留守番中の退屈しのぎ
「どんな塩梅ですか? 川畑さん」
「食事情は若干の改善をみた」
「そうではなくてですねー」
丁寧に入れたコーヒーを、木目の風合いをいかした古いテーブルに置いて、川畑は参考書片手に軽く首を傾げた。
「現地の魔法はぼちぼち理解できてきた。やはり参考文献が入手できると捗る」
「なにエンジョイしてるんですか」
帽子の男は、呆れて天を仰いだついでに、ぐるりと周囲を見回した。
太い梁の通った高い天井。アンティークな調度。革張りの椅子。いつもの川畑の下宿(を模した部屋)ではない。帽子の男は川畑本人をマーカーにして転移してくるので、にわかに見当がつかなかった。
「どこですか? ここ」
「北の魔女の城。ハネムーンに行くっていうから、勇者が襲ってこないか留守番してる」
「情報量が多い」
「前に泊まって良かったリゾートホテルとか紹介しといたけど、実際どこに行ったかは聞いてない。文献読み放題なんで、退屈はしないな」
ゴーレムや魔導機械関連の資料が多いから、局の資料と合わせると偽体の原理なんかも少しずつ理解できるといって、川畑はコーヒーの香りを楽しむようにカップを揺らした。
「偽体、お嫌いだと思ってました」
「ままならなくて嫌いだけど、原理がわかれば自分が便利なように改善できるだろ。身体を変身させる呪いの原理と組み合わせると色々できそうで興味深い」
「不安しか感じないのは、なんなんでしょうね」
「気にするな。らしくないな。お前は能天気が持ち味だろう」
「そういえばそうでした」
あっはっはと軽く笑って、二人は本題に入った。
「邪神の影響による歪みを収束させることができそうだとのことです。今、川畑猫さんがいる森に収まるようにして周辺への被害を抑える予定です」
「”川畑猫”ってなんだよ」
「猫畑さん?」
「猫じゃない。魔獣。由緒正しい黒い破壊者……ちょっとアレンジしてるけど」
「知ってます。そういうの中二病っていうんですよね」
「本題に戻ろう。森に歪みが集積した場合なにが起きる?」
「外部思考可能体である"邪神"の影響を受けた変異が発生します。おそらく植生や生態系に影響が出やすいでしょう。高等生物っぽい存在の方が干渉を受けやすいので」
「魔獣の発生か。いかにも"邪神"って感じだな」
「俗称ですが良いネーミングですよね。わかりやすくて」
「通俗的だがコードネームとしては面白いよな。邪神退治とか、なんかミッションとしてモチベーションが上がる」
「川畑さんはどちらかと言うと魔王城側じゃないんですか?」
「今まさに元魔王城で留守番しているんだから、そういう事言うなよ」
ブルーロータスのロゴ入りシャツとジョガーパンツという軽装で、全然、貫禄のない格好の川畑は「魔王はもうこのあいだやったから」などとつぶやきながらコーヒーを飲んだ。
やはりダーリングからせしめたコーヒーメーカーは性能がいい。
「でも、だとすると収束は危険じゃないのか?影響範囲を絞るということは、影響自体は濃く出るということだろう」
「はい。そこは猫畑さんの飼い主である今回の"主人公"さんにも、収束の影響が出るようにバランスをとっているので、彼が時空結節として何とかしてくれるはずです」
「かわいそうに……一人に背負わせるなよ……」
「そこで川畑さんの出番です」
川畑はストレートに嫌そうな顔をした。帽子の男は気にせずにニコニコしながら、指を左右に振った。
「優秀なサポート役のマスコットキャラクターとして主人公を助けてください。多少、魔法がつかえるようになったのはいいですね。彼は魔法も使える優秀な騎士らしいので、うまく連携してあげてください。現地での魔法使用許可は取っておきます」
「……大型四足獣の高速戦闘行動パターンの動作データもよこせ」
「あ、それもそうですね。了解です。後でカタログから好みのデータを選んでください。サンプルパターンをいくつかチョイスしてもらえればセットで提供できるそうです」
「それはいいな」
気分が上向いた川畑は、ちょっと考えてから、提案してみることにした。
「なあ、森に収束した歪みが及ぼす影響の具体的な顕現形態って、ランダムじゃなくて、ある程度方向性あるんだよな」
「そうですね」
「それに干渉することができれば、魔獣の被害を抑えられるんじゃないのか?」
「そう……ですね?」
帽子の男は腕を組んでしばし黙考した。……結果は休むに似たりだった。
「そんなこと、できるんですか?」
「やってみなくちゃわからないけれど、できたら楽だよな」
「それもそうですね。わかりました。担当者の部下の知り合いあたりに掛け合って、関連資料融通してもらいます。試してみてください」
「資料が手に入ったらゲートキーパーに簡単な方法生成させてみるか。森で地球系の食材が調達できるとありがたいから、そっち方向で試してみよう」
あの世界、マーケットの食材も種類が乏しいし、質がいまいちだから……とぼやく川畑に、帽子の男は一抹の不安を感じたが、深くは悩まないことにした。
補足:
■北の魔女
川畑の魔法の師匠
住んでいる城が元魔王城だの、川畑が魔王をやっただのの話は下記参照
「魔女よ!我に力を!!」と勇者がやって来るが、はっきり言って迷惑です。
https://book1.adouzi.eu.org/n3124hh/
■ブルーロータス
銀河海運が誇る宇宙豪華客船
処女航海で巨大な氷塊とぶつかりそうになるというタイタニックな目に遭いかけたが、川畑のおかげで氷にはぶつからなかった。(でも無事ではない)
6章参照
リゾートホテルの話も同じ章
■ダーリングのコーヒーメーカー
ep.272 閑話: 楽しいキャンプ(中)参照
同型の新品を一式買ってもらった。
ダーリングさん並み目指して練習中




