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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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おせっかいは無駄な手出しをする

 鉄板の上でジュウジュウ音を上げて焼けているベーコンを皿の上のスライスしたパンの上に盛る。


「これでどうだ!」


 皿の上と子供の顔を見て、クソ生意気なナマモノは、黒い前足で満足そうに顔を洗って、寝そべった。


「ええっと……」


 皿の料理をキラキラした目で見ていた子供は、獣と料理を作ってくれた男の様子を伺い、もう一度皿を見て小さく生唾を飲み込んだ。


「食べていい」

「はい。ありがとうございます。その……食前のお祈り言葉は……」

「ああ」


 男は面倒そうに手を組んで、形ばかりの祈りを捧げ始めた。家長または食卓の年長者が祈りを捧げる習慣なんて長い一人暮らしですっかり忘れていたのがバツが悪い。貴族や騎士と違って、魔術師というのは、不信心に寛容な身分だ。


「(信仰心のない祈りを長々唱えて意味があるのかわからんな)」


 辟易として正式な祈りの言葉を途中で切り上げる。「さっさと食え」と促すと、子供はちょっと臆した様子で「いただきます」と小さく応えた。


「次からそれだけでいい」

「え……?」

「だから。今度から食前の祈りは省略だ。さっきみたいに一言なんか言えばそれでいい。すぐ食え」

「はい」


 美味そうにアツアツのベーコンを頬張り始めた子供を見ながら、小さくため息を付くと、足元でチミが厭味ったらしくあくびをした。



 §§§



「飼い猫ライフは順調ですか?」

「飼い猫言うな」


 川畑は、冷蔵庫から卵を取り出しながら仏頂面で応えた。半分透けて卵入れに重なっていた帽子の男の顔を気にせず、冷蔵庫の扉を閉める。


「飼われやすくなったでしょう? 局の担当者が、飼い主の認識に擬人化バイアスを入れて、ただの動物ではなく、いわゆるペット的な扱いをするように調整したって言ってました」

「なんか怖い影響与えんなよ。そういえば、名前つけられて、時々話しかけられるようになったけど」

「問題なく、可愛がってもらえてるんですね。よかった、よかった」

「よくない。勝手に可愛がられている認定するな。……まあ、問題は特にない。あえて言うなら飯が物足りないぐらいだな」


 帽子の男は、キッチンでネギを刻んでいる川畑の手元を覗き込んだ。


「ああ。猫はネギがダメでしたっけ?」

「猫じゃないから。それに俺が食べたいって話じゃない」


 川畑は、ありあわせをぶち込んだ冷やご飯チャーハンを雑に作りながら、リモートで制御中の偽体に少し意識を向けて顔をしかめた。


「あの野郎、小さな子供預かっているのに、食いもんに配慮がなさすぎる」


 そもそも食文化がしょぼすぎるんだが、あの飼い主が無頓着なのか、世界ごとひどいのかわからないとボヤく川畑に、帽子の男は「平和ですねー」としみじみ相槌を打った。


「なあ、食材の持ち込みってOKか?」

「インスタントラーメンとか、レトルトパウチ食品はやめてください」

「パッケージなし、素材系ならギリいけるってことだな」

「持ち込んでも猫では調理できないでしょう? どう説明するんですか」

「猫じゃないから」


 川畑は大皿にチャーハンを盛って、手早く鍋を洗った。


「幸い、住宅地から森の中の一軒家に引っ越したからな。魔獣になっても目立たない」

「魔獣はどこであれ目立つという発想はないんですか?」

「些細な見解の相違だな」

「単に、せっかく魔獣になったんだから魔獣ゴッコがしたいとかそういうやつでは……?」

「いやいや。簡単な方の呪いの解析がいい感じに進んでいるから、もうちょっとで解けそうなんだよ」


 あと、もうちょっとなんだけどなー、現地の解呪系魔法見れないかなー。などと言いながら、川畑はチャーハンにレタスをちぎって散らした。今日はレタスチャーハンらしい。


「やっぱりちゃんと体系立てて習ってないと各世界で定義方法が違うから解析だけじゃ難しいんだよ」


 自分の使いたい魔法をマジックフレームに定義して使うのは簡単だけど、人にかけられた呪いを現地基準で解くのは大変なんだと、チャーハンを食べながら解説する川畑に、帽子の男は「はあ」だの「へえ」だの興味のなさそうな生返事を返した。今さら非常識をこの男に問いても仕方がないと思っているのかは不明だが、この二人の場合、どちらが常識を口にしても説得力はない。


