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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第13章 闇の破壊者

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食にうるさい居候

 悪友が用意してくれた隠れ家は、王都からほど近い森の中の小屋だった。この小さな森は大公の私領で、老齢で退任した森番が去年まで住んでいた小屋は、一通りの生活必需品は揃っているらしい。


「お、リネン類は新しく入れておいてくれたようだな」


 貴族の子供を匿おうっていうのに、カビ臭い毛布一枚で雑魚寝はさせられない。奥の部屋の寝台は地方の小さい旅籠程度にはマシに整えられていた。ありがたいことに、それとは別に大部屋の隅に仮設の寝台が運び込まれていて、こちらにも新しいシーツと毛布が置かれていた。


「俺はこっちで寝る。君は奥の部屋を使うといい」

「ぁ……はい」


 小屋の入口に立ったままだった子供は、小さな声で返事をすると、物珍しそうに小屋の中を見回しながら、おずおずと入ってきた。着替え類の入った荷物を奥の部屋に入れてやるとその小部屋を覗いて目を丸くする。寝台と小さな書き物机がようやく入る程度の小部屋は、貴族感覚では女中部屋以下だろう。


「狭いだろうが、数日のことだから辛抱してくれ」

「……はい」


 綺麗なマントを羽織ったいかにも育ちの良さそうな子供は、ふわふわの金髪を揺らして小さくコクリと頷いた。聞き分けが良くて大変助かるが、大人しすぎて間が持たない。

 まぁ、遊んでくれ、構ってくれとわがままを言われるよりはずっとマシではある。


「小屋の中と納屋を確認してくる」


 待っていろと言い添えなくても、ついてくる気遣いはなさそうだった。相手との距離と態度を測りかねているのは、向こうも同じなのだろう。正直、今の身分的には、高位貴族の子供相手にこんなぞんざいな態度や口のきき方をするのは論外ではあるのだが、身元を伏せられているという建前であずかって、貴族扱いはしないようにと言い含められたので、仕方がない。

 だったらあんな服装をさせるなとも思ったが、そもそも中身が品の良い愛らしい子なので、どんな格好でも平民のガキには見えなかっただろう。そういう意味では生地は良いが装飾が派手ではない今の服装は、遠目で違和感のない悪目立ちしない格好だともいえた。


 不審なものがないか、さしあたって必要なものがあるか、一通り確認して戻ってみると、子供は寝台に座って大人しくしていた。よく見ると、うちのチミを抱えこんでいる。

 チミは拾ったときは手のひらに乗る程度の大きさだったので、チミっちゃいからチミと呼ぶことにしたのに、すくすくと大きくなって、今はちょうど小さな子が抱きかかえて遊ぶ大ぶりの人形サイズになっていた。

 あまり心地よくはなさそうな不安定な抱えられ方をされた黒い獣は、不本意そうに、長い尻尾を不規則に揺らしているが、されるがままに大人しくしている。


「(こいつめ。俺には、さんざん抵抗するくせに)」


 少し腹は立ったが、子守代わりになるなら、それはそれでありがたいと思い直した。





「食事だ」


 テーブルについた子供は、卓上を見てなにか言いかけ、口をつぐんだ。なんだろう。緊張で腹が減っていないのだろうか。手を付ける様子がない。

 給仕されるのを待たれても困る。

 黒パンをナイフで切りながら、どうしたものかと考えていると、チミがいつもの調子で椅子に飛び乗ってテーブルに前足をのせた。我が物顔で卓上の食い物を見回した黒いケダモノは、体の割に太い前脚で不満そうにテーブルを叩いた。その上、クソ生意気にこちらを見上げて、物凄く腹のたつ仕草で尻尾を揺らし、このメシも、これを用意したお前も最低だと表明してきた。


「ああ? 何か文句あるのか。上等のベーコンだろうが」


 思わず荒くなった語気に、目の前の子供が萎縮する。


「あ、いや、違うんだ。これはその、コイツに言っただけで……」


 弁解の途中で、はたと気づいた。獣相手に話しかけるなんて、おかしい。いくら人がましくふてぶてしい態度を取って来ようが、チミは人語を解さぬケダモノだ。

 しどろもどろになって、己は狂人ではないと、子供に説明しようと慌てていると、当のチミはピョンと身軽に椅子から飛び降りて行ってしまった。

 勝手にしろ! と無視していたら、背後で派手な金属音がして、何かがこちらに投げつけられた。

 とっさに払い落とすと、浅底の片手鍋(フライパン)だった。

 小ぶりとはいえ、鉄の重量物だ。勝手に飛んでくるようなものではない。意味が分からないので、鍋片手に周囲を見回すと、チミの奴が足元にやってきて、ズボンの裾を咥えて引っ張った。

 こいつは要求があるとこうやって人を引っ張っていこうとする。

 それにしてもわけがわからず、怪訝な顔をしていると、焦れたチミはまた椅子に飛び乗り、厚切りの大きなベーコンの塊の脇に、ダン! と前足を打ち付け、尻尾の先でビシリとフライパンを指した。そして、そのまま椅子から飛び降りてかまどの方にトテトテと歩き出したところで足を止めると、こちらを振り向き「何をしている、マヌケめ。さっさと来い」と言わんばかりの態度で、ない顎をシャクった。


「はぁ?」

「みぎゃ」

「えーっと……ひょっとして、焼いてほしいのでは?」

「はああっ!?」


 預かった子の「はい」以外の言葉を聞くのは、実はこのときが初めてだったが、そんなことに気を向けているような状況ではなかった。

脂が白く固まっている冷めて固いベーコンは美味しそうじゃない。

あと、小さい子供は噛む力が弱いから、塊でドンと出すな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 違っていたらごめんなさい… もしかしてこの世界は、猫を拾って面倒を見ることになる話と同一の世界でしょうか?
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