アウトサイダーは当事者意識が薄い
「どんな塩梅ですか?川畑さん」
「んー。もうこれ、俺、止めて良くないか?」
川畑はリクライニング座椅子(肘掛け付き)に深く体を預けたまま、面倒くさそうに答えた。
「なんか、無害に落ち着いてるし」
「でも、呪いの複合の上に別魔法の重ねがけまでされたんでしょう?」
身体の構成を変更する魔術を短時間に色々と重ねがけされた結果、問題の偽体は、元の構造を留めない程変成してしまっていた。
「偽体として記憶の情報を読み書きする基幹構造が変成してるって、局の担当者が言ってました。川畑さん、何かしました?川畑さんはアクセスできているんですよね」
「一応はな」
川畑は都合の悪い問いは無視して、最後の質問にだけ答えた。
「まだ思ったようには動けないが、おおむねコントロールはできる。ただ……変身直後に追加で提供してもらった四足獣用の運動パターンのモデル、なんかおかしくないか?」
「そうなんですか? その時点で検出できた体型に合わせたデータが送られているはずなのですが」
「え? 四足獣タイプの標準ではなくて?」
「局の偽体サポートはかなり優秀ですからね。川畑さんが動きやすいように出身世界の地球系動物の動作サンプルから、体型がよく似ていて動きが無理なく再現しやすいものが選ばれて設定されたはずです」
四足獣の身体のコントロールがよくわからなかった川畑は、帽子の男に頼んで、時空監査局から、偽体をある程度オートで動かせる動作サンプルデータを設定してもらった。歩いたり走ったりするときに、四本の脚の動かし方をいちいち意識するのは、煩わしかったからである。
ところが、その設定されたデータのコンセプトが、川畑の想定と著しくずれがあったらしい。
「体型参照……なるほど。それで、なんか仔猫な動きになってるのか……俺、魔獣のはずなんだけどなぁ」
「仔猫なんてやってるんですか? 川畑さん」
不本意そうな仏頂面をした川畑の目の前で、帽子の男は猫じゃらしを振った。
「ほーら、飛びつけー」
「やらん! っていうか、お前、そういう小道具、どこから出してるんだよ」
「ギャグパートの小ネタのイマジナリー小道具にいちいち突っ込むなんて、無粋ですよ」
帽子の男は猫じゃらしをぽいっと捨てて消すと、仕事の話に戻った。
「とにかく、局ではそちらの行動や記憶はモニターできていないそうなので、状況の報告を小まめにお願いします」
「目的や方針を明確に指定してもらえると、報告の精度が上がるぞ。なんで動作不良偽体を回収せずに、未だにあの世界で滞在させているんだ?」
「下っぱの使いっ走りの私に難しいことを聞きますね。時空調整の全体像なんて上位の調整者しか把握してないですよ」
「ですが、推定込みでいいなら」と前置きして、帽子の男はそれなりの説明はしてくれた。
それによると、今回の世界への邪神の関与の影響を最小限に抑えるために、局はわざと焦点となる人物を作って、事件をそこに集約させるつもりである可能性が高いという。
「川畑さんの偽体は観測用のマーカーにでもするつもりなんでしょう」
「ということは、"なんとかして自宅に居座れ"って指示が出たあの男が人身御供予定の被害者か。かわいそうに」
「人身御供とは失礼な。どうせなら"主人公"と言ってあげてくださいよ」
「あー、なるほど。そういう感じかもな。猫型のオーバーテクノロジーロボットが居候になって人生変わる話か」
「偽体はロボットじゃありません」
「突っ込むところそこじゃないだろう」
川畑はこのまましばらく任務の継続が必要なら、偽体の動作モデルの更新をして欲しいと、帽子の男に頼んだ。
「偽装潜伏が必要なら、せいぜい猫らしく振る舞ってペットの座に甘んじてやってもいいが、仔猫は嫌だ」
「いいじゃないですか、仔猫。かわいくて」
「笑いを噛み殺しながら言うな」
「じゃらしてもらってるんですか?」
「"もらっている"だけは断じて否定する。それにあの野郎、猫の正しい扱いを全く知らんのか、無茶苦茶しやがる」
「えー? ああ、まぁ、そうでしょうねぇ。あの世界、犬はいるけど猫はいないんです」
「なに?」
「あと、愛玩動物とかペットって文化が薄いからあまりかわいがってはもらえないと思いますよ」
「かわいがられてたまるか!」
川畑は鳥肌が立つ思いで身震いした。猫好きおっさんに猫可愛がりされる羽目にならなくて本当に良かったと安堵する。しかし……。
「そうなると、猫のフリしてペット枠で居座るのは難しくないか?」
「そうですねぇ。一応、小鳥や魚を観賞用に飼ったり、番犬や猟犬を実用で飼うことはあるようなので、小動物を家で飼育すること自体は皆無ではないと思いますが」
「観賞用ってのも性に合わないから、狙うなら実用性か……」
「あまり変なこと考えないようにしてくださいよ」
「俺はいたって理性的で、論理と常識に基づいて地道に行動する男だ」
「もっともらしく聞こえますが、普通に地道に生きている人はそんなこと口に出して主張しません」
「口に出して再確認する行為は、頭でわかった気になっているだけよりも、現実に対する影響力が高いんだぞ」
「さては自分でも自信がないんですね。……わかりました。川畑さんの"飼い主"が、ちゃんと川畑さんを飼うという概念を持つようにできないか局の担当者に相談してみます」
「人聞き悪さが半端ないから、俺を飼う話にするのはやめてくれ。飼うのは猫。そして俺としては向こうのあの偽体は最強の完全生物だから、仔猫扱いを強化するのはNG」
「わがままですねー。全部、望み通りになるかはわかりませんよ」
「そこはお前の交渉力次第……あ、なかった。すまん。期待はしない」
「川畑さん、基本の礼儀と社交辞令って常識の範疇ですよ」
「お前は常識の範疇外だから」
常識的な人の世から外れまくった二人は、しばらくくだらない掛け合いをしていたが、ともかくしばらくは様子を見つつ、状況を適宜報告するということで合意した。