「あとさ、邪神? の関与のせいなのかな。魔獣化の呪いは、弱体化の呪いとなんだか構造が違うみたいなんだ……混ざっちゃってわかりにくい」

「そのあたりは川畑さんの飼い主さんが専門なんじゃないですか?」

「そうなのか?」

「魔術師で聖魔法も使える人らしいですよ」

「そういや、なんかかけてたな。神がいない世界でも、聖魔法ってネーミングはあるのは地域文化的なもんか。面白い」

「子供を預かったのも、解呪を依頼されているからじゃないですかねぇ。お願いすれば一緒に解呪してくれるかもしれません」

「たしかに専門家の実演はありがたいな」


 とはいえ、頼みたいからと、急に魔獣が喋りだすというのも趣がないし……と、匙を加えて悩む川畑を見ながら、帽子の男は「やっぱり魔獣ゴッコがしたいだけなんですね」と納得した。



 §§§



「(一度、解呪は試してみるか)」


 やってくれと頼まれたわけではないし、聖騎士の称号を失っている自分に聖魔法の行使を求めているわけではないだろうが、呪いをかけられた子供を預けるということは、多少の期待はされているような気がする。


 子供は自分の寝台でチミを抱えたまま大人しく眠っている。

 なんだかんだで見知らぬ環境で、初対面の胡散臭い男と二人きりというのは、小さな子供には堪えただろう。緊張で眠らなかったり、泣かれたりしたら困ったが、特にそんなこともなく静かに聞き分けよく過ごしてくれたのは助かった。


 チミの存在も大きかったのかもしれない。子供はよほどチミを気に入ったのか、ずっと撫でたり抱えたりしていた。

 チミは自分が撫でまわしてやるときにはいつもひとしきり暴れるので、子供に怪我を負わせるのでは?と心配したが、なぜかたいそう大人しく、されるがままになっていた。相手を見て態度を変えるとはけしからんやつである。


 小さな灯皿を手に子供の眠る寝台に近づくと、チミがムクリと顔を上げた。子供を起こしたくないから静かにしろと小声で命じつつ、耳の後ろや喉元を撫でてやる。これまでの経験で、手触りが良くて、チミが従順に撫でられる場所はだいたい把握している。寝た子に抱えられ身動きが取れないチミは、不機嫌そうに尻尾を数回揺らしたが、黙って撫でられるがままになった。いつもより諦めが早い。

 獣が騒がないようになだめつつ、子供の様子をあらためて確認した。安心しきった顔で静かに眠っている。明かりを脇に置いて、子供の額に手をかざし集中すると、うっすらと術がかけられているのが感じられた。

 ゆっくりと痕跡を辿り、歪められた跡を見つける。呪いだ。神殿や魔術の塔のように安定化された場所ではなく、自身も馴染みのない森の小屋の中なためか、明確には分離できないが、悪意を持ってかけられた術が存在を歪めているのは間違いない。

 弱いがかなり高度な術者による術だ。見かけをごまかすだけの姿騙し程度のマジナイではなく、本格的に身体を変質させるノロイのようだ。


「(これは今すぐ解呪は無理だな)」


 それなりに術者が対象の身体をよく把握して、対象者本人も解呪されるということをしっかり意識した状態で行った方が成功しやすいだろう。


「一応、軽く試して反応を見るか」

「ミ」


 解呪の術を発動しかけたときに、チミが一声鳴いたので、つい一瞬、意識がそちらにブレた。

 取り押さえるついでに和毛に手を突っ込んで撫でていたのがまずかったのだろうか。魔力が変な具合に持っていかれて、術の発動中心が子供ではなく、チミになってしまった。


「やべ」


 素人みたいなミスに、すぐさま展開を止めようとしたが、なぜか解呪の術はそのまま進んだ。


 手の下で、チミの身体は聖なる輝きに包まれて、グングンと大きくなり、その形を変えた。






 鉄板の上でジュウジュウ音を上げてカリカリに焼けた薄切りベーコンを皿に取る。ベーコンの脂の残った鉄板にバターとチーズと卵を落として、さっとかき混ぜて、固まりきらないうちにまとめて、これも皿へ盛る。そして、シャキシャキの生の葉野菜と酢漬けの果菜を添えたら、テーブルクロスのかかった食卓へ。


「わあ、おいしそう! チミ、ありがとう。いただきます」

「いや、たしかに美味しそうだけど、なんだこの状況……」


 呆然と食卓に座っている男の前で、成人男性より大きい黒い獣が「いいから早く食え」と言わんばかりに、()()()()()()()()()()、パン籠をテーブルに置いた。


魔獣ですw

触手は太くて長いのが二本、肩から。


冷蔵庫に卵があったのでオムレツ!

子供に卵料理は間違いない。


……別件が色々と根本的に間違っていることについては気にしない。

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