検問所の顔馴染
「おばちゃん、これひと籠おくれ」
「あいよ。今日はあんたが当番かい?どれどれ札見せてみな」
青果屋のおかみさんは、少年の握った木札に書かれた丸の数を確認した。
「おや、あんた。これじゃ数が足りないよ。払いはどうせ城持ちなんだ。こっちの大盛りにしなよ。2つ余るからそいつは兄弟と分けな」
「怒られないかな?」
「ハーゲンさんには、それぐらいは大丈夫って言われてるよ。もらっときなさい。あ、そういえばあんた3人兄弟だったね。もう一つおまけしてやるよ」
「ありがとう!」
少年は中仕切りのついた背負い籠に果物を入れると、忘れずに蓋の止め金をかけてから背負った。自分の分は布の袋に入れて、しっかり持つ。
「それじゃ、急いで持っていきな。転ばないようにね」
「うん」
市場の人波を駆け抜けて、先に注文を出しておいた屋台に戻る。渡しておいた小振りの深鍋に、注文通りの量が入っているのを確認して、木の蓋を金具でとめてから、これも背負い籠に入れる。
"味見用"にもらった肉をパンに挟んで噛りながら、結構な重さになった籠を担いで、東の検問所に向かう。
急ぎ足で、でも転ばないように。
せっかく買った食べ物を駄目にしたら、このおいしい当番ができなくなる。この食事係は一番人気なのだ。ただでさえ選抜メンバーで順番待ちなのに、失敗したとなったらきっとメンバーから外される。依頼人のゲンさんはいい人だけど、仲間の目は厳しい。
「いよう!坊主。今日は勇者様、今からお出かけかい」
「うん。まだ来てない?良かった」
「そこに座って待ってな」
東の検問所の衛兵さん達とも、顔馴染みになった。一番最初にゲンさんに挨拶に連れてこられたときは、ちょっと怖かったが、今は気安く話せる。当番の仕事以外のときでも相談にのってもらうこともあった。
「あっ!ピノ!やっぱ、早いなぁ、お前」
「モナは薬だろ。そりゃぁ、時間かかるよ」
あとからやって来た買い出し仲間のために、木の長椅子の端を空ける。
「いつもの店になくて、教えてもらった別の店で買ってきたんだ。この辺りにはいない蛇の毒消しなんだってさ。今日の店は小さいけど変わった薬が色々あって面白かった」
「ふーん」
モナは仲間うちでは一番頭がいい。薬の名前が覚えられるから、ずっと薬係だ。薬屋の親父にも気に入られているみたいだから、このまま薬屋に奉公して薬屋になるのかもしれない。
「お、来たぞ。ほら、籠貸しな」
「お願いします!」
「いい言葉づかいじゃねぇか」
「うん。ゲンさんがこう言えって」
「はっはっは。大事なことだ」
衛兵のおじさんが、勇者様の馬車のために普段は閉めてある柵を開ける。速度を落とした馬車はそれでも完全には止まらずに、ゆっくり通りすぎていく。勇者様は検問所で止められるのが嫌いだから、そうするようにしたらしい。
「お疲れさまです」
「いってらっしゃい」
馭者台のゲンさんは、軽く挨拶を交わしながら、衛兵から昼食の籠と薬の包みを受け取る。
「いってきます。帰りは10日ほど先になります」
「ご武運を」
衛兵を真似て、ピノも軍式の答礼で見送る。ゲンさんはにっこり笑って、ピノ達に手をふった。
「はぁ。これからしばらく仕事なしか」
ピノが肩を落とすと、衛兵のおじさんは笑いながらピノの頭をぐりぐり撫でた。
「暇なら俺らのお使いもやってくれるか。勇者様お気に入りの店の味ってのも知りたいからな」
「ホント?まかせてよ!他の子もいい?」
「ああ、ちゃんと言いつけを守っている子ならいいぞ。お前ら城にも入れるんだろう。ちょっとした届け物とか頼めると助かるんだよ」
「わかった!みんなに伝える」
「ピノ、当番を決めよう。……それから西の検問所の人にも聞いてみようよ」
「そうだね、モナ。おじさん、ありがとう。じゃぁ、またあとで」
ピノとモナは足取りも軽く仲間のところへ向かった。
「ピノ、ボクは最初にゲンさんに言われた言葉の意味がやっとわかった。"信用"を得るってこういうことなんだね」
モナに言われて、ピノはそのときのことを思い出した。
子供達を集めたハーゲンは、まず彼らを洗い、身なりをましにしてから、言ったのだ。
「君らは勇者のお使いだ。勇者が口にするものを選び、調達する重要な係だ。王城や商店に出入りしてもらうし、偉い大人とも交渉してもらう。仕事のときは顔と手をきれいに洗い、服と髪をさっぱりとすること。まっすぐ立ち、顔をあげ、しっかり話すこと。精霊に見られて恥ずかしいと思うことはしないこと。いいな、この仕事をきちんとやったとき、君らが得るのはわずかな小銭だけじゃない。信用だ」
あのときは何のことだかさっぱりわからなかった。
「ねぇ、ピノ、すごいよね。ゲンさん、"センコウトウシ"とか"ヒツヨウケイヒ"って言って、古着屋さんでみんなに服と靴を買ってくれてさ。お城やお店の人にみんなきちんと紹介してくれてさ。ボクあのとき初めて人間になった気がしたよ。それでもこんなふうに、衛兵の人からお城へのお使いを頼まれるようになるとは思わなかった」
しみじみというモナの言葉で、ピノもゲンさんが言っていたことの意味が少しわかった気がした。
「言われたアレ覚えてる? "服で覚えられるな"だっけ」
「"服で覚えられるな。顔と中身を売り込め"、"服しか見られていない奴は服を盗られたらなにもなくなるが、中身を信じてもらえた奴は服を盗られてもみんなが助けてくれる"でしょ」
「よく覚えてるなぁ」
「うん。ボクのお父さんも死ぬまで似たようなこといってたもの。みんな身分しか見てない。身分がなくなれば誰も助けてくれないって」
「そっかぁ、お前の父ちゃん、なんにもなくなった方かぁ……」
「うん。だからボク不安だったからゲンさんにあとで聞いたんだ。一生懸命頑張っても誰にも信じてもらえなくて、ひどい目に遭ってもみんなに見て見ぬふりをされたら、どうすればいいの?ってさ。そしたら……」
モナはそのときのゲンさんの顔を思い出して小さく笑った。
「俺がお前にその服を着せたんだぞ、って言われちゃったんだ」
最初からモナ達を信じて、努力を評価して、いつでも助けてくれる彼がいる限り、"誰もいない"なんてあり得ない。
「ボクはなんにもなしで育ったけど、ゲンさんに会えて良かったと思う」
「うん」
二人はしばらく黙って歩いた。
「……ホントに服とか取り上げられちゃった子のこと相談に行ったとき、凄かったよな」
「まさか貧民街の元締めのところに乗り込むとは思わなかったよね」
「まっすぐ入っていってさ……しばらくしたら普通に出てきて、"よく話してわかってもらったから"っていってたけど……」
「あれから誰も絡まれなくなったのびっくりだよね」
二人はそのときのことを思い出してまたしばらく沈黙した。
「勇者様ってもっとすごいのかな」
「そりゃぁ、馭者より勇者様のがすごいに決まってるよ」
「勇者様って、すっごいねぇ……」
二人はパレードで見た格好いい勇者を思い出して、勇者のために働けている自分達を誇らしく思った。




