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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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大事のためには些事は気にしない

「何か御用ですか?川畑さん」


 珍しく川畑の方から呼び出された帽子の男は、うきうきした様子で空中に出現した。今日は川畑が座椅子に座っているのを見てとると、その前にちょこんと正座……したぐらいの高さに収まる。相変わらず下半身は透けているが、どこから透けるかには明確な基準はないようで、この川畑の下宿(仮)のように畳の部屋だと、本人の意識的には正座なのだろうな、という感じに見える。

 川畑は茶を淹れ、帽子の男が飲めないのは承知で、彼の前に置いてから話を始めた。




「俺が魔獣偽体で派遣されている世界の件で頼みがある。魔の森で思ったとおりに魔獣がでないんだ。ポップ条件に雑音が混ざるみたいなんで、局の担当者に調整を依頼して欲しい」

「魔の森というと世界の歪みを収束させているところでしたっけ。だとしたら本来は"邪神"の影響を受けた変異が発生するように設定しているんですから、川畑さんのオーダーの方が雑音なのではないですか?」

「正論はこの際、置いておいてだな」


 川畑は暴論を臆面もなく展開した。


「変動エネルギー自体はちゃんと収束して転換されている。理論上はインターセプトしたこちらのオーダーで魔獣が顕現するはずなんだ。ゲートキーパーのシミュレーションでも問題なかったし、テストケースで試した鶏はちゃんと出てきた。歪みを収束させている側に揺らぎが出ているか、邪神の影響が局の想定以上に増大しているとしか思えない」

「時空監査局の調整をハックした挙げ句、精度に文句つけるとは相変わらずいい根性ですね」

「俺の周りそんな奴ばっかりだから、業界標準なんじゃないかな?」

「嫌な業界にいますね」

「まともな神経で、時空間を転移する奴と付き合えんだろう」

「絶妙に納得しました」


 とりあえず邪神の影響が想定より大きいというのは気になるので確認はします、と帽子の男は請け負った。


「それで、どんな魔獣を出そうとしたら、何がでたんですか?」

「牛肉が食いたかったから、牛を出そうとしたら、ミノタウロスが出た」

「はあ」

「肝心のフィレだのロースだのが人身だと無理だろう」

「ホルモンなんてどうです? ミノタウロスのミノ」

「人身の内臓は無理!!」

「中身は牛かもしれないじゃないですか」

「歯が草食獣だから消化器系は牛かもしれないけど、そういう問題じゃない」

「では外見が牛の部分は? タンとかテールとか」

「外見が牛だから切ったら同じ精肉って、そうそう部位で割り切れるわけないだろう」

「タンタロスのタン?」

「タンタロスは人だ! あほう。人を食った話をしているとバチが当たってタンタロスの責めを受けるぞ」


 帽子の男は自分の前に置かれた茶をちらりと見て、にへらっと笑った。


「私は飲み食いの欲は無縁なので目の前に飲食物があってもあまり気にならないですけどね〜。川畑さんも、神桃(ネクター)でほぼ不死身になって飲食不要になってるから、大体同じでしょう」

「とっくに人間やめてるって面と向かってあからさまに指摘するのは止めろ。俺は元の世界に戻ってちゃんとまっとうな人生に戻る気満々なんだよ」

「そろそろ諦めたと思ってたんですが、まだその野望持ってたんですね」

「野望って言うな」

「最近、受験勉強しているところを見ないですが……」

「うぐっ」

「大丈夫なんですか」

「……帰る目処が立ったらやる」


 帽子の男はやれやれとわざとらしく肩をすくめた。

「まあ、そういうことなら」と、半分透けた男は、スッと立ち上がった(ように浮かび上がった)。


「川畑さんが欲しい食材を手に入れやすくなるように、局の担当者に連絡できそうなあたりに掛け合ってきますね」

「あっ、待て。お前の伝言ゲームは危険すぎる。余計な仕様変更はしなくても歪みの収束現象さえ安定させてくれれば……」


 川畑の言葉は、帽子の男が消えた空中に、虚しく響いた。


「……真似事でも飲むフリぐらいしていけばいいのに」


 川畑は冷めた茶を飲みほして、座椅子に身を沈めた。賢者に用意してもらった時空の狭間の仮の宿は、居心地はいいが静かすぎて、独り言はちょっと大きく聞こえた。



 §§§



 霧立ち込める夜の森を、男と黒い魔獣は駆けていた。

 彼らを追って、小さな影が何体も周囲の樹上を渡っていく。枝から枝へ跳躍するそれらは、人の子よりも小柄で、丸い頭の大きさに比べて身体は小さく四肢は短い。


 男の走る先を倒木が塞いだ。

 老木が倒れて開いた梢の間から覗く夜空に小魔の影が跳ぶ。


 男は駆けてきた勢いそのままに、倒木を足場に跳躍した。

 一閃。

 長剣の一振りで三体が六部位に分かれて弾け跳ぶ。

 月下で反った男の身体が落下する前に、小魔どもの第二波が迫る。男は身体を捻って回転し、二つは避け、一つは蹴り飛ばした。

 着地しようとする足元にももう一体。足首を狙ってくるそいつを咄嗟に避けようとして体勢が崩れた。

 不意に足元の小魔が弾き飛ばされ、男の傾いだ身体に何かが巻き付いた。


「ぐ……」


 男の胴に巻き付いたのはチミの黒い触手だった。見た目以上に力強いそれは長鞭のようにしなって、男を再び空中に投げ上げた。


「ッカ野郎!」


 くるくる回転する体の勢いを使って、空中でもう数体、小魔を切り飛ばしながら男は毒づいた。闇夜に小柄な敵と真っ黒な味方というのは、戦いにくいことおびただしい。せっかく闇に慣れた目だが、敵のほうが闇に強そうな場合は、明かりがないまま戦うのは不利だと判断して、男は魔法で頭上に明かりを灯した。

