたノリコは正気にかえった。


「えっ、あっ、ご……ごめんなさい」


 手の中でプルプルしていた仔猫は、ノリコが顔を上げるとくるんと丸まった。


「えっと……やっぱり川畑くん……なのね?」


 仔猫は小さくコクコクと頷いた。


「さっきの声は? お話はできるの?」

『一応、話せるけど……猫から俺の声がするの不気味で嫌じゃないか?』

「ううん、全然。川畑くんの声、いい声だから!」

『そ……そう。ならいいけど』


 両手に収まる小さな頼りない仔猫のビジュアルと、川畑の重低音の音声の違和感は半端なかったが、今のもじもじと気恥ずかしそうな態度は本来の川畑のいかつい姿よりも、むしろこの仔猫姿の方が似合っているように思われた。


「魔獣……って聞いてたんだけど、仔猫なのね。どうして?」

『……怖がらせたくないから』


 長い尻尾をゆらゆらさせている姿は大変に可愛らしい。


「(川畑くんって、あの見かけでかなりごまかしているけれど、実は結構繊細なのかも)」


 不安そうにノリコを見上げるパッチリした仔猫の目は表情豊かで、動揺や逡巡が非常にわかりやすかった。

 ノリコはついその見た目につられて、仔猫の首筋をよしよしと撫でてしまった。


『ぅく……』


 咄嗟に猫の鳴き声に変換しそこねたのか、川畑本人の重低音のままの音声かつ、ちょっと甘い吐息が漏れた感じの押し殺した声が耳元でして、ノリコはビクリと震えた。


 彼女はこの猫を特級の危険生物に認定した。



 §§§



「エリザベートはフェールグリン公爵家の令嬢よ。でも公爵家には彼女がどこで匿われているかは明かされていないわ。彼女をここに預けたのは、この事件の統括責任者であるヒューイ・カッセルの独断……か、ここの土地の持ち主の大公の入れ知恵だというの監査局の見立てみたい」


 ノリコは、落ち着きを取り戻した川畑に問われて、ここに来た経緯と本件の周辺情報を説明した。ずっとペット枠で過ごして、ろくに状況を知らなかった川畑は、ありがたくノリコが時空監査局から事前にレクチャーされた情報を検討した。


『ヒューイ・カッセルというのは何者だ? 大公とやらの縁者なのか』

「王都の警備を行っている騎士団の隊長よ。大公の孫にあたるらしいわ。アルバート・ローエンハイムとは騎士団入隊からの友人で、彼に令嬢を預けたのはその縁ね」

『そのアルバートというのがうちのアイツだな』

「呆れた。あなたも名前を知らずに暮らしてたの?」

『アイツは拾った野良猫に自己紹介するタイプじゃないんだ』


 川畑はそういえば"飼い主"のことすらろくに知らなかったと明かして、どんな経歴の奴か尋ねた。


『騎士団入隊という話だったが、今は魔術師のようだぞ』

「私も詳しくは聞いていないけれど、家督相続の問題で揉めて世俗の身分を捨てて魔術師になったそうよ」

『魔術師って出家する感覚でなるものなのか』

「聖騎士や神殿の聖職者が使う聖魔法以外の魔法には胡散臭いイメージがあるから、表の公的な身分体系からは外れるんですって」


 王城に所属する"魔術師の塔"の者は一応それでも社会的な身分のある存在として扱われるが、それ以外の在野の魔法使いは、呪術師やインチキ占い師と地続きで一緒くたに裏稼業扱いされるたぐいの存在なのだという。


「実際に、塔で学んだ者以外は、術のレベルも低い者が多いから、今回の事件の犯人も塔の関係者ではないかって言われているみたい」


 それもあって捜査が進んでいないのだという。ただでさえ公爵令嬢の誘拐なんて権力争い絡みのスキャンダルなのに、そこに閉鎖的な魔術師の塔の醜聞まで絡むと、騎士団の若手中堅隊長ごときの権限ではろくに切り込めないであろうというのは想像に難くない。


「ねぇ、川畑くん。思ったんだけど……」

『何』

「実はアルバートさんが犯人というのはないかしら? 今日ここに来て見たものや彼の話す内容や態度から、どうにも不自然な印象を感じるのよ。何かこう……この世界の住人としては異常な感じというか……異界からの影響を受けている違和感みたいな。わかる? 彼が邪神の共鳴者ならこの森の変な雰囲気も含めて説明が付くわ」


 川畑は、かわいそうな"飼い主"に心の中で「どんまい」といった。

人の名前を覚えて状況を把握するノリコさんの参入で、ついに登場人物に名前がつきました。(•‿•)

川畑のセンスが影響を与えていないので、今回は無難なネーミングです。(アイスクリームやパティシエの名前ではありません)

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