 正面から飛びかかってきていた小魔が照らし出される。

 黒っぽい粗末な布切れの頭巾と装束をまとった小人。だが、その真っ赤な顔はツルリと丸く、目鼻も口もなくのっぺりしていた。


「こいつら顔がない!?」

『人形だ』

「傀儡か。術者はどこだ」


 駆け寄ってきたチミに背を預け、むやみに多い敵を片っ端からはたき落とす。頭上から降ってくる奴を斬り伏せるのは楽だが、小柄な敵が草の間から襲いかかってくるのには閉口させられた。


「払う。跳べ!」


 男は短くそう叫ぶと、愛用の長剣に魔力を通して、エンチャントをもう一段強くした。そのまま一気に周囲を薙ぎ払う。地面すれすれで刈られた草の葉と敵の首が飛ぶ。

 両断された小魔は、上から落ちて来た奴と同時に弾けた。上からの分は跳躍したチミが始末してくれたらしい。


 かなわぬとみたか、兵が尽きたか、それ以上、小魔は襲ってこなくなった。

 だが、終わりではない。

 チミが低く唸って森の奥を見据え身構えている。


 枝のへし折れる音。

 巨大な影。

 重い足音。


 牛頭巨人……いや、今度は上半身全体が牛っぽいシルエットの巨体が月下に浮かび上がる。

 ただの直立した牛ではない。その証拠にその牛巨人は腰回りに何やら装飾の多い分厚い布飾りを付けて、首には金属製のプレートを下げている。

 牛巨人が木々を掻き分けて魔法の明かりの届くところまで出て来た。プレートに文字のようなものが打ち出されているのが見てとれたが、それは男には読めない複雑な文字だった。


 チミから強烈な怒りの気配が放たれるのを男は感じた。

 巨大な黒毛の牛巨人はギョロリとした金色の目をむいた。チミの口の端が捲れ上がり鋭い牙がむき出しになる。牛巨人は雄たけびをあげて襲いかかってきた。



 §§§



「やあ、川畑さん。いかがでしたか? 新アレンジ魔獣」


 呑気に現れた帽子の男の頭に、川畑はハリセンを振り下ろした。


「わあ。なんですか、藪から棒に。……それ、わざわざ作ったんですか?」

「やかましい、そこに直れ」

「あ~れ~お助けを……ハリセンで打ち首は無理ですよね?」


 それ以前にそもそも物体と相互干渉しない半透明な帽子の男は首を傾げた。川畑は気にせず帽子の男の顔付近をハリセンで払った。


「なんだ、あの魔獣は! どういうオーダーでああなるんだよ」

「ミノタウロスはお気に召さないようだったので、別ブランドにしてもらいました」

「飛騨タウロス……って違うだろ!」

「当たりです。よくわかりましたね」

「サルボボ付けてんじゃねーよ」

「猿の軍団と飛騨の忍者を合わせてみました。赤が粋」

「やかましい」

「ボスも強かったでしょう。金目のネームドモンスターです」

「"安福"ってネームプレートと化粧回しつけた魔獣があるか! モンスターデザイン担当反省しろ」

「安福、最強なのに」

「いっぺん偉い人に叱られろ、阿呆」

「子供が4万頭以上います」

「多い多い」


 ツッコミに疲れて「頼むからそいつらを森に顕現させるなよ」と肩を落とした川畑の前に、帽子の男はちょこんと正座した。


「肉質は良かったでしょう。良質の食材にしてくれとお願いしておきましたから」

「倒したら、本体が消えて地面にポツンと牛肉がブロックで出現する仕様はお前のせいか」

「すみません。むき身でしたか。プラスチックトレイはゴミが残るので持ち込み禁止なんです。土汚れが着くと気になります?」

「気にするとこはそこじゃない!」

「食にわがままだなぁ。わかりましたよ。もう一段グレードアップお願いしてきます」




 次に森で遭遇した"松坂タウロス"と"神戸タウロス"は、倒すと竹の皮に包まれたスライス肉が手に入った。




川畑は醤油と砂糖と葱と焼き豆腐を要求した。


「猫は葱大丈夫なんですか?」

「猫じゃないから。あ、あったら白菜と春菊も頼む」

「そのあたりは調整すれば森で生えそうですけど……焼き豆腐は森の木になっててもいいですか?」

「おのれ邪神め、世界を滅茶苦茶にしやがって、許せんな……あ、すき焼き鍋の持ち込みってOKか?」



得体のしれない材料の闇鍋はお子様にも好評だった。

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― 新着の感想 ―
初っ端からやり取りに爆笑しました( °꒳° )。 わざと物理的に飲めないお茶を置く川畑氏と敢えてスルーする時空監査局(ドラえもんでもお馴染みの某警察?)の半透明氏との、何処か噛み合わないゆる~い舌戦…
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